第57話

 もし今ここで先輩に「俺、実は人類滅亡の可否を背負っちゃってるんです」って明かしたら、この忌々いまいましい能力っていうか運命から逃れられるかもしれない。そんで心置きなく先輩と仲良くなれることに集中できるかもしれない。


「先輩……」

「大丈夫なの? 誰か呼んで救護室に連れて行ってもらう?」


 さっきまでの追及から一転。先輩は俺に優しい言葉をかけてくれる。頑張れ。勇気を出せ。文字通りこの理不尽な“天命”から逃れられるチャンスなんだぞ。


「俺、実は……」


 って言いかけたところで気がついた。そんなに上手くいくわけないじゃんか、って。


 もし“俺が人類滅亡の可否を背負ってる”ってことが他人に知られたら、最悪俺がその場で抹殺されてしまうかもしれない。いやそれだけで済めばまだまし。俺が抹殺された後、今俺の目の前にいる奥名先輩が新たに“人類滅亡の可否を背負う存在”にされちまうかもしれない。そうだ、そうに違いない。


 考えてもみろ。もともとあの“光の矢”は俺じゃなく奥名先輩に当たるはずだったんだ。神様が対象に選んだのは俺じゃなく先輩だったんだ。神様は思うだろう、「ようやく賭け本来の姿に戻ったな」って。俺のこれまでの数々の努力は泡と消え、新たに先輩を対象に一から再スタートするんだ。先輩があの重圧をかぶることになるんだ。


 ダメだ。そんなことは絶対にさせちゃダメだ。


 それに俺が死んだら美砂ちゃんと久梨亜に会えなくなるじゃねえか。いや、あいつらは天使と悪魔だから俺が死んでもあいつらが会いたいって思えば会うことはできるのか。いやでも俺は神様に抹殺されるんだぞ。魂もなにも残らない形で完全に消滅させられるかもしれねえじゃねえか。もしかしたら地上に“かつて俺が存在した証拠”なんかも一切が残らない形で。奥名先輩の記憶からも消えちまう形で。


 顔を上げる。先輩の顔がそこにある。俺のことを心から心配してくれている。素敵だ。天女さまみたいだ。俺、この先輩の記憶からも消えてしまうのか。


 嫌だ。そんなことは絶対に嫌だ。


 知られちゃいけないんだ。“俺が人類滅亡の可否を背負ってる”ってことは。有名な昔のアニメのエンディングテーマにもあったよな、「誰も知らない、知られちゃいけない」って。天の神様や悪魔が係わってるってとこなんか、それこそまるでデビ○マンじゃねえか。


「わかったわ」


 先輩の口調が冷たい。えっ、なにが? まさかばれたのか? “俺が人類滅亡の可否を背負ってる”ってことが。ダメです先輩。先輩はそれ知っちゃいけないんですよ。


「瀬納君『実は』って言ったよね。それはつまり『実は女の子と待ち合わせしてます』ってことよね」


 えっ、なに? 先輩が「わかった」ことって“俺が人類滅亡の可否を背負ってる”ってことじゃない?


「しかも誰と待ち合わせしているのか。当ててあげましょうか。美砂ちゃんでしょ。もしかしたら久梨亜もいっしょかも」


 思わずポカンと口があく。先輩はドヤ顔を決めていた。まずいぞ。この後めちゃくちゃ怒られる。しかも絶対に、だ。あの天女さまの顔が、一転して般若はんにゃの顔に変わるのか。うわー、見たくねえー。

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