第79話

 先輩を見た。先輩も俺を見ていた。その目は明らかになにかを怪しんでいるように俺には見えた。


「い、いやだなあ先輩。なに言ってるんですか。こんなベッド、狭くて3人で寝られるわけないじゃないですか」


 答えながらしどろもどろになりそうなのを必死に抑える。しかし当然ながらそんなもので奥名先輩の疑念を解くことができるわけはない。


「お、俺の寝相が悪いだけですよ。寝返りが多いだけですよ。それだけですよ」


 自分の“ない脳みそ”を絞って必死にいいわけをひねり出す。でも限界だ。お願いです、これで納得してください。これ以上は俺、とてもじゃないけど考えつきません。


 先輩は顔を突き出すようにして俺の顔をじっと見た。そして次の瞬間、なにかいたずらが成功した子供のようにニヤリと笑ったのだ。


「冗談よ、冗談。ちょっと気になったから聞いてみただけ。わかってるわよ、私だって。このベッドじゃ3人はキツイって。でも瀬納君、そんなにあたふたしなっくてもいいじゃない」

 先輩は小さくククッと笑った。


 冗談だったのか。俺は一気に体中の力が抜けるのを感じた。よかった。助かった。俺の大博打おおばくちの第4の勝負「中に入っても(俺と美砂ちゃんや久梨亜が同居しているという)決定的な証拠を見つけないかもしれない」はまだ負けたわけじゃないんだ。


「まあ、それでも……」

 先輩がぽつりと言う。


「このしわが2列だったら本気で疑ったけどね」


 うわあ、あぶなかった。ギリギリセーフだったんだ。3人で寝ていてよかった。

 というわけで美砂ちゃんに久梨亜さん、今後ともよろしくお願いします。


 先輩はベッドに上がった。そして横になった。体の右側を下にした横向き姿勢でだ。掛け布団は掛けない。


「じゃあ私寝るから。15分経ったら起こして」


 上目づかいで俺の方を見て先輩が言った。


「えっ? そんなに短くていいんですか? なんなら30分でも1時間でもいいんですよ。ゆっくり寝ていいんですよ」

「なに言ってるの。お昼ご飯が遅くなっちゃうじゃない。それに私が出張で高速使うときも仮眠は1回がたいてい15分よ。疲れがたまる前にこまめに休憩入れるからこれで大丈夫なの。だから今日もこれで大丈夫」


 そうなのか。俺は先輩と一緒に出張行ったことがないから知らなかった。別の人と車で出張に行く機会はもちろんあったけど、そのときは時間もそんなに遅くならなかったから車内で仮眠をとることはなかったな。


 先輩が目を閉じたのを見届けると、俺は音を立てないようにしながら部屋の入り口へと向かった。後は部屋から出たらドアを閉めて、15分経ったら先輩を起こせばいい。そしたら先輩お手製の豚の生姜焼きが食べられるのだ。楽しみだなあ、うん。


「瀬納君、ちょっと待って」


 突然、先輩が俺を呼び止めた。えっなに? もしかして俺にそばにいてほしい、とかかな?


「なにこれ? へんな匂いがする」


 先輩が続ける。どうやら俺にそばにいてほしいわけではないみたいだ。残念。でも「へんな匂い」ってなんだ? シーツが臭くなるまで洗ってないなんてことはないぞ。


「これは……、女の人の匂い!」


 その瞬間、またもや新たな危機が俺を襲ったのだった。もう勘弁してくれよ。

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