勅使河原くんとミランダさん Ⅱ

「それは、どういう事ですか?」

 僕は猫耳メイドのナメクロさんに質問した。


「結論から言うニャ」

 ナメクロさんは笑顔で僕に答える。


「神罰の執行対象は魔王、四人の魔姫、エンダの村とエルフの森の住民全て、そう決まったニャ」

 ナメクロさんは、くるりと回った。

「テッシーくん? 彼女は一体、何者なの?」

「一応……竜神様の付き人になります。本当の御主人様は別にいるそうなんですが……」

 ミランダさんは僕の回答に少しだけ呆れた様な表情になる。

「ドワーフの国とユピテルの首都アウロペは、今回は対象外となったニャ」

「何故だ?」

 コンバ陛下がナメクロさんに尋ねた。

「ドワーフの国だけでも厄介なのに、そこにアウロペの正規軍が加わるとなると……教会軍の被害も甚大なものになるだろう……と、大司教様は考えたニャ」

 ナメクロさんはコンバ陛下に向き直る。

「そこで神罰を発動していないのを、これ幸いとして神罰の対象を現在まで発動中のものだけに留めてしまったニャ」

「なぜ、わしらは対象から外れんのじゃ?」

 今度は村長さんがナメクロさんに質問をする。

「大司教様の面子メンツの問題ニャ。魔王が異世界から降臨した上に魔姫まで集まったから慌てて神罰を発動した。いまさら引っ込めて何かあった時に魔王が来たのに何もしなかった無能大司教と、後で非難されて責任を追求されるのを怖れたのニャ」

「そんなっ!?」

 ミランダさんが叫んだ。

「まあ、ミーの推測だから大司教様が、はっきりと言ったわけじゃ無いけどニャ。一旦は発動させてしまった神罰を取り消した前例が存在しない、というのも大きいんじゃないかニャ?」

 そう言ってナメクロさんは、ミランダさんに笑いかける。

 ……笑い事じゃ無いんだけどな……。


「ナメクロさん……?」

「はいニャ?」

 僕は質問をする。

「僕と関わっただけで神罰が適用される筈なのに、ドワーフの国とエルフの森で差が出たのは、もう一つ理由がありますね?」

 ナメクロさんは僕の方を見て目を、ぱちくりさせた。

「君の言う通りニャ。本来なら魔王と関わった者は、全て神罰を執行しなければならないニャ。つまりは、ホボス司教から伝搬したであろう大司教様ご自身も例外では無いニャ」

「それが何故?」

 ナメクロさんは人差し指を立てて振りながら答える。

「もちろん自分が死にたくないからニャ。まあホボス司教は大司教様の命令があれば処刑されるつもりがあるみたいだけどニャ」

 ……馬鹿げている……。

 ……何処まで生真面目なんだ? ホボス司教は……。

「しかし恐らくは処刑の執行人にまで伝搬するであろう事は、大司教様も理解してしまったニャ。これでは切りが無いと、彼は考えたニャ。そこで発動済みと、そうでない者達で線引きをする事にしたニャ」

「それが、ドワーフの国とエルフの森の差……」

 ナメクロさんは肩を竦める。

「もちろん竜神様は反対なされたニャ。だけど彼も生真面目な人だから、神罰の発動を撤回させる為にとはいえ……勅使河原政孝は魔王では無い……という嘘は、吐けなかったニャ。」

 ナメクロさんの言葉に周囲がざわめいた。

 僕に沢山の視線が集まって来ているのを感じる。

「僕は……魔王なんですか?」

「今は分からないニャ。ま、この件に関しては後で説明するニャ……」

 ナメクロさんは優しく僕に微笑んだ。


「大司教様は魔王の力の影響を特に大きく受けている者達として、先に神罰を発動させた魔王と四人の魔姫、エンダの村の人々、エルフの森の住人を滅ぼすか封印する事に理解を示すよう竜神様に、ねじ込んで来たニャ」

 ナメクロさんは少しだけ悲しそうな顔をした。

「そして自分達の教会軍は、本隊を動かさない。その代わりにユピテル国の正規軍も動かさない様にシュリテ国王に約束させるよう竜神様に求めてきたニャ。もし、その条件を呑まなければ軍の本隊を含めた教会の全力をもって、この異変に対処した後に自害する覚悟だと、大司教様はハッタリをかまして来たニャ。」

 ……竜神様を脅すだなんて……。

 ……大司教という肩書きは、伊達じゃないな……。

「竜神様は予想される被害を、これ以上増やさない為に仕方なく、その条件を飲まざるを得なかったニャ。まさにゃんに……済まなかった。健闘を祈ると伝えてくれ……と頼まれたニャ。」

 ……まさにゃん?

