第二話

勅使河原くんとミランダさん Ⅰ

「どうして、先ず私に相談しに来てくれなかったの?」

 ミランダさんは怖い顔をして睨みながら、僕に向かって問い質した。

「あの……その……それだと村長さんの救出に間に合わないんじゃないかなー? ……と、思いまして……」

 僕は蛇に睨まれた蛙の様に冷や汗をかきながら言い訳をした。

「……彼らの伝えてきた時刻は、日没後の筈よ? エルフの森に寄ってからでもギリギリ間に合ったわ」

「ギリギリだと救出作戦の下準備をする時間的な余裕が……」

「話し合いで解決しようとは、思わなかったの!?」

 バンッ! という、ミランダさんのテーブルを叩く音が広場に響いた。


 ここはエルフの森の中心にある大きな広場で、僕達とエンダの村人とエルフの森の住人達が、ほぼ全員集まって会議を開いていた。


「絞首刑にしたって裁判の結果が最悪だった場合に執行される筈よ? 延期の可能性だって充分にあったわ」

「いや、それは無いのう……」

 村長さんが助け船を出してくれる。

「少なくともエンダの村とエルフの森に関しては神罰は発動済みだと、ホボス司教は言っておった。じゃからテッシーが間に合わんかったら、今頃わしは、これじゃ」

 そう言って村長さんは、自分の手で自分の首を絞める様な動作をする。

 エルフの森にも神罰が発動済みだと聞かされて、広場にいたエルフの人達が騒めきだした。

「……なぜテッシーくんを説得して連れて来てくれなかったの?」

 ミランダさんが今度は、レアの方を見据える。

「村長様を見捨てろと仰るんですか!?」

 レアは信じられないとばかりに目を大きく見開いて、ミランダさんに尋ね返した。

「……必要があれば、そうするわ」

 本人を目の前にしているのにも関わらずミランダさんは言い切った。

 村長さんは静かに瞼を閉じると、やれやれといった感じで後頭部を片手で掻いた。

 多分、心情的にはミランダさんの気持ちにも一定の理解を示せるからだろう。

「村長さんの犠牲一人で丸く収まった可能性だってあるのよ?」

 ミランダさんはレアに向き直って言った。

「ありえません! 神罰は既に発動済みなのですよ? 途中で取り消された例など聞いた事がありません!」

 レアは必死になって答える。

「ただの慣習よ? 説得の余地が無いとは言い切れないわ?」

「お母様にはホボス司教を説得できる自信が、おありなのですか? よしんばホボス司教を説得できたとしても、大司教様が一度出された触れを取り消すとは思えません」

「あなた達が余計な事をしなければ、僅かばかりの可能性が潰える事も無かったかも知れないわ」

 僕は流石にミランダさんの言い分には無理があると思った。

 でも否定する為にレアへ助け船を出す気にもなれない。


 なぜなら、諸悪の根源は僕だから……とほほ。


「余計な事?」

 レアは何故か口の端を釣り上げる。

 彼女は自分の母親を嘲笑するかの様に見返した。

 ミランダさんは続けて言う。

「あなた達が教会を刺激する様な事をしなければ、本格的に軍隊で攻めて来るような事態は、先延ばしされていたかもしれないのよ?」

 僕は……それは、その通りかもしれない……と思った。

 僕とマリアが教会に行く事がなければ、教会がエルフの森へと攻めて来るのは、かなり後回しなっただろう。

 ただし、その場合は毎日一人ずつエンダの村人の誰かが絞首刑になっていたのかもしれないけれど……。

「攻めて来たのなら、相手をすればいいだけです。」

 レアは不敵に笑った。

 彼女の、あんな表情は初めて見た。

「私達が教会軍を相手にして敵う訳が無いでしょう?」

 ミランダさんはレアを呆れた表情で見つめた。

「マーくんさえ許してくれるのなら……わたくしの力を彼等に向けて使う覚悟があります……」

 レアの返事に、ミランダさんは絶句した。

 ミランダさんの首に一筋の汗が流れる。

 彼女は厳しい表情でレアを睨んで言う。

「……覚悟? 貴女は人を殺すという事が分かっていないわ。どれだけの後悔が押し寄せて来ると思っているの? それに、そんな事をしたら今度は、教会軍の本隊が攻めてくる……何万人いると思っているの?」

「……例え世界中が敵に回ったとしても、マーくんを……わたくしの大切な人々を殺すと言うのなら、逆に殺してやるだけです……」

 何万人という言葉を聞いて、少しだけ怯んだレアだったが、ミランダさんを睨み返して答えた。

「……本物の魔姫にでもなるつもりなの? 私は殺人狂の娘を産んだ憶えは無いわ」

「ミランダさん! それは幾ら何でも言い過ぎ……」

 ミランダさんの言葉に溜まらなくなって、僕が口を挟もうとした時だった。

「お母様は消極的過ぎます! お父様だったら、こんな臆病者みたいな卑怯な結論は、出しませんでした!」

 今度はレアが言い過ぎた。

 ミランダさんの顔が怒りで真っ赤になる。

 彼女は、つかつかとレアに早歩きして寄っていくと、片手を振り上げて……。


 パンッ!


