第65話

 俺はガックリと肩を落とした。“こころ”だけでなく“ふところ”にまで大きな打撃を受けていた。

 奥名先輩は他人に奪われ、今また俺の金も他人に奪われたわけだ。


 でも金のほうはまあいいか。服を買ってうれしそうなふたりのようすを見てると、なんだか救われたような心地になる。ふたりの分の給料も入るわけだし、なんとかなるだろう。


「ちなみに聞くけど、“リボ”にはしてないよな」

「“リボ”? ああそういえばなんかそんなやつを勧められたけど、よくわかんねえから英介が前言ってた“1回払い”ってのにしておいたぞ。それでいいんだろ」


 久梨亜の返事にホッとする。それなら実害は少ない。


「それより英介さん、なにがあったんですか? 話してください」


 美砂ちゃんにうながされて俺はぼそぼそとふたりにことの顛末を話した。不思議と涙は出なかった。


「そんな……」

 美砂ちゃんが目を丸くして驚いてる。もともと目の大きな彼女があれだけ見開くなんて、よっぽどびっくりしたんだろう。


「あたしゃあ信じないね」

 対照的な久梨亜の反応。おい、お前俺の言うことが信じられねえのかよ。


「違うよ。前にも言ったろ、『あの目はあんたのことが気になってる』って。あれは他に恋人のいる人間のできるような目じゃないよ」

「でも現実に……」

「だからなにかあるんだよ。“なにか”が。たぶん英介の言ってることは本当だろう。でもあたしだって何百年と悪魔やってきてるんだ。あたしは自分のこの目を信じるね」


 “そうなんだろうか”、と俺は思った。久梨亜の言うように本当に“なにか”事情があるんだろうか。いやでももしかしたら久梨亜のことだ。俺を元気づけようとして言ってるってことも考えられる。


「そういえばお前、いっつも『何百年』ってぼかすよな」

「あったり前だろ。それが“乙女のたしなみ”ってもんじゃないか」


 なにが“乙女”だよ。俺は少しおかしかった。ちょっと元気が出た気がした。

 しかしその元気も重たい現実の前にすぐに押しつぶされた。


 俺は力が出なかった。元気も消耗しきっていた。こんなんじゃ俺、明日から会社行けるだろうか。奥名先輩の顔をまともに見ることができるだろうか。


 俺のそんなようすに反応したのは久梨亜だ。


「よし、わかった。あたしにまかしときな」


 えっ? 「任しときな」って、いったいなにをやらかすつもりだ? 悪いが魔力で奥名先輩に俺のことを好きにさせるっていうのならノーサンキュー。


「バカ言ってんじゃないよ。決まってんだろ。こういうのは気分が大事。それに腹がいてちゃ、いい考えも出ないってもんさ。よし! 景気づけに明日の朝食はあたしがドドーンと作ってやろう」


 あ、それいいかも。悪魔の作った朝食で死ねれば、天の神様も人間にこんな理不尽なことをいたことを少しは反省してくれるんじゃないかな。


 そして次の日、俺は高熱を出して半日寝込んだ。死ななかった。救急車で運ばれもしなければ、一日中トイレにもることもなかった。先輩の指定した「次の日曜」までの日数がたったひとつ減っただけだった。

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