勅使河原くんとホボス司教 Ⅴ
僕は今、美恵やマリアと一緒にペイルの背中に乗せて貰っている。
島から出て、海の上空を反対側の浜辺のデモス司祭達のいる場所へと向かって飛んでいた。
僕らの下では海の中をレギオンが歩いている。
激しい潮流の中を腰まで浸かりつつもレギオンは、余裕で歩いていた。
レギオンの肩の上には、イアが乗っている。
そしてレギオンは、同様に小さなゴーレムで構成された巨大なトレイを持っていた。
その巨大なトレイは、二枚で二段に分かれている。
上の段には下着姿で後ろ手に縛られたホボス司教と聖騎士達。
下の段には彼らの剣や鎧などの荷物が置かれている。
聖騎士達は一様に酷く疲れた表情をしていたが、ホボス司教だけは元気に怒った顔をしていた。
僕はホボス司教に人工呼吸した時の事を思い出す。
一回だけホボス司教の肺に空気を送り込む動作をすると、彼は咳き込みながら起き上がって何かを吐き出した。
どうやら気道に何かが詰まっていたせいで、息が出来なかったらしい。
意識も回復したホボス司教は、唇を片手の甲で抑えながら茫然として呟く。
「俺は……魔王に生き返させられてしまったのか……?」
イアがホボス司教の背後に回る。
マリアがイアに縄を渡した。
イアは力強くホボス司教を後ろ手に縛り上げた。
その最中も痛みに顔を顰める事なく、ホボス司教は固まっていた。
僕はイアの作業が終了したのを確認してから、ホボス司教に伝える。
「いや、心臓は動いてましたよ? 止まっていたのは、呼吸だけです」
その言葉を聞いたホボス司教は、安堵したのか瞼を閉じると、ホッと溜め息を漏らした。
──魔王の言葉なのに信じちゃうんだ……。
僕は思わずツッコミたくなったが、面倒臭い事になるのが分かり切っているので、やめた。
やがてホボス司教は、何かに気が付いた様に後ろを見た。
縄で縛られていた自分の両手首を見て、顔を真っ赤にして僕を睨む。
「縄を解けえええええええええぇーっ!」
僕は丁重に、お断りした。
……という様な事を経て現在は、教会軍の方々には漏れなく、お帰り頂くために、海を渡って運んでいる最中なのだった。
そしてデモス司祭の待つ浜辺へと僕らは、やって来た。
レギオンは二枚のトレイを砂浜に置く。
トレイを構成していた小さなゴーレム達は、ばらばらになるとレギオンに向かって合体していった。
さらに大きな巨人になったレギオンが、浜辺の側から海の中へと後退していく。
レギオンを見送りつつデモス司祭達が、ホボス司教達の居る場所へ近付いて行く。
そして彼らを縛っていた縄を切り解いた。
自由になったホボス司教と聖騎士達は、いそいそと元の姿に戻る為に装備品を取って着替え始めた。
──シュールな光景だなあ……。
僕は上空から、着替えている三十人の全体像を眺めながら、そう思った。
やがて着替え終わったホボス司教に、デモス司祭が尋ねる。
「で? どうすんだ? 追撃の為の船でも用意するか?」
ホボス司教はデモス司祭を睨んで答える。
「どんな船さえも島に辿り着けなかった事を知ってて言ってるだろう? おまえ……」
「……まあなあ……。ここで待つとは言ったが……おまえが、どうやって帰ってくるのかまでは、考えてなかったわ……」
そう言いながらデモス司祭は、分解されない様に沖合まで退避しているレギオンを見た。
「良かったなあ? 送って貰えて?」
デモス司祭は、にやにやしながらホボス司教を見た。
ホボス司教は再びデモス司祭を睨む。
「追撃は終わりだ」
ホボス司教は海とデモス司祭に背を向けて言った。
「俺の考え過ぎだったんだ……。あんな一人も殺さない様な腰抜けが、魔王な訳がない」
デモス司祭に言うというよりは、自分を納得させる為にという感じで、ホボス司教は俯いて呟いていた。
そうかと思えば、突然に顔を上げてデモス司祭に言い放つ。
「とにかく! 俺は、もう金輪際! あんな変態魔王に関わりたくない! 二度と御免だ!」
ホボス司教は口元を片手の甲で拭った。
