第8話

 とにかくこいつらのペースに巻き込まれたらダメだ。呼び名どころか他にもいろいろまずくなる気がする。

 取りあえず話題を呼び名かららそう。後回しだ。他のこと考えてればそのうちいいアイディアも浮かぶだろう。


「ちょっと待ってくれ。第2の質問とも関連するけど、会社内での君らの立場はどういう設定になってるんだ。不審がられないようにみんなの記憶をいじったんだろ」


 とっさに浮かんだ“ふたりの設定”ってのに話を持って行く。我ながら少し強引だったか。


「『設定』と言われても、ただの社員だが」

「いや、人間としての年齢が俺よりも上か下か」

「そんなのが必要なのか」

「もちろん」

「そうなのか、面倒だな。じゃあこの時代の慣習をよく知っている英介、あんたが決めてくれ」


 久梨亜の思わぬ提案に一瞬思考停止する俺。


「えっ、俺が?」

「そうだ。あたしの持つ日本人についての知識は古すぎる。かといってこっちの天使は生まれてからまだ2週間。どう考えたってあんたが決めるのが一番だろ」

「私もそう思います。ぜひ私たちの設定を考えてください。お願いします」


 美砂ちゃんにかわいい顔でお願いされたら嫌だと言うわけにはいかないな。


「じゃあ久梨亜は俺より2つ上。奥名先輩と同期でいいか。美砂ちゃんは反対に俺より2つ下。今期の新入社員ってことで」

「呼び名はどうする」

「そうなると久梨亜の呼び名はみんなからは『羽瑠はるさん』でいいだろうけど、俺が呼ぶにはなんか他人行儀たにんぎょうぎ過ぎてしっくりこないんだよな。美砂ちゃんもみんなからは『天野さん』でいいけど俺の場合はどうしよう」


 結局また呼び名に戻ってきた。頭を抱えてウンウンうなる。いいアイデアが浮かばない。よそよそし過ぎもせず、かといって奥名先輩に誤解されないような呼び名って難しい。


「さっきから聞いてると、あたしのことは『久梨亜』、こっちの天使のことは『美砂ちゃん』って呼んでるじゃねえか。それじゃダメなのか」


 まずい。久梨亜がちょっとイラついている。


「いや、こういう普段の場だといいんだけど、会社の中じゃいろいろあって」

「もういいじゃねえか。おかしく思われないように他の連中の記憶をまたいじっちまえば問題ねえだろ。だったらあたしは『久梨亜』、天使は『美砂ちゃん』。そんであんたのことは『英介』。それでいいだろ」


 久梨亜の迫力は尋常じゃない。そういえばこいつは悪魔だった。ここで悪魔に逆らったら後でどんな目にわされるか。想像しただけで全身の毛が逆立っちまう。


「わ、わかったよ。でもひとつだけ。美砂ちゃんが俺を呼ぶときは『英介さん』でお願いしたいんだけど」

「あたしが呼ぶのとなんで差をつける」

「俺が年下から呼び捨てで呼ばれたくないだけだよ」

「ふうん。あたしは『久梨亜』と呼ばれてもなんともないけどね」

「おねげえしますよ、お代官様」

「あたしはお代官様じゃない」

「いや、ちょっとした物のたとえで」


 俺の「おねげえ」に久梨亜はまだちょっと不満そうに考えている。


「まあいいか。じゃあこれでこの件は終わりだね。よろしくな、英介」

「私のほうも、これからよろしくお願いしますね、英介さん」


 美砂ちゃんのかわいい「英介さん」に俺もうキュン死しそうなんですけど。

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