第62話
先輩は
「それより瀬納君、あなたさっきのは……」
「いやあ、俺のアパートの場所、『一体どうすれば』先輩にうまく伝えられるかな、って思ったんで」
「そ、そうなんだ」
意外にも先輩はそれ以上追及しようとはしてこなかった。いいぞ。いい流れだ。この
「すいません。なんか心配かけちゃったみたいで」
「そうよ、ビックリしたわよ。大したことなかったから良かったけど、なにか急に悪い発作でも起こったのかと思っちゃったんだから」
先輩の顔がぷうっとふくれる。
ドキッとした。心臓が止まるかと思った。先輩のそんな顔、俺見たことなかったから。
俺が見たことある先輩の顔はみんな会社での顔。できる女性。完璧超人。
それが今のはどうだ。完全にプライベート。おそらくは親しい人間にしか見せない秘密の顔。それを俺に見せたんだ。
ああ、めまいが……。
「ちょっと! あなたほんとに大丈夫?」
ふらついたらしい。
「ああすいません。ちょっとめまいがしただけで。もうほんとに大丈夫です」
「もう、あんまり人を心配させないでよね。私は瀬納君のこと、ずっと心配しどおしなんだからね」
えっ、なに今の? もしかして先輩、ずっと俺のことが……。
「も、もちろん仕事で、よ。瀬納君はある意味私の教え子みたいなもんだから。それも“出来の悪い”ほうの」
ですよね。期待した俺がバカでした。
「それより俺も住んでるところ教えるんですから、先輩も住んでるとこ、教えてくださいよ」
そうだ、立て直せ。反転攻勢だ。攻撃は最大の防御なり。昔の人はいいこと言ってる。
「いいわよ」
なんとこっちが拍子抜けするほどあっさりOK。いいぞ。この調子。この調子でどんどん行け!
俺と先輩はスマホを操作して連絡先を交換しようとした。ところがふたりの機種が違った。先輩はiPhoneで俺はAndroid。連絡先を直接交換できるようなアプリは入れてない。
なので仕方ないから互いに連絡先を画面に出して見せ合うってことになった。
「へー、先輩ってT市なんですね。会社のあるS市の近くでいいじゃないですか」
そう言いながら自分のスマホで先輩のiPhoneの画面を写真に撮る。見事に住所GET。さっき電話番号とかもチラッと見えたぞ。忘れないようにしなくちゃ。
「瀬納君は会社から遠いの?」
「俺H市なんすよ。電車乗り継いで1時間以上かかります」
俺もスマホを操作して先輩に住所を見せる。
「カタカナの名前ね。これは……、マンション?」
「違いますよ。アパートです。木造のふるーいアパートです。そこでひとり暮らししてます」
「ふうん」
先輩の言葉が止まる。さあ最初の勝負だ。出るなよ。あのセリフが出るなよ……。
しかし俺の願いは無残にも打ち砕かれる。
「じゃあ今度行ってみようかな」
がびーん! 大博打の第1の勝負、俺見事に散る!
なぜだ。まだ桜の季節には間があるのに……。
「何線で行くの? 最寄り駅はどこ? そこからどうやって行くの?」
せ、先輩、速いです。速すぎです。最新鋭の機関砲も真っ青じゃないですか。
おかしい。どうしてこうなった。俺が攻勢に転じたはずじゃなかったのか。俺の人生を賭けた大博打、これじゃあ早くも敗色濃厚?
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