勅使河原くんと最後の魔姫 Ⅸ

「…それにしても、どうして昔のままの姿なの?やっぱりチート能力って奴?」

 指で涙を拭いながら、美恵は微笑んで僕に尋ねてきた。

「昔のままの姿なもんだから、最初は魔物が化けているのかな?…って思って警戒しちゃったわよ?」


 …いやいやいやいや。

 …むしろ何で、そっちが、そんなに立派になってるの?

 …主に胸部きょうぶが…。


 呆然としたままの僕に、美恵は質問を続ける。

「…それにしても…どうして、この世界に来ているの?ちゃんと…遺書だって…置かれたあったって聞いていたのに?」

「そ、それは…後で詳しく説明するけど…四年振りって、どういう意味?」

 僕は、ようやく喋る事が出来た。

「…政孝が崖から海に飛び込んでから、四年は経っているって意味よ?」

「え?ごめん…ちょっと聞いていい?今、美恵は何歳なの?」


 美恵が怪訝そうな顔で睨む。

 明らかに…せっかく再会したってのに何その失礼な質問は?女性に年齢を訊く?普通は訊かないわよ?だいたい私たち同い年じゃないのよ?…みたいな事を考えてそうな表情だ。

 美恵は一つだけ溜息をついた。

「…いいわ、特別に教えてあげる。…二十一歳よ。」

「僕、まだ十七歳なんだけど?」

 美恵は僕の言葉を聞いて…えっ?…という表情に変わった。

 続いて横を向いて俯くと眉間を指で挟んで抑えて、もう片方の腕を僕の方に伸ばして手の平を、こちら側へと向けた。

「ちょっと待って?…冷凍睡眠装置にでも入っていたの?」

「そんなもん、この世界にあるわけ無いでしょ?」

 美恵の質問に僕が答える。

 因みに元いた世界にも完璧な冷凍睡眠装置は、存在しないと思う。


 …違う、違う、美恵に会ったら訊きたかった事は他にある。


「どうして僕を振ったの?」


 …それも、ちがーうっ!

 …僕が、まだ美恵の事が好きだって伝えて、彼女の返事が聞きたかったんでしょーがっ?!


 心の中の僕が叫ぶ。

 もう一人の暗い僕が、暴れる心の中の僕を抑えつける。

 そうだ…暗いって…その事も訊かないと…。


「しかも僕の事を、根暗な理系だの何だの言って…。」

「え?あたし、そんなこと言った?」


 …むかっ!


「なんだよ、それ…憶えてないの?」

「…ご、ごめん…なんせ何だかんだ言って四年も前のことだし…ごめんね?」

 美恵は両手を合わせて僕を拝むと、片目を瞑ってみせた。


 …なんだろう?

 …この彼女の軽薄さは?


「僕は…まだ二週間も経ってないよ?海に向かって飛び込んでから…。」

「…う、嘘?」

 美恵は、信じられないといった顔をした。

 僕は、わざとらしく溜息をつく。

「でも四年くらいで自分のした事を忘れちゃうなんて…美恵らしいや。」

 僕は肩を竦めてから彼女を睨む。

「所詮その程度の関係だったって事だよね?」

「ち、違っ…。」

 美恵はオロオロしている。

 僕は、なんか楽しかった。

 そして、憎かった。

 美恵も。

 自分も。


 …そうだ。

 …僕は、こんな事を言いたかった訳じゃ無い。

 …その筈だったのに…。


「最初から振るつもりなら、思わせぶりな態度を長年に渡って積み重ねてきて欲しく無かったな…。デートに誘ってくれたり、バレンタインにチョコレートをくれたりさ。」

「そ、それは…。」

 美恵は俯いて黙り込んでしまった。

「最後に盛大に振るにしては、随分と手の込んだ演出と芝居だったよね?」

「芝居なんかじゃ…。」

 美恵は再び泣きそうな表情になる。

 …なんだろう?

 僕は彼女の、その表情を見て心の底からゾクゾクして来た。


「大体さ、何?人の事を散々と理系のアニメオタクだって馬鹿にしておいて、自分は理工系の大学に留学って?贖罪しょくざいのつもり?それとも死んだ後でも嫌がらせがしたかったの?」

「…そんな…。」

「まあ美恵にとって、理系は根暗らしいから?陰湿な手口が大好きな君には御似合いだったのかもね?」

「…ふ…。」

 …ふ?

「ようこそ、僕達の世界へ!って感じかな?根暗な美恵さん?」


 ぶちん!


 何かがキレる様な音が、美恵から聞こえてきた気がした。


「ふっざけるんじゃっ!無いわよっ!」


 美恵は僕に詰め寄ると怒鳴りつけて来た。


「あんたが崖から飛び降りた日から、あたしが、どれだけ泣いたと思ってんのよっ?!」

 泣きながら美恵は、僕の胸倉むなぐらを両手で掴み掛かってきた。

「大体あの告白の仕方は何よっ?!何で学校の校舎裏みたいな目立つ場所に呼び出して告白して来るのよ?!漫画やライトノベルの読み過ぎなのよっ!あんたはっ!」

「校舎裏に呼び出した事と僕が振られる事に何の関係があるんだよっ?!」

「友達が隠れて見ていた目の前で素直にハイだなんて言える訳ないじゃないっ?!あたしの性格は知っているでしょう?!」

 …え?

