勅使河原くんと村長さん Ⅴ
「デモス司祭っ! 貴方も神様ではなく大司教様を信じると言うのですかっ?!」
マリアがデモス司祭に詰問する。
「ああ、そうだ。だって俺……まだ死にたくねぇもん。」
デモス司祭は開き直った。
マリアは目が点になり口をパクパクさせる。
「神様が直接、大司教様に説教して止めてくれるなら、まだしもだ……。幾ら人は神様の前で平等だからと言っても実質的な身分の差、階級の差って奴があるわな。へたに逆らって背教者の汚名を被って絞首刑になりたくねぇもんよ、俺は。」
「……だ、だからって……。」
マリアは少し焦っている様子に見えた。
デモス司祭はマリアを厳しい目で見詰める。
「確かに神様から見れば大司教様だって、ただの人だ。それでも神様に関しては人間の中では一番良く知っている御方だ。そして教会という組織の中のトップだ。俺達の様な雑兵は、トップの為す事に疑問を持ってはならない。組織が瓦解してしまうからな。」
「……。」
マリアは険しい表情をしながらも黙ってしまった。
逆にデモス司祭は、くだけた感じの笑みを浮かべる。
「そしてホボス司教は、俺の上司でもあり、友人から託された大事な預かり者でもある。悪いが、俺は奴の味方を降りられないんだな、これが……。」
デモス司祭は、やれやれと言った感じで肩を竦めると、溜息をついた。
「それにマリア……お前は言ったよな?」
「な、何をですか?」
余裕で顔をニヤニヤさせているデモス司祭を見て、マリアが若干ひき気味に怯えている。
「……神様が小僧を見捨てる筈が無い……ってな? つまり俺が奴を幾ら殺そうとしても神様が守ってくれる。殺せたら、あいつは神様さえ見捨てる魔王だ。……そういう事だよな?」
デモス司祭に言い負かされて僕の方を見たマリアは、涙目だった。
……うん、マリア、もういいよ?
……君は十分に頑張ってくれた。
……僕は感謝の気持ちで一杯さ?
……今回は相手が悪かっただけだよ。
「小僧? お前が俺に捕まって殺されたら、貴様は魔王だ。逃げおおせたら、ただの人間だ。」
……わーい。
……僕にメリットが何もないぞー?
「因みに逃げおおせたと判断される条件は、何ですか?」
僕はデモス司祭に尋ねてみた。
「俺が死んでも、お前が逃げ切っていたら勝ちだ。」
そう言って、デモス司祭はウインクをしてきた。
……おえええっ!
……こ、この人、殺さない限りは百二十歳くらいまで生きそうだけどなぁ?
昔、僕は何かの本で読んだ事があった。
とある女性が魔女の疑いを掛けられた。
彼女は異端審問にかけられ裁判が行われた結果……水槽に沈められて、息が出来れば魔女として殺され、息が出来なければ人間として死ぬ事が許された。
女性は息が出来ずに人として死んでしまったと言う……。
昔、実際にあった事件を元に創作された、お
……まさか、自分の身に似た様な事態が降りかかろうとは……。
……当時の僕は、思いもしなかっただろうな……。
「さて小僧、覚悟はいいか?」
デモス司祭が
「……ホボス司教。一つだけ訊いてもいいですか?」
「なんだ? 遺言か? 魔王が? 笑わせる……。構わん、言ってみろ……。」
質問する僕に対して嘲笑を浴びせてくるホボス司教に、僕は尋ねる。
「さきほども言ってましたが、神様って嘘ついても許して貰えるんですよね?」
「……なんだと?」
「すみません。二人だけで来ただなんて……嘘ついちゃって……。」
僕とマリアは手を繋ぐと、ホボス司教達に向かって二人で舌を出した。
その瞬間に僕らとデモス司祭の間の地面が割れて、地中からレギオンと、その肩に乗ったイアが現れた。
「テシ! 言われた通り、地下牢に囚われていたエンダの村人達は全員、先に逃がしてやったぜ?」
イアが僕を見て笑顔で教えてくれた。
「ご苦労様、イア! いいタイミングだったよ?!」
僕も笑顔で返す。
「第三の魔姫?!」
ホボス司教が色めき立つ。
兵士の一人が建物の中から走って出てきた。
「デモス司祭っ?! 大変です、囚人達が……。」
デモス司祭は片手を挙げて兵士を制した。
「あー……今、聞いた所だわ。」
「久し振りだな、デモス司祭? 悪いが罪の無い人々は全員返して貰ったぜ? まあ、気付かれない様に静かに地面の下で穴を掘って行くのは、ちぃーっとばかり難儀したけどな?」
そう言ってデモス司祭を見つめながらイアは、レギオンの片手を挙げさせてドリルをデモス司祭に見せ付けた。
「全員? 皇女様ともあろう御方が、誰か一人お忘れじゃ御座いませんかね?」
デモス司祭は親指を立てて絞首台の上の村長さんを指した。
「あんたこそ、一人忘れてるんじゃ無いか? 俺が、どうして正確に地下牢の位置を把握できたと思う?」
イアはニヤついた顔をデモス司祭に向けた。
「……なんだと?」
デモス司祭はイアを睨む。
「この教会の周りに住み着いている……ね、鼠と
イアの言葉と共に教会の建物の裏から咆哮が聞こえた。
屋上よりも高い空の上からペイルが姿を現わす。
その首には美恵が、跨がっていた。
ホボス司教は彼女の勇姿を睨んで叫ぶ。
「獣の女王?! 第四の魔姫までっ?!」
「あははははは!
