最終章 建国編

第一話

勅使河原くんとマリアちゃん

 前人未到の島だと思っていたのは、間違いだった。

 なぜなら島ではなく大陸の一部……半島だったからだ。

 そして前人未到の大陸だと思っていたのも間違いだった。

 なぜなら前人未到では無かったからだ。


 半島には、少しだけ古そうな遺跡が存在していた。

 それは大きな街の遺跡だった。

 多少は植物が生えて、蔦が絡まっていたりしているが、風化もせずに石造りの住居らしき建物たちが残っている。

 街の中央には広場があったらしく、奥の大陸に近い位置には城だと思われる一際ひときわ大きな建物すらあった。


 上水道や下水道まで整備されていた。

 半島と大陸の境に大きなカルデラ湖を持つ高い山があり、その水源から染み出してくる湧き水が川になっていた。

 上水道の水は、そこから引き込まれているらしく、今でも流れている。


 気になったのは街に死体が、まったく見当たらなかった事だ。

 街から離れた場所に墓地らしきものがあったので、掘り返せば出てくるのかも知れないが、流石に調べる気にならない。

 各住居や城の中を、くまなく探しても白骨化した遺体どころか毛髪すら見当たらなかった。


 一体これだけの文明を持っていた先住民族達は……この街に住んでいた筈の人々は、何処へ消えたのだろうか?


 僕はナメクロさんの言葉を思い出す。

 ……ある時に世界を滅ぼす様な戦いが起こってしまって……。

 

 しかし、その可能性を直ぐに否定した。

 ──流石に戦争が、この古代都市を襲ったとしたら、痕跡くらいは残されている筈だ。

 そう考えて自分の不安を打ち消そうとした。


 この街に、まだ危険が残っているのなら……ここに留まっているのは、得策じゃない。

 でも、ここ数日の逃避行生活の為に全員が疲れ切っていた。

 半島に辿り着く前は、しばらくは野営地を探してのテント暮らしを覚悟していた。

 しかし目の前に、しっかりとした建物による空き家が余る程ある。

 僕らは手分けして簡単な掃除を済ませると、巡回して貰う見張りの人を選んで、この街に泊まる事にした。


 そして、そんな生活を繰り返す内に数週間が経過してしまった。


 主にコンバさん達ドワーフ族の協力の元に古代都市を整備し直して、僕らは自分達の生活拠点にしている。

 ドワーフの人達は、手付かずの鉱床が眠ってそうな山に坑道を掘って、この地で元通りの暮らしを既に確立してしまっていた。

 エルフの人達も大陸側に広い草原を見つけて馬を放し、その付近の森まで道を敷いて、その森を切り拓いて自分達の住み易い木造の住居を建て始めていた。


 道と言えば、この古代都市にも大陸へと伸びる道が、かつては存在していた様だ。

 だが、その出入り口だと思われる門の先は、到着したばかりの頃は既に森に覆われていた。

 今はエルフの人々のおかげで彼らの住処に通じているだけだが、立派な道が出来上がっている。


 僕は時々、美恵と一緒にペイルに乗せて貰って大陸を空から調査している。

 しかし、何処まで行っても森林だらけで他に人が住んでそうな街は、まだ見つかっていない。

 内陸には長大な山脈があって、とても標高が高いのでペイルでも飛び越えられそうも無かった。

 その向こう側に何があるのか……調べるのは大分、先の事になりそうだ。


 ペイルも、この大陸に縄張りに出来そうな場所を見つけて、ここで暮らし始めている。

 美恵の話だと最近、妹のローズにつがいとなる御相手が現れてしまったらしい。

 そのせいでアウロペの方にある縄張りが手狭になってしまったので、こちらに引っ越して来たそうだ。


 他にも晴れた日には、マリアに『対の門』を出して貰って、こっそり何人かでユピテル国に侵入して、手持ちの教会発行の共通貨幣で足りない物資を仕入れていた。

 そして同時に、こちらで作成したドワーフ製の品々を売り、また共通貨幣を手に入れて街に戻っていた。


 この街の危険性についても、調査は進めている。

 色々な可能性がある中で有力だと思われたのは、過去にカルデラ湖を持った近くの山が噴火したかも知れない事だった。

 もちろん直接、この古代都市に火砕流などの被害があったのなら、あのポンペイの様に都市が火山灰に埋もれている筈だ。

 それが無いという事は……?