 ……あ、僕の事か。

「そう言う訳で、ドワーフの国や首都アウロペの人々は、魔王の影響力が薄いとして実害が出るまで様子見しようと云う事になったニャ……。おめでとう! 君達の相手は創造神教会ユピテル支部の軍隊だけになったニャ」

 ナメクロさんは両手を天に突き出してクルクルと回って僕らを祝福した。

「そんな……支部の教会軍とは言え、私達だけでは勝ち目なんて無いわ……」

 ミランダさんは顔面蒼白になって崩れ落ちた。


「ふむ……」

 コンバ陛下は腕を組んで考える。

 彼は他のドワーフの人達に向き直ると伝えた。

「わしは、このままエルフの森に残ってミランダの手伝いをする。国王の地位はボルテに譲るので、お前達は国に帰って伝えておいてくれ」

「駄目よ!? ドワーフの国の人々は、神罰の対象から外されたのよ? 気持ちは嬉しいけれど、これ以上の迷惑は掛けられないわ……」

 ミランダさんが驚いてコンバ陛下を止めようとする。

「イアは外されておらんわ。娘の危機を城から黙って見ていられるものかっ!」

「親父……」

 コンバ陛下の発言にイアが、申し訳なさそうな顔をする。

「他人の前では陛下と呼ばんか」

 コンバ陛下の周りに他のドワーフ達が集まってくる。

「おやっさん、水臭いですぜ!」

「そうですよ旦那、イアお嬢の為なら私達にも手伝わせて下さいっ!」

「教会の連中に一泡ふかせてやりましょうや? 親分!」

「お、お前達……」

 コンバ陛下は泣いていた。

「なぜ誰も陛下と呼んでくれんのじゃ?」

 ……あ、そっち?

 しかし、みんなに慕われている事が分かったコンバ元陛下は、燃えていた。

「ふっふっふ……久し振りに血がたぎってきたわい。わしのムラマサも、早く教会軍の兵士達の血が吸いたくてウズウズしておるわ……」

 そう言って元陛下は、瞳をギラつかせながら逝っちゃってる目付きで、片手斧の刃をベローリと舐めた。

 ……斧なのに、ムラマサって……?

「テッシーくん達が引いているから止めなさい!」

 ミランダさんはコンバ元陛下の頭に空手チョップを喰らわせた。

「戦うかどうかは、まだ分からないわ……」

 ミランダさんは自分自身を抱き締めながら、そう呟く。

「あら? そうなの? 残念ねぇ……。せっかくヘッドショット千人達成まで、後たったの六人だったのに……」

 ライデ元后妃が弓と矢を持ちながら、そんな物騒な事を心底つまらなそうな表情で言った。

 ……聞かなかった事にしよう……。


「マリア……」

 僕はマリアに声を掛けた。

「は、はい!?」

 突然に振られて、マリアは驚きながらも元気に返事をしてくれた。

 僕は頼もうかどうか一瞬迷ったけど彼女にある、お願いをする事に決める。


「これから僕達は生き残る為に、どうすれば良いのか……占って貰えないかな?」


 マリアは一瞬だけ固まった。


「えええええええええええぇっ!?」

 マリアは更に驚いて叫ぶ。

 両手を前に出して手の平を回すように、ぶんぶんと振った。

「無理です! 無理ですよぅ!? そんな大事な事を私の占いで決めてくれだなんて……そんな!?」

 ……そうだよなあ……。

 ……そんな重い責任をマリア一人に背負わせる事はできないか……。

 僕が頼み事を取り消そうと思った、その時だった。

「マリアちゃん……私からも御願いするわ」

 意外にもミランダさんまでもが、マリアに占いを頼んで来た。

「ミ、ミランダさんまで……?」

 マリアは情け無い表情で恨めしそうにミランダさんを睨む。

「……ごめんなさい。そんな顔をしないで……?」

 ミランダさんは、ゆっくりとマリアに近付く。

「私は貴女の、お祖母様ばあさまの占いには、とても御世話になったのよ? 彼女がいなければ私達の家族は、大変な事になっていたと思うわ」

「ミランダさん……」

 ミランダさんの告白にマリアも思い当たる節がある様子だった。

「彼女の孫である貴女の示した道なら、私は従う。どんな結果になろうとも、決して貴女を恨んだりしないわ? ……約束する。もちろんテッシーくんの事だって……ね?」

 ミランダさんは、そう言ってマリアに微笑んだ。


 マリアは少しの間だけ俯いて考えた。

 しかし、しっかりと顔を上げるとミランダさんを見て答える。

「分かりました。どこまで出来るか分かりませんが……私の、やれるだけの事を、やり切ってみせます!」


「ありがとう、マリアちゃん……」

 ミランダさんは、そう言ってマリアの頭を抱き締めた。

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