美恵が高らかに叫ぶと同時に、ペイルの翼が青白く輝く。
……美恵の奴、ノリノリじゃないか……?
僕は小さく、ほくそ笑んだ。
ペイルの口が開かれブレスが放たれた。
「しっかり避けないと、危ないわよ?!」
撃ってから言う美恵の言葉よりも前に、兵士達はペイルの射線だと思われる場所から遠のいた。
絞首台の周囲を円を描く様にペイルのブレスが放たれる。
周囲の兵士が離れたのを確認すると、ペイルは絞首台に突っ込んで縛られたままの村長さんを後ろ足で、やんわりと掴んだ。
そして、そのまま上空高くへと舞い上がると、門の上へと向かう。
「もっと低く、飛んでくれえぇーっ?! 恐ろしくて、かなわあぁーんっ?!」
村長さんは目を見開いて眼下を見ながら、そう叫んだ。
「政孝っ! 先に行ってるわよっ?!」
美恵は、そう大きな声で伝えると、村長さんを掴んだペイルに乗ったままエンダの村の方角へと飛び去った。
「僕達も逃げよう!」
「はい!」
僕達はデモス司祭達に背を向ける。
そこには既に美恵が操って連れてきた馬があった。
美恵の指示に従ったままなので、素人の僕でも操れる状態になっている。
「……お、お馬さん?」
馬に対してトラウマを抱えているマリアが、少しだけ後退る。
僕は先に跨がると、彼女に手を差し伸べた。
「手を掴んだら目を閉じて?」
「は、はい……。」
言う通りに僕の手を握って目を閉じた彼女を馬に乗せようと引き上げる。
……か、軽いな……?
力を抜いていたマリアは、ふわりと僕の前に乗った。
「じゃ、じゃあ走らせるから? ゆっくりと目を開けて、しっかり捕まりながら馬ではなく、なるべく前方の景色の方を見ていてね?」
マリアは頷くと、静かに目を開ける。
「くそっ!? 逃がすかっ!」
デモス司祭が僕達に向かってくる。
その間にはイアとレギオンがいた。
「おっと? 行かせないぜ!?」
デモス司祭の前に巨大なゴーレムが立ちはだかる。
彼は腰に帯びていたメイスを外すと、構えて何かの呪文を唱えた。
「死なない程度には痛いかもしれないけど、我慢してくれよっ!」
イアが叫ぶとレギオンの大きな拳が、デモス司祭に
「舐めてんじゃねえぇぞおぉあぁーっ!」
デモス司祭はメイスをレギオンの拳に目掛けて振るう。
レギオンの拳に比べれば彼のメイスは、まるで象と蟻くらいの差があった。
僕はデモス司祭に心の中で……御免なさい……をした。
ところが吹き飛んだのはレギオンの拳の方だった。
いや……拳の先からレギオンの本体もバラバラになっていく……。
イアは空中に放り出されたが上手く着地した。
しかし、その表情は茫然自失とした感じだ。
僕は瞬時に手綱を振るう。
「イア! もういい! 撤退だ!」
イアはハッと気付くとバラバラになったゴーレム達と一緒に、僕達の後を追う様に逃げ出した。
「共鳴による魔力の増幅作用ごとき、解除する手立てが存在しないとでも思ったか?!」
デモス司祭は高らかに笑った。
彼が笑っていたおかげで、僕らは門の側まで逃げることが出来ていた。
「……しまった……。おい! そいつらを門の外に出すな!」
デモス司祭の命令で門番の人達が、通せんぼをする為に僕達の前へと立ちはだかる。
「テシ! 先に行くぜ!?」
イアがジャンプすると再びゴーレム達が集まり始める。
彼女はゴーレムで形作られた巨大な丸鉛筆の様な物の上に乗ると、その円錐部分の頂点を門に向けて突進した。
「どけどけどけえぇーっ!」
突進してくる巨大な円錐の尖った先を見た門番達は、身の危険を感じて避ける為に左右に拡がってしまう。
そして門は、ゴーレム鉛筆の突進によって突き破られた。
僕とマリアの乗った馬も、その後を追って門の外に出る。
「おい! 馬を持ってこい!」
「だ、駄目です! 何故か一部の馬が眠ってしまっていて、他の馬は数台の馬車と共に行方知れずです……。」
「なにぃ……? 今すぐ叩き起こせ!」
後ろからデモス司祭の、そんな怒号が聞こえてきた。
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