「火砕流は別の無人の場所を襲って、古代都市は薄く灰が被った程度の被害で済んだ……。でも山が爆発した事によって湖水の水が一時的に無くなるか汚染されるかして、飲料水に不自由した人々が都市を捨てて移動したんじゃないかしら?」


 美恵が、そう推測して……今の段階では僕も同じ意見だった。


 そうなると、何れは僕らも同じ目に遭う事になるかも知れないのだが、火山は休火山みたいで、僕らが街に住む様になってから数週間は経ったが、小さな地震ひとつすら起こらなかった。


 僕はコンバさんやミランダさん、村長さん達と話し合って……この古代都市を、みんなが新しく暮らす場所とする事に決めた。


 そして長い年月を掛けて大陸側を切り拓くようにして国を興す事にした。

 先住民達と同様に古代都市を離れ、何れ来るかも知れない天災を避けられる様に準備する事で、意見が一致した。


 そこで……それなら新しい国の最初のリーダーを誰にするのか? ……という議題になった。


 僕は村長さんか、コンバさんか、ミランダさんが王になるか、民主主義らしく選挙で大統領を選ぶのが良いと思っていた。

 しかし、三人は僕を国王にする事を推した。

 三人とも、それぞれの種族を纏めるので手一杯だと言うのだ。

 自分達が協力するので三種族全ての総まとめ的な立場にいて欲しいと言われた。

 そんな大任が、僕に務まるとは思えなかった。

 しかし僕が原因で、この生活は始まってしまったのだ。

 ──責任は取らないと、いけないよな……。

 結局は会議の終わりに、僕は覚悟をしなければならなくなった。

 自分が初代国王になるという覚悟を……。


「マサタカさーん!」

 僕は近付いてくるマリアを見つめた。

 彼女は水着姿になっている。

 今日は一週間に一度の休日、つまり日曜日だった。

 みんなとは海で遊ぶ為に浜辺へと来ている。

 季節は既に秋の筈なんだけど……この大陸と半島は、南に位置しているので海水温が高いままだった。

 マリアの水着は、もちろん僕の元いた世界の様な化学繊維で作られている代物しろものでは無い。

 普通の木綿の水着だ。

 しかし、生地が厚めだから水に濡れても透けたりしない。

 でもビキニだ。

 走ってくる彼女は、たゆんたゆんだった。


 僕の目の前にまで来たマリアは、両手を太腿に着いて屈んで、砂浜の上に座っていた僕に尋ねる。

「何を考えていたんですか?」

「……少し前の事とか、これからの事とか、色々ね……」

 僕は微笑んで答えた。

 マリアは腰を伸ばすと、周りをキョロキョロと見回した。

「……みなさんは居ないんですか?」

 周りには結構な数で海水浴を楽しんでいる人々がいる。

 マリアの言う、みなさんとはレアやイア、そして美恵の事だろう。

「レアは、あまり日焼けをしたくないらしくって海の家で休憩しているよ?」

 海の家は僕の発案だ。

 エルフの人達に木で小屋を建てて貰って、エンダ村の料理屋の人に試しに期間限定で出店して貰っている。

 結構、繁盛してくれている様子だ。

「イアと美恵は、泳ぎで競争するんだとか言って、島の東側へ行ったな……」

 東側の浜辺は北側と違って波も穏やかで泳ぎ易いらしい。

 イアにはレギオンが付いているし、監視を任された人達も一定間隔の距離で見張っているから、溺れるような事があっても大丈夫だろう。

「そうですか……」

 マリアは口を右手で抑えて、にんまりと笑った。

「マサタカさん……少しだけ、お時間を頂けませんか? 見せたいものがあるんです……」

 そう言いながら彼女は、片手を握って抑える様に拳を鎖骨に当てた。

「見せたい……もの……?」

 寄せられた胸の谷間が、ビキニの下で苦しそうに強調されていた。

「はい……後をついて来て貰えますか? 案内しますから……」

 マリアは先に歩こうとして、僕に背中を見せる。

 胸を抑えているビキニの紐が、背中で可愛く蝶々結びされている。

 その紐の端っこが僕に……引っ張ってくれ……と、訴えている様に感じた。

「う、うん……」

 思わず喉が、ごくりと鳴った。

 僕は紐に向かって右手を伸ばすかの様にして立ち上がる。

 そして歩き始めたマリアの後を、ふらふらと付いて行った。

 少しだけ何かを期待しながら……。


 途中からマリアに手を引かれて連れて行かれたのは、少し高い崖の側だった。

 陸地に面した側は、なだらかな坂になっていて崖の頂上まで楽に登れそうだ。

 ──これは、もしかして階段の跡じゃないか?

