第100話

 俺の言葉に3人は三者三様の反応を見せた。


 美砂ちゃんはハッとした顔になり、対照的に久梨亜はムスッとしたまま。

 そして奥名先輩は美砂ちゃんと久梨亜をなんども交互に見ていた。


「せ、瀬納君、あ、あなたなにを言って……」


 先輩が発した言葉はたどたどしかった。自分の理解を超えたことが起ころうとしているのだもの。無理もない。


 しかし俺はあえて先輩を無視して続ける。


「ただちにここにいる人たちの認識を一時停止。続いて君らの力に関する記憶を消去。そしてバスが停まった後に認識を回復。みんなには俺がブレーキを踏めたって説明する。……できるな?」


 俺は最後の「できるな?」にあらゆる希望を込めた。いや、希望じゃない。これは命令だ。ここにいるふたりの超人的な力を持った存在に対するひとりのなんの力もないちっぽけな人間の発した命令だ。


「瀬納君、あなたいったい……」


 先輩の崩れ落ちそうな言葉はそれ以上続かなかった。その目は信じられないといったようすで俺を見ていた。


 そう、これが俺の選んだ“正解”。“1”の“ハンドルを切らずに前の車に突っ込む”でもなければ、“2”の“ハンドルを切って歩道の自転車群を巻き込む”でもない。


 もし“1”を選べばどうなるか。バスは猛スピードで前の車に激突、大破。乗客はバスの壁や天井に叩きつけられる。中には窓ガラスを突き破る人も。死傷者多数。当然その中には奥名先輩も。


 なら“2”を選べばどうなるか。バスは猛スピードでガードレールに接触。こすれていきながら減速、停車。“1”に比べて衝撃は少ない。乗客の体に加わる被害も恐らくずっと少ない。

 でも“心”はどうだ? 先輩は見ることになるんだ。聞くことになるんだ。歩道上の自転車集団の惨状を、悲鳴を。


 そんなことはあってはならない。そのどちらも先輩に経験させてはならないんだ。


 だから俺の答えは“1”でも“2”でもない。どちらを選ぼうとも神の勝ちになるテストのようだったがおあいにくさま。俺はどちらも選ばなかったぞ。さあどうだ。人類滅亡、やれるものならやってみやがれ!


 俺はあらためて美砂ちゃんと久梨亜を見た。


「わかりました英介さん。私、やります」


 美砂ちゃんの言葉は力強かった。そこにはさっきまでのおどおどした姿はもはやない。


「久梨亜、乗客の認識の停止と記憶の消去をお願いします。それができたら一緒にバスを停止させましょう。触らずに物を動かすことなら天界で教わりました。私にもお手伝いできます」


 美砂ちゃんの呼びかけにも久梨亜はムスッとしたまま。ただその表情のままで次のように言った。


「わかった。認識の停止と記憶の消去は承知した。あとはバスを停めればいいんだな」


 そしてひとつ頭を振ると、彼女はなにかを唱えた。


 その瞬間、奥名先輩を含む乗客全員の動きが停止した。それはまるで時間が止まったかのようだった。もちろん俺は例外だが。


「できたようですね。では久梨亜、号令をお願いします。それに合わせて私も力を使います。いいですね?」


 美砂ちゃんの言葉と同時に俺は前を向いた。すぐそこまで車は迫ってきている。間に合うのか?

 しかしその時、俺は奇妙な感覚に襲われた。なにかがおかしい。なにかが違う。なにかが俺の思っていることと違っている。


 しかし俺のそんな思いは久梨亜の発したひと言に完全に吹き飛んでしまった。彼女はこう言ったのだ。


「だが断る」

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