第108話
鞭が宙を裂く。肉を打つ音が響く。たまらず久梨亜が体勢を崩した。片
えっ、今なんと? メフィストフェレスは今なんと言った?
確かあいつはこう言った。「あのまま突っ込んでおれば賭けはこちらの勝ちであった」と。
賭けは神様が勝利宣言をした。しかしもしバスが「あのまま突っ込んで」いたら悪魔が賭けに勝っていたのか? 悪魔は人類の存続に賭けていた。つまり“人類滅亡”を阻止できたってことなのか?
えっ? えっ? じゃああのふたつの選択肢についての俺の理解は間違っていたのか!
どちらも不正解でどちらも“人類滅亡”を招く選択肢、それは俺の勝手な思い込みだったのか!
正解はあった。今のこの状況、そいつは俺がその正解を選ばなかったからだと言うのか!
再び振り上げられるメフィストフェレスの右手。後方にしなる鞭。
「ちょっと待ったあ!」
思わず大声で叫んでいた。そしてそのまま久梨亜のもとへ走り込む。
「待ってくれ。あんたメフィストフェレスなんだろ。聞きたいことがある!」
俺は久梨亜とメフィストフェレスの間に割り込んだ。両手を広げて久梨亜をかばうように立つ。メフィストフェレスは鞭を持つ手を止めた。やつは頭のてっぺんから足の先まで舐めるようにジロジロと俺を見やがった。
「ほほう。貴様はあの対象者の人間か。いかにもわしはメフィストフェレス。して、なにが聞きたい」
「今あんたは言ったよな。『あのまま突っ込んでおれば賭けはこちらの勝ちであった』って。それは本当なのか」
「いかにも」
「つまりそれは“人類滅亡”が避けられたってことなのか」
「いかにも」
「じゃあもうひとつ教えてくれ。もしあの時バスをガードレールに突っ込ませていたらどうなった」
「それも同じ。賭けは我らの勝ちであった。神が“人類滅亡”を実行することもなかった」
メフィストフェレスの言葉は俺の想像を超えていた。
「あのまま突っ込んで」いた場合だけじゃない。「ガードレールに突っ込ませていた」場合も正解だったのだ!
いや待て。それじゃあ神様は
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ふたつの選択肢がどちらも正解だなんて、そんなことがあり得るのか」
「なにを言っておる。選択肢はふたつではない。もうひとつあったではないか。自分の選んだ選択肢を忘れたのか。そのような者のために滅亡に追いやられるなど、人類とはつくづく不運な存在であったものよのう」
かわいそうな子供を見るかのような目がそこにはあった。
「もうひとつの選択肢……。まさか、そんな……」
震えが止まらなかった。その場に崩れ落ちそうだった。今こそ俺は知ったのだ。あの「真・神様のテスト」の
しかしそれは「テスト」の選択肢に含まれていたのだ。そしてそれこそが神様の設定した“不正解”だったのだ。
上空から荘厳な声が響いた。
「ホッホッホッ。メフィストフェレスよ、今こそおぬしも知ったであろう。やはり人類は滅亡すべき存在であったのじゃ。このような
思わず声の元を見上げた。神様が愉快そうに笑っているのが見えた。
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