第128話

 その瞬間、俺は頭を鈍器でぶん殴られたような衝撃を感じた。いや、これまで頭を鈍器でぶん殴られたことはないし、これからもご遠慮えんりょ願いたいから同じかどうかは分かんないんだけど。


 そうだ、なんで今まで忘れていたんだろう。なんで気がつかなかったんだろう。


 ふたりがいない。美砂ちゃんと久梨亜がいない。いったいいつから? アパートに入るときにはいなかった。その前のバスの中でも見かけなかった。さらにその前の電車の中でも。奥名先輩の病院でもふたりを見た記憶はない、神と悪魔メフィストフェレスが去って行った時はどうだ。思い出せない。ふたりを最後に見たのはいつだ。あの“神の光”の時点でいたのは覚えている。その後のメフィストフェレスとネロとかいう黒猫とのやり取りの時点でもそばにはいたような記憶がある。いや、“いつ”いなくなったかなんてのはどうでもいい。“なんで”いなくなったかだ。まさか、もしかして……。


 急いで封を切った。ハサミを取りに行く間も惜しくて手でちぎった。1回で切れずに2,3度破れ目がれた。そして中の手紙を取り出しそれを読んだ。


“えいすけさんえ

 ごめんなさい わたしわてんにかえらないといけなくなりました えいすけさんのことわぜつたいにわすれません ほんとうにほんとうにごめんなさい えいすけさんだいすきです みさ”


“親愛なる英介


 本当はちゃんと別れの挨拶をすべきなんだろうけどできそうにない。すまない。


 知っての通りあたしと美砂はあんたの監視役ってことで地上に降りた。そしてこのほどその派遣理由である賭けが終わっちまったということでそのお役目を無事解かれることになった。なにが無事だよ、ちくしょうめ。


 あたしの何百年かの経験のなかでも今回ほど大変だった任務はそうそうないぜ。しかも最後はあの神にまで勝っちまうんだからな。たいしたやつだよ、あんたは。


 考えてみればあたしらがあんたと出逢ってまだ1ヶ月とちょっとなのか。信じられるかい。もっとずっとずっと一緒に過ごしたような気がするな。あんたもそう思うだろ、なあ英介。


 おっぱいもませてやったよな。あたしの胸で泣かせてやったこともあったよな。あたしの料理で死にかけやがったよな。もっともっといろんなことがあったよな。ここには書き切れないぐらいに。


 さあ、そろそろ時間だ。美砂のやつはさっきからずっと泣いてるよ。英介、あんた美砂の気持ちを考えたことあんのか。あんたが奥名先輩のことが大好きなのは分かってる。でも美砂だってそれに負けないぐらいにあんたのことが大好きだったんだぞ。分かってなかっただろ。この鈍感め。


 おっと、ぐずぐずしてたらお迎えが来ちまった。今度こそ最後だ。じゃあな、英介。楽しかったぞ。奥名先輩とうまくやれよ。次に地上に来るのはいつか分かんねえけど気にはしといてやるよ。ありがたく思いやがれ。


 さよならは言わないよ。代わりにひと言だけ言って終わりにするよ。

 この鈍感野郎が!


 幸運のあらんことを、久梨亜”


 気がついたら泣いていた。便せんに涙がいくつも落ちていた。インクがにじんでいた。

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