勅使河原くんと村長さん Ⅱ
「どうして、そういう大事なことを、あの人達に向かって喋っちゃったんですかっ?!」
僕は村長さんを大きな声で怒鳴った。
「仕方なかろうが?! あいつらがテッシー達の事に関して、しつこく尋ねてきたんじゃから!」
村長さんも負けじと大声で返す。
「駄目でしょ?! あんなキチガ……熱心な宗教関係者達に、そんな説明の仕方をしたら?! 自分達の都合の良い様に曲解して話を進めるんだから!」
僕はホボス司教とデモス司祭を指差した。
マリアからは特に何も注意されなかった。
「ホブゴブリン撃退時の説明をするにあたって、テッシーの武勇伝を語らずに、どう説明しろと言うんじゃ?!」
村長さんは大声で僕に質問をしてきた。
「色々と説明のやりようは、あったでしょーがっ?! ……マリアが『対の門』で岩を落とした時点でホブゴブリン達は、びびって逃げ出した……とかっ?!」
僕は牧歌的な思考を持つ村長さんに対案を示した。
「……なるほど。」
妙に落ち着いた声で村長さんは、納得できた様な呟きをした。
「しかし一度は口から出た言葉を今さら違いましたと引っ込めても、意味は無いだろうしのぉ……。」
そう言って村長さんは僕から目を逸らす。
……こ、このクソジジイ、開き直りやがったぞ?
僕は少しだけ後ろを振り返ってマリアを見た。
マリアは僕と目が合うと一筋の冷や汗を垂らして村長さんと同様に僕から目を逸らした。
マリアさえホブゴブリンに当てていれば……。
マリアさえホブゴブリンに当てていれば……。
マリアさえホブゴブリンに当てていれば……。
マリアさえホブゴブリンに当てていれば……。
マリアさえホブゴブリンに当てていれば……。
マリアさえホブゴブリンに当てていれば……。
マリアさえホブゴブリンに当てていれば……。
マリアさえホブゴブリンに当てていれば……。
マリアさえホブゴブリンに当てていれば……。
マリアさえホブゴブリンに当てていれば……。
……よし!
……十回も心の中で唱えたぞ?!
……これでマリアに対する
……もう絶対に彼女を恨まないぞ?!
僕は、そう考えると気を取り直して、ホボス司教とデモス司祭の方へと改めて顔を向け直した。
「ホボス司教、デモス司祭、聞いて下さい! あれはマリアが岩を外したのでホブゴブリン達を騙して追い払う為に仕方なくとった行動なんです! 本当に僕が魔王だと宣言した訳ではありません!」
ホボス司教とデモス司祭は見つめ合った。
「まぁ、そうだろうな……。」
デモス司祭が髪の無い後頭部を片手で摩りながら、そう呟いた。
……あれれ?
……意外と、あっさり納得してくれたぞ?
「村長の証言における重要な部分は実は、そこじゃあ無いんだが……。ま、それは追々話すとするか……。」
……自分達から話を振って来た癖に?
僕は少しイラっとした。
もしかしたら、僕をイラつかせて冷静さを奪うことが、ホボス司祭達の作戦なのかも知れないと思いながら……。
「小僧には他にも聞きたい事がある。」
「……なんですか?」
僕はデモス司祭の言葉に流石に
「実は、ここにいるホボス司教が、最近一回だけ朝の礼拝を怠った事があってな。お前と出会ってからなんだが……何かしたのか?」
……はあ?
「知りませんよ、そんな事は! なんなんですか?! ちゃんと早寝早起きして自己責任で、お願いしますよっ?!」
さっきの大魔王と自白した云々の言い掛かりより酷い言い掛かりに、僕も
「わしなんて、毎度の様に忘れとるわ。」
村長さんは、そう言って笑った。
「まあ、そうだろうな……。実は俺も時々は忘れちまうんだわ。」
デモス司祭も答えて笑った。
怒っているのは僕だけだ。
そう思ったら今のデモス司祭の発言を聞いて、ホボス司教のこめかみがピクピクと動いていた。
「しかし、このホボスは、ここにいる誰よりも信仰心の強い男でな。子供の頃から礼拝を休んだ事なんて余程の事情がない限り一度も無いんだ。」
デモス司祭は真面目な顔に切り替えて話を続ける。
「そればかりか最近は、経典の内容や過去の宗教裁判の判決に関して疑問を感じる事が多くなってしまったらしい。」
僕はデモス司祭が何を伝えたいのか分からなかった。
「つまり、こいつは少しだけ神様が信じられなくなって来ているんだそうな。」
デモス司祭は鉤爪の付いた鋼鉄の手甲を嵌める。
「かくいう俺も自分の信仰心が薄くなっているのを自覚していてな。」
デモス司祭は鉤爪で自身の腕に傷を付けた。
「思えば小僧と初めて会ったエルフの森でミランダ族長とテミスの
デモス司祭の腕の傷口から赤い血が流れる。
「だが今は妙に、すっきりとした気分だ。晴れやかだと言ってもいい。自分の頭の中にあった蜘蛛の巣が、綺麗に取り払われた様な清清しさだ。ホボスも、それには同意見だった。」
デモス司祭は僕を睨む。
「小僧、全ては俺達が、お前に出会ってから起こった事実だ。証拠を示して説明できる感覚では無いがな。」
デモス司祭は腕の傷口に手をかざす。
そして何か呪文を唱えた。
僕には、その声音が不快に感じられた。
腕の傷口は、あっという間に塞がっていく。
「己の信仰心が薄くなったとはいえ、こうして神聖魔法も問題なく使えるし、普通の人々よりは神を強く信じている事に変わりは無い。」
デモス司祭は、かざしていた自分の手甲に覆われた手の平を見つめた。
「だが恐ろしいのは、この感覚が
デモス司祭は再び僕を睨んだ。
……そんな……。
……それが僕のせいだって言うのか?
「それでホボスの奴は、責任を感じて若干ノイローゼ気味だ。」
デモス司祭は肩を竦めて苦笑いした。
「……村長。あなたは、どうなのだ? 何か自分の信仰心が変わったという感覚は無いか?」
今度はホボス司教が口を開いた。
ホボス司教に尋ねられた村長さんは、僕の方を見つめる。
その首には汗が少しだけ流れていた。
「待ってください! 僕は知りません! そんな……そんな力が僕にある訳が無いです!」
……そうだ。
……僕は日本の普通の高校生で……。
……助けられる形で異世界に連れて来られて……。
……使用言語の異なる種族の人達と、少しだけコミュニケーションがとれるチート能力を持ってしまったくらいで……。
……チート?……。
僕は思い出した。
美恵のチート能力のことを……。
一つは動物達と話せる力。
もう一つは動物達を従わせる力。
彼女のチート能力は動物相手の物として一つの様に見えるが、実際は一つじゃない。
……異世界に訪れた人間の持つチート能力が一つだなんて誰が決めたんだ?
誰も決めていない。
僕は愕然とした。
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