第74話
なんてことのない言葉に聞こえた。普通に返事してよさそうに思えた。確かに俺は
「ま、まあ……」
その瞬間、耳を引っ張られた。美砂ちゃんだ。ビックリする俺に少し強めにささやく。
「『豚』って言ってください。豚を
俺はとっさにあのレジ袋を見やった。確かバラ肉が入ってたはずだ。なんの肉かは気にしてなかったけど、そう言われてみれば脂身の感じが豚っぽかった。
ほぼ口から「牛」の単語が出かかっていたのを急ブレーキ。直ちに進路変更。
「まあ確かにそれは牛ですけど、俺はどっちかっていうと豚が好きかな」
その瞬間、先輩の顔にサッと喜びの相が走ったのを俺は見逃さなかった。
「ほら、豚ってビタミンBとか多いって言うじゃないですか。疲労回復に
俺はうろ覚えの知識を総動員して答えた。総動員してこの程度っていうのが我ながら情けないんだが。
先輩はニコニコしながらレジ袋に近づいた。そして中から豚バラ肉のパックを取りだした。
「偶然ね。ちょうど豚のメニューにしようと思ってたのよ」
そして袋を手にしたままキッチンへと進む。
ここで俺はひらめいた。今こそ攻勢に転じるときだ。先輩に質問させちゃダメだ。質問は俺がするんだ。俺が質問し続ける限り、俺に敗北の2文字はない。
「ちなみになにを作るつもりなんですか?」
「さあ、なんだと思う?」
ガーン。先輩に質問させないっていう俺のもくろみ、早くも崩れる。って早すぎだろ。
「な、なんだろう」
「生姜焼きよ。生姜焼き」
先輩は機嫌が良さそうだった。鼻歌でも出るんじゃないかって思うぐらい。もくろみは崩れたとは言え、どうやら冷蔵庫の危機は去ったみたいだ。俺の中の警戒レベルも無事0に戻った。
俺はワクワクしていた。「ピンチの後にはチャンス」って言葉があるけど、あれ本当なんだな。チャンスって言うか“好機”だな。なんせ先輩の生姜焼きが食べられるんだから。
ところが物事はそううまくはいかない。
「うーん。まだお昼作るのにはちょっと早いかな」
壁の時計に目をやった先輩が言う。確かにまだ11時を少し過ぎたくらいだ。12時に食べ始めるとするなら11時半ぐらいから作ればいい。それまでどうやって時間を
「じゃあちょっと洗面所を見せてくれない?」
奥名先輩たってのリクエストなので案内する。ダイニングキッチンから廊下を進んで左側。普段ならコップや歯ブラシなんかが3人分並んでいる。実はそれは今も同じなんだけど、久梨亜の魔力で美砂ちゃんと久梨亜の分には“不可視属性”ってやつをつけて先輩からは見えなくしてある。完璧だ。
先輩は真ん中に置かれた俺のコップに手を伸ばした。一応ガラス製。お洒落だって美砂ちゃんが選んだ3人おそろい。取っ手はない。
先輩がコップを手に取ろうとした。その瞬間コップが揺れた。“キン!”というガラスどうしがぶつかる音がした。
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