第42話

 翼と光に包まれた美砂ちゃんはゆっくりと立ち上がっていく。


 そのとき俺は気づいた。美砂ちゃんの体から一切の衣服が消えていることに。でもくそう、見えない! 翼でおおわれていて美砂ちゃんの肝心な部分が見えない!


 美砂ちゃんはさらに立ち上がっていく。


 そのときもうひとつ俺は気づいた。サイズだ。美砂ちゃんの体のサイズがどんどん大きくなっていく。見た目中高生だった彼女が、みるみるうちに大人の女性へと変貌へんぼうしていく。

 手足はすらりと長く、そしてほどよい肉付きに。

 肩に掛からない程度だった髪がぐんぐん伸びて、今や腰のあたりを越えるまでに。そして豊かに。

 さらに顔。あどけない童顔だった彼女が、優しい笑みをたたえた、それでいてわずかに幼さも残した聖女の顔へと変わっていく。


「み、美砂ちゃん……」

 その変貌ぶりに俺はただただ圧倒されているしかなかった。


 やがてゆっくりと翼が開き始めた。思わずつばを飲み込む俺。いよいよか? いよいよ見られるのか? 美砂ちゃんの「すごい」体が……。


 翼がさらに開いていく。と、そのとき、彼女の体のまわりの光がぱあっと強くなったかと思うと、その光は彼女の新たな衣服へと変わっていた。


 変身が完了した。その姿はまさしくギリシアの女神像を彷彿ほうふつとさせるものだった。


「すげえ……」

 俺の後ろで久梨亜が感嘆の声をあげた。


 そこにはまさに俺の理想の女性そのままな姿があった。


 確かに奥名先輩も俺の理想の女性だ。バリバリ仕事をこなす“できる女性”。颯爽さっそうと歩き、まわりの部下にテキパキと指示する。スタイルもいい美人。

 しかし俺の理想の女性にはもう1タイプある。いつくしみの目を湛えた優しき聖母。俺を包み込んでくれる無限の慈愛じあい。そして今の美砂ちゃんはまさしくそれだった。


「美砂ちゃん……。こ、これは……?」

「普段お見せしているのは仮の姿。本当の私はざっとこんなもんです」

 美砂ちゃんの声がした。それは確かに美砂ちゃんの声。でももっと澄み、もっとずっと気高けだかい“女神さま”のそれだった。


「ま、負けた……」

 俺の後ろで久梨亜が感嘆の声を再びあげた。


 えっ、ふたりなにか勝負してたっけ? と思ったところで思い出した。俺は“そこ”へ目線をやった。そして俺は見たのだ。膨らみを。久梨亜のやつを超える豊かな膨らみを。


 俺はしばし彼女を呆然ぼうぜんと見つめていた。やがて彼女はゆっくりと両手を広げた。まるで俺を招き入れるように。その胸に顔をうずめることを許すかのように。


「美砂ちゃん……。いや、美砂さま!」


 俺はフラフラしながらも彼女を抱きしめようと精一杯腕を広げてその胸へとめがけて飛び込んだ。


 その瞬間に彼女の姿が消えた。


 いや消えたんじゃない。一瞬にして、そう、ほんの一瞬にして彼女は縮んでもとの美砂ちゃんに戻ってしまったのだ。


 俺の両腕はむなしく空を切った。


「3分しかちませんけど」

 申し訳なさそうに彼女は言った。何でその時間なんだ。どこぞの光の巨人かよ。

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