勅使河原くんと村長さん Ⅵ
「もう追いついて来やがった!」
イアは呆れた様に叫んだ。
彼女はレギオンを巨大な
僕とマリアは、馬でイアの隣を並走していた。
僕は後ろを確認する為に少しだけ振り返る。
かなり後方だが、デモス司祭達が馬に乗って追いかけて来ているのが見えた。
このままだと追いつかれてしまうだろう。
僕らは街道から外れて少し狭い脇道へと入った。
事前にイアから聞いていたのだが、ここを通ると街道がショートカット出来るらしい。
「テシ! 川が見えてきた!」
イアが僕に向かって大きな声で報せる。
「先に行かせて貰うぜ?」
そう言うとイアは、先行して川へと向かう。
教会とエンダ村の間には二つの川が流れている。
一つは深くて長い谷の間を流れる川。
もう一つは、とても幅は広いが底の浅い……ちょうど今、見えてきた川だ。
イアの乗るレギオンは、川に入ると向こう岸へと難なく渡り切る。
僕の乗る馬も彼女の後に続いて川へ入った。
街道側には橋が架かっているが、この脇道には橋が無い。
しかし今の水位なら馬でも十分に渡れる深さだ。
それはデモス司祭達も同じ事なのだけれども……。
僕達が川を渡り切ると対岸の方からデモス司祭達の乗る馬の群れが、これから川に入ろうとするのが見えた。
だが彼らの馬が川に入って直ぐに、馬が大きく
落馬した兵士が川に落ちる。
「うおっ! 熱っ! うおあち、あちちちちーっ!」
入って来た馬達と落馬して叫び声をあげた兵士達は、慌てて岸へと上がった。
よく見れば緩やかに流れる
デモス司祭は馬を止めて降りると、川の側に寄って手を入れて確かめる。
彼は直ぐに手を引き揚げると強く振って呟く。
「…熱湯になっていやがる。」
僕は上流に目を向ける。
僕と同じ岸側で馬に乗っているレアが見えた。
……レアは連れて行こう。きっと役に立つ。オレに考えがある……。
教会へと向かう途中のゴーレムが牽く馬車の中でイアから、そう説得された。
そして教会周辺の地形が、どうなっているかの説明を受けた僕は、彼女達からの申し出を受け入れた。
デモス司祭は馬上の他の兵士達に来た道を引き返す様に指示を出す。
きっと街道に戻り橋を通って、熱湯と化した川を迂回する事にしたのだろう。
イアの作戦とレアの水分子の精霊魔法のおかげで、時間が稼げた。
これで僕達は、彼らよりも少しだけ街道を先行する事ができる。
僕はレアに向かって手を振ると、彼女も手を振り返して笑顔で答えた。
僕はレアと合流して脇道を通り抜け、街道に再び戻った。
しばらく走ると、深い谷の間に架かる大きな橋が見えてくる。
その橋の向こうにイアとレギオン、美恵とペイル、そして村長さんにエンダの村の人達が数人と、さらには一台の傾いた馬車が見えた。
僕とマリアの乗った馬と、レアの乗った馬が橋の向こうへと渡る。
「馬車が壊れたんですね?」
僕は村長さんに尋ねる。
「この一台だけじゃがな。ほかの馬車には先に行って貰っとる。」
村長さんは馬車の車軸を確認している。
車軸は車輪の付け根が曲がってしまっていた。
真っ直ぐ走れる様に直す為の修理には、かなりの時間が掛かるだろう。
「馬車から馬を外して二人乗りで、どなたか先行して下さい。」
村人の中から一組の夫婦が名乗りをあげた。
彼らは直ぐに馬へ乗ると、この場所から離れて街道を西へと向かった。
「他の人達はゴーレムに乗り換えて下さい。イア、よろしく頼むよ?」
「任せてくれ!」
村人達は恐る恐るながらも、みんなレギオンに乗り換えてくれた。
「マリアも馬が苦手だったら、レギオンに乗り換えてもいいよ?」
「そうさせて貰います……。」
少しだけホッとした表情をしながら、マリアも移動した。
……馬より百足の方が、ホッとするんだ……。
僕は少しだけ彼女の選択が面白かった。
「美恵、悪いけどペイルに橋を破壊して貰ってくれ。」
「りょーかい。」
美恵はペイルの首に跨ったままで答えると、一緒に上空へと飛んだ。
ペイルのブレスが橋を中心から削り取っていく。
轟音と共に橋の瓦礫が、遥か真下の川面へと落下していった。
付け根の部分を残して橋は、跡形もなく破壊された状態になる。
その時、デモス司祭達の乗る馬群が橋の向こうに到着したのが見えた。
「弓隊! 前へ!」
デモス司祭の号令と共に数人の兵士が、馬から降りてクロスボウを手に取り前へ出る。
「魔姫を馬に近付けるな!」
兵士達は一斉にクロスボウを構えると、ペイルに向かって矢を放った。
ペイルは軽く唸る。
するとハッとしたように美恵は、首にしがみついた。
ペイルは身体を捻りながら翼を閉じると自重で急降下を行う。
矢はペイルがいなくなった場所を通過していく。
数本の矢が当たった様だか全て鱗に弾かれた。
「魔姫を集中して狙え!」
デモス司祭の号令が飛ぶ。
……マズい!
……僕らは今、何も防御する装備を身に着けていない!
「美恵! もういい! 上空高く飛んで先に行ってくれ!」
美恵は僕の指示をペイルに伝えると、共に空へと高く上昇し西へと向かった。
冷静なデモス司祭は、クロスボウの射程外へと離れたペイルに向かって矢を放つ様な指示をしなかった。
僕は判断を誤った。
美恵とペイルには射程外の高空から、僕らが撤退するまでブレスなどで支援させるべきだった。
デモス司祭の片手は今、僕らに向けられている。
兵士達はクロスボウに新しい矢を装填し始めていた。
「みんな、逃げろ!」
僕が叫ぶとレアが馬を走らせ、村人の乗った百足レギオンも走り出す。
僕も馬を走らせようとした。
その時だった。
「マナちゃん!」
急発進するレギオンから、一人の少女が振り落とされた。
その女の子に向かって、マリアは手を伸ばす。
そして彼女はマナの手を掴むと、一緒に振り落とされてしまった。
マリアは慌てて着地点に白い円をレギオンの上に黒い円を出す。
しかし二人の身体は、上手く白い円の中には掛からずに弾かれてしまった。
マナを抱き締めながら、着地した地面を横に転がって行くマリア。
二人に向けて対岸の兵士達が、クロスボウを構える。
デモス司祭は一瞬、号令を躊躇った。
「……
それも、ほんの僅かな時間の事で、無情にも彼女達に向けて多数の矢が放たれた。
だけれど、デモス司祭が躊躇ってくれたおかげで、僕は間に合った。
僕は馬を走らせてきて、マリアを庇う様に矢面に立つ。
「マーくん!」
「テシ!」
レアとイアの呼び声が聞こえた。
そこからは時間が、ゆっくり流れる様に感じた。
沢山の矢が僕を目掛けて飛んでくる様子が、まるでスローモーションみたいに見える。
周りが遅く感じるのは、僕の脳が死を回避する為に懸命になって働いてくれているからだろう。
「助けてっ、おばあちゃんっ!」
背後からマリアの悲愴な叫び声を聞いた気がした。
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