 広場に頬を叩く乾いた音が響いた。

 ……あいたー……。

 ミランダさんとレアの間に入った僕は、思いっきり頬をたれてしまった。

 そのまま僕は、横向きに蹌踉よろめいて倒れてしまう。

「マーくん!?」

 目を閉じていたレアが、慌てて僕の元へと駆け寄る。

「どういうつもりかしら?」

 最初は驚いていたミランダさんだったけど、僕の事を冷ややかに見詰めながら尋ねてきた。

「こ、こういうのって必要がある場合もあるんでしょうけど……怒りに任せ過ぎるのも良くないかな? ……って思って……イテテ」

 ……打ったね!?

 ……親父には打たれた事はあっても、お袋には無かったのに!

 僕は心の中で冗談を飛ばして痛みに耐えた。

母娘おやこの間に何の権利があって、口を挟むのかしら?」

「……まだテミスの命を助けた御礼を頂いてませんから……」

 僕が言うと、ミランダさんは再び目を丸くする。

 そして息を大きく吸うと、大きな溜息をついた。

「次から次へと、本当に良く頭と舌の回る子ね……」

 ミランダさんも村長さんみたいに頭を掻いた。

「……私が言い過ぎたわ。ごめんなさい……」

 そしてレアに顔を向けて、そう謝った。

 僕はレアの頬に手をあてて言う。

「レア……君も言い過ぎたと思っているんだろう?」

 レアは僕の目を見詰めると静かに頷いた。

 そして、ゆっくりと立ち上がるとミランダさんに向き直る。

「お母様……お父様と比べるような事を言って……臆病で卑怯などと言ってしまい、申し訳ありませんでした」

 レアは、お辞儀をしてミランダさんに謝った。

「……テッシーくんの頬を冷やしてあげて?」

 ミランダさんの言葉と共に、美恵が水で濡れたタオルを持って来てレアに手渡す。

「レアさん、これを……」

「ありがとうございます」

 レアはタオルを受け取ると僕の頬にあててくれた。

 ひんやりと冷えたタオルが心地良い。

 きっと受け取ってから、レアが冷やしてくれたのだろう。


「族長……起きてしまった事を悔いても始まりません。神罰に対する現実的な対処を考えなければ……」

 ミランダさんが落ち着いた所を見計らって、ヨアヒムさんが進言してきた。

「……分かっているわ。でも、どうすれば……?」

「もう、戦うしか無いのではないか?」

 ミランダさんが頬に手をあてて、もう一つの手を肘にあてて考えていると、彼女に向かって声を掛けてくる人物がいた。

「コンバ陛下! 来てらしたんですか?」

 見知ったドワーフの国の王様と、その后……そしてドワーフの人達が広場へと、やって来るのを見て、僕は驚いて声をあげた。

「坑道を改めて一時閉鎖する為の工事をしていたのじゃよ。元気そうで何よりだなテシガワラ殿! 娘が迷惑を掛けた様で済まんな?」

「と、とんでも無いです! むしろイアに迷惑を掛けているのは僕の方で……?」

 そう言いながら僕は、王様の後ろにいたイアを見た。

 彼女は前屈みになって、お尻を摩りながら歩いてきた。

「どうしたの?」

 僕はイアに尋ねた。

「これは、かーちゃんに……いや、いい……なんでもない」

 ……ごめん、イア……。

 ……そっちは庇えなかった……。


「聞けばエルフの森の次は、ドワーフの国に神罰が発動される予定だと言うじゃないか? わしらにとっても最早、無関係とは言い難いわい」

 コンバ陛下が、そう言ってミランダさんに手を差し出した。

「べ、別に……貴方達の協力なんて、ちっとも嬉しくなんか無いんですからねっ!」

 ミランダさんは照れて横を向きつつも、コンバ陛下と握手をする。

「目に物を見せてやれば、相手も交渉のテーブルに着く気になるじゃろうて……何、わしらと、おぬしの亭主と仲間は、そうやって自治権を勝ち取ってきた。少しだけの辛抱じゃて……」

 コンバ陛下は、そう言うと両手に二つの片手斧を持って回しながら投げた。

 回転しながら片手斧は、近くの木を丸ごと一本斬り倒すと、手首に付けられた紐で引っ張られて再びコンバ陛下の手へと戻る。

 その鮮やかな技に広場の人々から感嘆の溜息が漏れた時だった。


「ドワーフの国が教会軍に攻められる事は、無くなったニャ」


 突然、どこからともなく、そんな聞き覚えのある女性の声が響いた。

 いつの間にかテーブルの上に一匹の黒猫が現れている。

「ナメクロ!?」

 美恵が、その黒猫を見て驚いて大きな声を出した。

 黒猫はテーブルの上から跳んで地面に着地すると、いつの間にか猫耳メイド姿の女性に変身する。


「竜神様と大司教様の会談が終わったので、結果を伝えに来たニャ」


 ナメクロさんは、そう言って僕を見ながら微かに笑った。

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