マリアと美恵、そしてイアが、クスクスと笑う。
──変態魔王……。
──酷い言われ様だ……。
──僕だって何も好き好んでしたわけじゃないのに……。
僕は正直いって……助けるんじゃなかった……と、思った。
「まあ二度と関わりたくないってのには、同意するがね……」
デモス司祭は海を見詰めながら言った。
それはイアの乗るレギオンを見ての事では無く、マリアの『対の門』で割られた海を想い出しての言葉の様だった。
「だが、どうする? 神罰は?」
──神罰……。
デモス司祭の言葉に、僕は緊張した。
ホボス司教は少しだけ考える。
その時にチラッとだけ僕を見た気がした。
「俺達は……魔王と魔姫を追い詰めて……島に『封印』する事に成功した……。上には、そう伝えればいい」
ホボス司教はデモス司祭の質問に対して、そう答えた。
マリアと美恵が、顔を見合わせる。
イアが……ひゅう! ……っと、口笛を吹いた。
「……『封印』ねえ……。まあ、そういう見方も出来るか……」
デモス司祭が顎髭を手で擦りながら呟いた。
「あ、ありがとうございます!」
僕は溜まらずにホボス司教に御礼を言う。
ホボス司教は振り返った。
「……ありがとうございます! ……じゃない! いいか!? お前達は『封印』されたんだ!? だから二度と俺の前に姿を現すな!? 俺は、もう貴様の顔なんか二度と見たくないんだからな!?」
ホボス司教は最後に、そう捨て台詞を吐くと、ユピテル国支部の教会軍全軍へ撤退の合図を送るよう伝令に命じて、去って行った。
──僕も同じ気持ちです。
──さようなら……僕のトラウマ……。
去り行くホボス司教の背中を見詰めながら、僕は感慨に耽った。
ホボス司教が遠くに行った事を確認してから、一人残ったデモス司祭が僕を見上げる。
僕もペイルの上からデモス司祭を見た。
「……小僧! ホボスの奴を救ってくれて、ありがとうな!」
デモス司祭は笑顔を見せて言った。
「だが、これで貸し借りは、無しだ! 俺がゴブリン共の毒から、お前を救ってやった事を忘れてるなよ!?」
「その節は本当に御世話になりました!」
僕はデモス司祭にも改めて御礼を言った。
そんな僕を不思議そうに、デモス司祭は見た。
「まあ、達者で暮らせ! じゃあな!」
その言葉と共に再び笑顔に変わったデモス司祭は、僕に背中を見せ片手を挙げて振りながら、ホボス司教の後を追う様に歩き去った。
浜辺から一人も残らずに教会軍の人々が去って行ったのを確認した僕は、マリアと美恵、そしてイアに伝える。
「じゃあ、僕らが封印された島へ、帰ろうか?」
僕が茶化す様に問い掛けると、三人も笑ってくれる。
「はい!」
「ええ!」
「おう!」
三者三様の返事が聞こえた。
「よし! 帰ろう! レアが……みんなも待ってる」
誰もいなくなった浜辺を背にして、僕らは帰途についた。
振り返ると、直ぐに島が見えた。
来たばかりの時と違って晴れた今となっては、周囲が透き通っているかの様に良く見える。
「最初から、こうだったら良かったのに……」
浜辺にいる人達が豆粒みたいに視認できたせいか、マリアは残念そうに呟いた。
僕は苦笑いする。
「政孝……あれって……」
美恵が突然にペイルの進行方向に向かって指を差した。
僕とマリアは、美恵の指した方向を見る。
美恵は島を指していた。
一瞬だけ、そう思った。
だが、その後ろに拡がる光景に唖然とする。
「島……じゃない……?」
島の後方に薄く緑色の壁の様に見えて来たのは、間違いなく巨大な森林だった。
「なんだよ!? どうかしたのか!?」
イアが訳が分からなそうに尋ねて来る。
レギオンの肩の上からでは、見えないらしい。
ペイルのいる上空から島に近付いて、ようやく視界に入ってくる。
「僕らが辿り着いた場所は、突き出た半島だったんだ……」
前人未到の大陸が、僕らの前に拡がっていた。
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