第二章 逃避行編

第一話

勅使河原くんと村長さん Ⅰ

 急いで荷物を纏めて僕達は、アウロペを出発して街道を東へと向かっている。


 ゴーレムの馬車は猛スピードで走り、行きとは比べ物にならない程に車内は揺れていた。

 僕達の所へ来るまでは、テミスを乗せていたヨアヒムさんの操る馬が、今は街道を先行してくれている。

 テミスは僕らと一緒に車内の中だ。

 美恵だけはペイルに協力を依頼してから、後で一緒に合流する事になっている。

 宿屋の部屋で大体の話は、テミスから聞いていたものの、僕はいまだに信じられなかった。


 テミスの持ってきた情報によると、エンダ村の全ての住民が創造神協会ユピテル支部の軍隊によって捕らえられて連れ去られたらしいのだ。

 そして、その代表として村長さんが宗教裁判を受ける事になったらしい。

 その結果次第で村長さんは、絞首刑にされてしまうと言うのだ。


 ……なんせ大昔にマリアの祖母が、わしの事を占った時は、わしが絞首刑になる未来じゃったからな……。


 僕は村長さんの言っていた事を思い出す。

 ……まさか、こんな形でマリアの亡くなった、おばあちゃんの占いが的中するなんて……。

 ……いや、まだだ!

 ……まだ、当たっていない!

 ……絶対に当たらせない!


 僕は冷静さを取り戻そうと、テミスに状況の詳しい確認を取ろうと思った。

「まさか、エンダの村を相手に神罰が発動されたの?」

 僕は車内でテミスに質問をした。

「分からない…。でも、もし神罰が発動されるなら対象となるのは、エンダの村じゃ無くて私達エルフの森の筈だと思う…。」

「でも、ホボス司教は…。」

「そう、エンダの村人達をさらって行った後に、村人の最後の一人であるマリアとテッシーの行方を捜し出して二人だけで教会に寄越す様にと、アタシ達エルフに通達してきたわ…。」

「もし僕達が現れなければ村長さんを始めとした村の人達を解放しないと?」

 ……いったい何故だろう?

 デモス司祭は、そう簡単に神罰など発動しないと言っていた。

 それでも神罰が発動されたとしたら確かに対象となるべきは、悪魔と疑われた僕を除けば、不死アンデッドの疑いが掛かったテミスと、教典に書かれた教えに従わないミランダ族長…。

 つまりエルフの森でなければ筋が通らない。


「……エンダの村の人達を捕らえておけば、マリアちゃんは現れる。そして、マリアちゃんが行けばマーくんも行かざるを得ないからでしょうか?」

 レアが言った。

「つまり、どういう事だよ?!」

 窓を開け放しにして御者を務めながら、会話に参加していたイアが尋ねてくる。

「……エンダ村の人々は最終的にはマーくんをおびき出す為の人質だと思います。」

 ……僕を?

「でも、マサタカさんはデモス司祭の浄化魔法で悪魔で無い事が証明された筈です。今更なんの理由があって……?」

 マリアと同じ疑問を僕も感じている。

「それは、わたくしにも分かりません……。しかし、このまま行くのは得策では無いと思います。」

「そうだね。」

 僕は、その点に関してはレアの意見に同意した。

 しかし時間は無かった。

 村長さんの絞首刑は、裁判の結果次第では日没後に行われる。

 その後は毎日……村人を一人ずつ、僕達が出てくるまで絞首刑に処すると、ホボス司教は伝えてきたらしい……。 


 ……あの優しそうなホボス司教が?

 ……とても正気の沙汰とは思えない……。


 僕には信じられなかった……。


 イアの話では飛ばせば夕方までに創造神教会ユピテル支部に着く事が出来ると言う。

「ねえ? テッシー、これ、やばいよ…。一度エルフの森に寄って、アタシのお母さんと一緒に作戦を練った方がいいよ?」

「で、でも村長様が…。」

 テミスは既に事態を、ある程度は把握しているだろうミランダさんと協議する事を提案してくれたが、マリアは村長さんの救出に、それで間に合うのかどうかを不安に感じて僕を見つめた。


