第95話

 その日は始まる前からなにかおかしかった。


 “その日”、すなわち3月最終週の火曜。天気は快晴。絶好の行楽日和こうらくびより


 しかし“その日”が天気の週間予報に載り始めたとき、そこには雨マークがあったんだ。それが3日ほど続いたあと、突然予報が晴れに変わったんだ。

 雨の日が前後にずれることなら別に珍しくもなんともない。雨の予報が突然そうでなくなることだってないわけじゃない。

 実際、俺は予報が晴れに変わったのを見たとき単に「ラッキー」としか思わなかった。それがなにか大きな力によるものだなんて思いもしなかった。


 そして今、俺たち4人は某テーマパーク方面へのバスに揺られている。


 実はこれもおかしなことだったのだ。しかしそのときはそうは思わなかったのだけど。


 普通その某パークに公共交通機関で行こうとするならば電車を使うのが一般的なんだ。そのパークの名前のついた駅で降りれば、目の前にはもうすでにそのパークに入ったかのような光景が広がっている。実際の入り口は少し先なんだけど、通りの店からしてパークへの期待を高めるような工夫がされているんだ。


 しかし俺たちが乗っているのはバス。パークへのシャトルバスとかじゃない。普通の一般の路線バス。しかも目的のバス停で降りてもパークまではまだかなり歩かなきゃならない。その時間、控えめに見積もっても約20分。


 おかしなことはそれで終わらない。俺たちは都心部駅前にあるバス停から乗った。いかにも客が多そうなのに俺たちが列の先頭になった。しかもここがこの路線の始発のバス停。だからバスの座席は選びほうだい。

 バスに乗り込む。ノンステップバスというやつ。一番前の席は左右とも前輪の上なので一段高い。その後ろは前方向かって右側には1列席が4つ。左側には優先席のあるロングシート。真ん中の入り口より後ろは左右とも2列席。最後尾は前を向いたロングシート。

 俺たちは自然に前から順に座ろうとした。右側の1列席がちょうど4つなのでそこに。俺、奥名先輩、そして美砂ちゃんに久梨亜の順。

 でもこれじゃ乗ってる間に互いに話したりするのは難しい。もっと話しやすい席を選ぶなら最後尾のロングシートに並んで座るのが最善。でもそのときはそんなことは考えつかなかった。前から順に座ることにほんのわずかの疑問も持たなかった。


 ちなみにバスで行くことを提案したのは奥名先輩。俺はそのパークに行ったことがなかったから先輩の提案を即座に受け入れた。他にもっといい行き方があるだなんて思いもしなかったし、他ならぬ先輩の提案に俺が文句をつけるなんてことがあるはずがない。美砂ちゃんや久梨亜はパークの存在自体を知らなかったんだから反対するわけがない。


「よかったですよね、雨にならなくて」

「そうね。天気予報で最初雨って出てたときにはどうしようかって思ったわよ」


 体をひねって後ろの席に座っている先輩に話しかける。先輩もニコニコ顔で応えてくれる。


 俺の心も先輩の顔と同じく喜びで満ちあふれていた。ふたりっきりのデートでなかったのは残念だけど、大好きな奥名先輩と一緒に遊びに行けるのだ。ついてくるのは美砂ちゃんと久梨亜。このふたりなら俺が気をつかう必要はない。


 しかしこの時俺たちは知らなかった。神様と悪魔の人類滅亡の賭け。その勝利のために神様が打った“一手”。俺たちがその“一手”に踊らされている存在であることを。

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