 坂は何だか少しだけ、でこぼこしていている様子で、風化して形の崩れた階段に見えない事も無い。

 崖の天辺てっぺんに辿り着くと、そこは広くて深い縦穴が開いていた。

 眼下には波打ち際が……砂浜と海の境目が見えた。

「満潮になると隠れてしまうんです……」

 マリアは僕に説明してくれた。

「見せたかったものって、これ?」

 僕は、がっがりする事も無く、輝く波の反射で照らされている縦穴の内側の岩がきらめいているのを……綺麗だな……と、思って見蕩みとれていた。

「いいえ……」

 マリアはクスリと笑って『対の門』を出した。

 白い円を僕達の近くに、黒い円を眼下の砂浜の側に出す。

「この奥に、あるんです」

「奥?」

 僕達は『対の門』を通って縦穴の底へと降りた。


 縦穴の底には海水が入って来ている横穴があった。

 海面は横穴の天井ギリギリまで水位が来ていた。

 ──干潮時で、この状態なら……海側からじゃ気が付かない訳だ。

 ──もっとも、この向こうは崖下だし流れが速いから、泳いで近付く人もいないだろうけど……。


 反対側にも洞窟があった。

 すっかり水が引いて洞窟内は、砂浜と同様に地面が見えている。

「こっちです。マサタカさん」

 マリアは僕の手を掴んで引っ張ると、洞窟の中へと連れて行ってくれた。


 少しだけ登り坂になっていた洞窟を歩くと、奥に光が射し込んでくる場所があった。

 その光が照らす洞窟の壁の色が、何やら不自然だった。

 僕は近付くことによって、その理由が分かった。

 そこにあったのは、美しい壁画だった。

 それも尋常な美しさじゃない。

 絵の内容の事じゃない。

 とても色鮮やかで、劣化が感じられないのだ。

 まるで今日プリントし終えたばかりの写真の様な美しさだった。

 とても長い間、海の近くの洞窟にあったとは思えない。

 僕は更に近付いて壁画に触れてみた。

 つるりと滑らかな感触を得る。

 内側の壁画を何かガラスの様な物が隙間無く覆っているのが分かった。

 ──この透明な分厚い層が、塩分を含んだ空気や紫外線を遮断して絵の具への侵食や退色を防いでいるんだ……。

 ──なんて技術だ……。

 僕は驚いた。

 恐らく、あの古代遺跡に住んでいた人々が作ったものに間違い無いだろう。

 彼らの持つ技術は、僕の知識を遥かに凌駕している部分が多くある。

 ──これも何かの魔法で加工したのだろうか?

 隙間なく壁画に貼り付いているガラス面を撫でながら僕は、この世界がファンタジーである事を再確認していた。


 後ろを振り向くと、マリアは両手を握り合わせて顔に寄せていた。

 目を閉じて壁画に向かって祈りを捧げている。

 僕は彼女と同じ位置にまで下がった。

 そして壁画に描かれた内容を改めて確認する。

 その壁画には美しい女性が描かれていた。

 赤い……いや、ピンクに近い紫色の長く美しい髪をしていた。

 扇情的なくらいに綺麗なラインを維持した黒に近い紺色の鎧を身に纏っている。

 とても大きな胸をしたスタイルの良い若い女性だった。

 ──空を飛んでいるのだろうか?