 たぶん本当はテミスの提案通りにミランダさんに相談した方が確実だと、僕も思っている。

 しかし、それでは他の村人達は間に合っても、村長さんは難しいかもしれない……。


 僕の腹は決まった。


 僕は不安げなマリアに微笑むと、テミスに顔を向ける。

「僕達は、このまま教会に向かう。テミスとレアは、ヨアヒムさんと一緒にミランダさんに、その事を伝えて?」

「ええっ?!」

「イヤですっ!」

 テミスは驚いて、レアは拒否した。

「大丈夫だよ? まだ殺されると決まった訳じゃ無いし、いざとなったらマリアの『対の門』を使って逃げ出してくるから?」

 僕は、そう言うとレアの両肩に手を置いて彼女を真っ直ぐ見た。

 もちろん、そんな楽観視できる様な状況で無いのは、理解していたし『対の門』は、そこまで万能じゃない…僕の内心は不安で一杯だ。

 レアは僕を見つめ返すと涙目になって首を横に振った。

 僕はレアの頭を抱き寄せて、そっと彼女の髪を撫でる。

「イヤ……イヤです……。わたくしも連れて行って下さい……。」

 嗚咽混じりの彼女の泣き声を掻き消す様に、馬車は猛スピードで教会へと向かった。


 途中でイアと別れた僕とマリアは、既に後少しの距離となった教会の正門前へと歩いて来ていた。

 門番の人達が警戒しながら門を開ける。

 中庭に入ると、その先にはホボス司教とデモス司祭が建物の入り口の階段の上に立っており、そして後ろ手に縛られて中庭の一角にある絞首台の上に立たされた村長さんと、建物の内壁の周囲には重装備な教会の兵士達がいた。

「伝えられた通りに二人だけで来ました!」

 僕はマリアを片手で抱き寄せるとホボス司教に、そう宣言した。


 ……さあ、裁判でも何でも、しようじゃないですか?

 ……こう見えても理系だから、コミュ障なのに論理的思考の必要なディベート合戦なら得意なんだ。

 ……既に何万パターンという会話のシミュレートは頭の中で済ませている…。

 ……ちょっとや、そっとじゃ言い負かされませんよ?


「約束通り村長様を解放して下さい! そして僕の裁判を始めて貰えませんか?」

 しかし、ホボス司教は冷たい瞳で僕達に言う。

「魔王との約束など守る気は無い。裁判も必要ない。君は今直ぐ滅ぼされるのだから……。」


 ……え?

 ……ディベートしないの?


 ……そんなパターンは予想してないよ?!


 僕の脳内での裁判を妄想したシミュレートは、全て意味が無くなってしまった。


「聖職者が約束事を破るなんて神の道に反するんじゃありませんかっ?!」

 僕は呆れて叫ぶ。

「それがな小僧……どの世代の教典にも嘘を吐いたら駄目だとは書いてないんだわ。」

 デモス司祭が何故か楽しそうに言う。

「……細かな嘘を禁じたら背教者だらけになってしまう……。くも人は嘘を吐く生き物だと言う事だろうな……。」

 ホボス司教が付け加えた。

「個人的には嘘など吐きたくも無いし、吐いた事も無いが、おまえの様な狡猾な魔王を相手にする場合は仕方ないだろう。教典で禁じられていないのなら、この際、嘘を吐ける事も利用させて貰う。」

 ホボス司教は表情一つ変えずに冷たい瞳のままで、そう言った。

「な……何なんですか?! さっきから?! 人の事を魔王だの何だのと?! いい加減にして下さい! デモス司祭の浄化魔法で僕が悪魔でない事は、証明された筈じゃないですかっ?!」

 僕は二人の自分への呼称が、悪魔から魔王になっている事に憤りを感じて怒鳴った。

 笑っていたデモス司祭が真顔になって僕を指差して、こう言った。


「だって、お前。エンダ村でホブゴブリンからマリアの奴を救った時に、自分で大魔王テッシーだと名乗ったそうじゃないか?」


 ……。


「だ、だ、だ、誰が……そ、そんな事を?」


 本当は……僕は、この時点で誰が言ったのか、おおよその見当はついていた。

 でも訊かずには、いられなかった……。


 ホボス司教とデモス司祭は、ジト目になりながら僕を見つつ、ある一点を指で示した。


 その一点とは絞首台の上に立っていたエンダの村の村長さんだった。

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