第2話

 だたっ広い屋上には俺ひとりだけ。ほかには誰もいない。

 のはずが、不意に声がした。


「あれっ、あの矢、男の人に当たってるー」


 可愛らしい声。思わず上を見上げた。声が“上のほう”からしたからだ。

 しかし変だ。ここは屋上。この方向は大きな道路に面してる。上に人がいるはずがない。


「へっ?」


 思わず変な声が出た。自分でも変だと思ったんだから、他人からしたらよほど変な声だっただろう。


“上空”にふたつの人の姿があった。いや、人間であるわけがない。“彼女”らは空中に浮いているのだから。色と形は違えどふたりとも背中から翼が生えているのだから。


 向かって左側の“彼女”は黒かった。頭から足の先までを黒いテープを巻き付けたような衣装がおおっていた。頭にはふたつのねじれたつの。そしてコウモリのような翼。先が矢尻のようになったしっぽまである。

 真っ先に目線がいってしまう胸。それに続く見事なくびれと腰つき。それらは高めの身長とあいまって、まさしく“ナイスバディ”だった。


 対する右側の“彼女”はその色だけでなく存在自体が白だった。輝いていた。肩に届かないくらいの髪がふわりキラキラ広がっていた。

 小さめの身体を包む白いシルクのような衣装。そこから伸びるやはり白い両手足。小さな丸っこい顔。それらはその翼の形状と相まって、まさしく“天使”のようだった。


 大きく見開いた目。びっくりしたような顔。両の手のひらが口元を覆っている。どうやら声を発したのは白のほうらしい。


 俺は声も出せずにただ彼女らを見ていた。口はいていたかもしれない。すると黒のほうが空中を飛んで俺のすぐ横に立った。俺の背中に心なしか冷たい氷のような感覚が走った。黒のほうはそのまま俺の体をあちこちまさぐり始める。


「ちょっ、ちょっとなにするんですか。やめてください」


 あわてて後ずさりしようとした。しかし両のあしは硬直したかのように動かない。しかもナイスバディの“おねえさん”に触られて、“別の箇所”が硬直しかけてるのだ。


 ボディチェックは入念だった。やがてひととおり触り終えた黒のほうが顔を上げた。そして背後の白のほうへと上体をひねる。その曲線がエロい。


「間違いないね。こいつに当たっちまってる」

「どうしましょう。帰ってぬし様に報告したほうがいいでしょうか」


 離れていても白のほうがおどおどしているのが俺にもわかる。

 そのうち白のほうも空中をすべるようにして俺の目の前に降り立った。なんかいい香りがした。かわいい。


 黒のほうがやってきた白のほうに向かって話しかけた。


「いいんじゃね。おめえは『矢が誰に当たったかを見届けて監視しろ』って言われてんだろ。矢はこいつに当たった。だったらこいつを監視すりゃいい。何も問題はない」

「で、でも本当は女の人に当たるはずだったのに」

「ゴチャゴチャうるさいね。神の野郎は『女がよかろう』って言ったんだ。女がよかったのかもしれないけど、別に男じゃダメってことじゃねえだろ」

「そうなんでしょうか」

「そうさ。それにまずければ神のほうから何か言ってくるさ。そうじゃねえのか」

「そ、そうですね」


 ようやく白の彼女からおどおどしたようすが消えていった。

 一方の俺のほうは美女と美少女にれんばかりに接近されてカチンコチンに“かたく”なっていた。もちろん“全身が”、だぞ。勘違いするな。

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