人類滅亡の可否を背負わされるなんてまっぴらごめん

金屋かつひさ

第1章 俺が人類滅亡の可否を背負わされることになったわけ

第1話

 昼休み、とうとう思い切って奥名先輩に告白した。場所は会社の入ってるビルの屋上。

 告白の瞬間、先輩がどんな顔をしたかは見ていない。というか見れなかった。頭を下げ目もギュッとつぶって先輩の返事を待った。


瀬納せのう君、それ本気で言ってるの?」


 聞き慣れた先輩の声が2月の風の中に響いた。いつもの沈着冷静な先輩にしては多少驚きの感情が交じっていたような気がする。


「俺、本気です。先輩のこと、ずっと好きでした」


 必死だった。全身全霊を込めた。俺の想いはきっと先輩に届くって信じてた。


 しかし俺の願いは叶わなかった。


「ごめんね、瀬納君。私、あなたのことひとりの後輩としか見れない」


 冬空の下、先輩の言葉が俺の頭の上を過ぎていく……。


 信じられなかった。先輩とは俺のOJTの約半年の間、すごく気が合うと思えた。指導は厳しかったけど、俺がうまくできたときの弾けるような笑顔は素敵だった。

 それから2年。その間も先輩は気さくになんでも話してくれた。笑ってくれた。この前雑談したときには「今は好きな人はいない」って言っていた。それなのに……。


 ようやく頭を上げられた。先輩は屋上の出入り口へ向かって歩いて行くところだった。後ろでまとめた髪が揺れていた。背中が遠く見えた。

 その背中を俺はただ呆然ぼうぜんと見つめることしかできなかった。なんだかすべてが現実じゃないような気がした。全部夢であってほしかった。


 そのときだった。不意に空の一点が光ったような気がした。思わずその点に目をやる。何か光るものがまるで矢のようにこっちへ向かって落ちてくる。一直線に。そしてその直線の指し示す先には先輩の姿が……。


「あぶない!」


 夢中で先輩のところへ駆け寄ろうとした。あわてていたので脚がもつれた。バランスを崩した。それでも先輩へと必死に手を伸ばした。手は先輩に届いた。尻を突き飛ばされた先輩の脇を“矢”はかすめ、そいつは俺の胸へと突き刺さった。


 痛みはなかった。


「俺、死ぬのか……」


 後悔とかはない。現実を素直に受け入れられる気がした。先輩には振られたけど最後に先輩を助けることができた。満足だ。わが生涯に一片の悔いなし!


 すると、胸に突き刺ささっていた光の矢が音もなく粉々になって消えてしまったのだ。まるで空中に溶けてしまうかのように。そして俺の胸にはなんのあとも残さずに。


「なにするの!」


 先輩の声とバシッという音とほおの痛みとが同時だった。目の前には怒りの形相をした先輩の顔があった。


「最低! 自分の思い通りにならないからって私を襲おうとするだなんて」

「えっ」

「とぼける気?」

「ち、違いますよ。俺はただ先輩を助けようとして……」

「はあ? あれのどこが『助けようとして』なの」

「だ、だから空から光の矢みたいなのが先輩に向かって落ちてきたからとっさに突き飛ばしてしまったんです」

「“光の矢”? そんなものどこにあるというの」

「えっ、だからここに」


 自分の胸を指さした。が、当然そこにはもうなんの痕跡こんせきも残ってはいない。


あきれて言葉も出ないわ」


 そう言い残すと先輩はさっさと屋上から姿を消してしまった。寒空の下、俺はひとり残された。

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