 彼女の周囲に描かれている背景にあるのは、雲だけだった。

 雲間からは黄金に輝く陽光が射し込んできている様子も描かれている。

 洞窟の天井には人が通れそうも無い隙間があって、今の時間は光が射し込んで絵を照らしている。

 まるで本当に光を纏って、女性が降臨して来ている様な美しさがあった。

 女性は目を開いて、こちら側を見詰めている。

 その瞳から、感情は伝わって来ない。

 嬉しくも悲しくも無さそうな表情をしていた。

 それでも何故か慈愛の様なものが感じられたが、同時に何者かを審判するかの様な厳しさも持っている気がした。


「創造神様です」

 壁画に見蕩れていた僕に、マリアが教えてくれた。

「女神だったんだ……?」

 僕は驚いた。

 初めて見る……この世界の創造神を画家の想像で描かれたであろう姿を見詰めた。

 絵の中の女性と、目が合った。

 僕は何故か照れてしまい、視線を外してマリアに顔を向ける。

「何を祈っていたの?」

 僕は彼女に尋ねた。

「マサタカさんに引き合わせて頂けた事に、感謝の祈りを捧げていました」

 あまりにも真っ直ぐに言い切った彼女に見詰められて、僕の方が照れてしまった。

「そうか……じゃあ、僕も……」

 マリアにならって僕も祈りを捧げる。

 ──マリアに……そして……この世界の、みんなに会わせてくれて……ありがとうごさいます……。

 僕は祈り終わった後に、この世界の事に関して疑問が出来た。

 この壁画を描いた人は、かつて古代遺跡に住んでいた人だろう。

 しかしマリアは、壁画に描かれた女性を見て直ぐに創造神様だと理解した。

 古代都市の住民とマリア……出会った事の無い人達の崇める神が同じだった事は、僕にとって不思議な事だった。

「ねえ、マリア? この世界を創ったと言われている神様って、他にはいないの?」

 僕はマリアに尋ねた。

「創造神様は御一人ですよ?」

 彼女は何故に僕が、そんな質問をするのか……理解しかねる様な表情をした。

 ──そうか……異教の神は、存在そのものが否定されるものだしな。

「例えば他の国の人々が、世界を創造した神様だと信じている様な存在って他にある?」

「他の人々が信じている別の創造神様?」

 次に彼女が即答した言葉に、僕は驚く。

「世界中の人々が、この世界を創造神様だけが御創りになられたと信じていますよ?」


 ──えっ?


「竜神様は?」

「竜神様は創造神様の御友達ですけれど、世界を生み出す力は御持ちではありません」

「でもナメクロさんは、二人が元いた世界があるって言ってたよ?」

「創造神様がおられた世界と天国は、誰が創造したものでもありません。元から存在していたと伝えられています」


 ──なんだろう?

 ──身体が寒くなってきた気がする……。


「僕の世界だと様々な宗教があって、色々な神様が信じられているんだけど……この世界は違うんだ……?」

「色々な創造神様ですか? 世界は一つなのに?」

 マリアは驚きの表情をしていた。

「私達の世界では、世界を創造できる神様は御一人だけで、逆に色々な世界を創造したと言われています」

 マリアは僕に微笑む。

「私はマサタカさんの世界を創造されたのも私達の創造神様だとばかり思っていました……」


 ぞくり……。


 僕は背筋が冷たくなった。


 僕は元いた世界の人々の信じている神様が、僕の住んでいた世界を創造した所を見た訳じゃない。


 僕は魔王で美恵が第四の魔姫なら……それは、この世界の創造神が決めた事だと考えるのが自然だ。


 僕は知識と先入観で、この世界の神様と僕がいた世界の神様が別だと思っていた。


 ──でも、もしマリアの言う通りだったとしたら……?


 僕は壁画の女性を見る。

 急に女性の視線が冷たいものに感じる様になった。

 僕は何か恐ろしい得体の知れない存在に生まれる前から監視されてきたかの様な気分に襲われる。


「マリア……ここを出よう……今直ぐに」

 僕は彼女の手を掴んで出口に向かって早歩きで進み出す。

「え? でも折角、二人だけの秘密の場所が出来たのに……」

 彼女は、そこまで言い掛けたが僕の真剣な横顔を見たせいか、それ以上は何も言わなかった。


 僕は少しだけ後ろを振り向く。

 見る角度が変わったのに壁画の女性が、こちらを見詰めている気がする。

 ──ただの目の錯覚だ……。

 僕は八方睨みと同じ理屈だと理解している筈なのに、不安な気持ちが抑えられなかった。


 僕はマリアの手を強く握り締めて、足早に洞窟を去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る