「…校舎裏で告白された時は嬉しかった…。でも、あんたに返事をしようと顔を上げたら友達が、こっそり後をつけて来ていたのが見えて…。急に恥ずかしくなって…。」

 …隠れられていたら…友達が覗いていたなんて僕に分かる筈が…。

「どうして?ねぇ?どうして二人だけの時に告白してくれなかったの?あたしの家の部屋に遊びに来てくれた事だって、二人で遊園地の観覧車に乗っていた事だってあったじゃない…?その時に告白していてくれれば、あたしだって…。」

 …そんな?

「…あんたの…そういうデリカシーに欠けている所…昔から大っ嫌いっ!」

 美恵は僕の服の襟を掴む手に力を込めると睨んできた。

「昔から、そう…初めてバレンタインデーにチョコレートをあげた時も、あたしが言ってもいないのに…義理だよね?ありがとう…とか勝手に決め付けたり…。」

 …ええっ?!

 …何年も前の話だから覚えていない…。

「あんたに告白された直後だって…自分から振っちゃったって友達の前で泣いて、友達だって済まなさそうに慰めてくれて…後で電話で、しっかり謝ろうって決めていたのに…。」

「…。」

「おじさんと、おばさんから…行方不明だって聞かされて…遺書が見つかったって聞いて…死んでしまいたくなる程に後悔して…。」

 美恵は泣き続けていた。

「友達も…本当に申し訳なさそうにして…でも留学する直前まで友達でいてくれて…優しく慰めてくれていて…。」

 …。

「あんたが死んでから抜け殻みたいになって…何をしても楽しくなくって…友達以外の周りからも孤立して…つらくて辛くて勉強にしか逃げ込める場所が無かったのよ…。」

 …美恵…。

「それで気が付いたら視力まで落ちて…あんたと同じコミュ障になって…理系しか進路が無くなったのよっ!悪いのっ?!」

 …悪くありません。

 …僕は、そこまでコミュ障じゃない積もりだけど…。

 …あと理系の人達に謝って?


 …えーと?

「ごめん…気が付かなくて…本当に…ごめん。」

 僕は、そう言って彼女の頬を撫でた。

 美恵は僕にしがみ付いてくる。

「なんで?ねぇ、なんで?あたしに振られたくらいで崖から飛び降りなくたって…いいじゃない…?」

「…ごめん…。」

 僕には、もう謝る他は無かった。

 僕は、ゆっくりと美恵の背中をさする。

「生きて…生きていてくれて…本当に良かった…。もう躊躇ためらわない…政孝…大好き…。」

 僕達は互いに両想いだった事を異世界で確認した。


 しおらしく僕の左腕に、しがみついて寄り添う美恵と一緒に僕は、みんなの所に戻った。

 ふと顔を上げるとマリアと目が合った。

 彼女は怒っている表情を顔に現していた。

 僕は、みんなとの約束を思い出した。

 …いや、決して都合良く忘れていたわけじゃないけれど…。


 マリアは僕達に近づいてくる。

「あ、あのね…マリア…。」

 マリアは僕の言葉に耳を貸そうともせずに僕の右腕にしがみ付いてきた。

 そして思いっきり引っ張ってくる。

 反動で美恵が、よろめいた。

 美恵がマリアを無表情で見つめる。

 そして今度は、美恵が無言で僕の左腕を引っ張り返した。

 マリアは微動だにせずに僕の右腕にしがみつき続ける。


 美恵がマリアを見る。

 …おいおい何すんだよ?これは、あたしんだよ?…と訴えている様な目をしていた。

 マリアが美恵を見返す。

 …うるさい、だまれ。後から、しゃしゃり出て来んな?…と訴えている様な目をしていた。


 僕はマリアを見る。

 背後に虎が見えた様な気がした。

 今度は美恵を見る。

 背後に龍が見えた様な気がした。

 …と思ったらペイルが立っていた。


 開始のゴングが鳴ったわけでも無いのに、二人が僕の腕を思い切り引っ張り出した。

「いだだだだだだだだだだだっ!ギブ!ギブ!ギブ!」

 僕は両腕から引き裂かれる様な痛みに耐えかねて思いっきり叫んだ。


 様子を見ていたレアと戻ってきたイアが、互いに見詰め合って頷く。

 彼女達は僕に向かって走ってきた。


 …ああ、助けが来てくれた…。

 僕は、そう思った。


 ところがレアは僕の右足を、イアは左足を持ち上げてくる。

 そして引っ張られた。


「痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!」

 僕は悲鳴をあげた。


 …ああ、こんな処刑方法が西部劇の映画や何かのホラーゲームであったなぁ…。

 僕は痛みの中で、そんな事を想い出していた。

 …それにしても左足が一番に抜けそうなくらいに痛い。

 …流石ドワーフ、力が半端無い。

 僕は股関節こかんせつ脱臼だっきゅうしそうな程の痛みを感じていた。


「竜神様…これは、どうすれば?」

「うーん…。」

 シュリテ国王が僕達の様子を見て竜神様に尋ねる。

 竜神様は、その疑問に答える。

「彼が痛がるのを見て可愛そうに思って最初に手を離した奴がまことの恋人ってのは、どうだ?」


 …アホかあぁーっ?!


 でも何故か、みんな一斉に手を離した。

「…流石ですな、竜神様。」

 シュリテ国王は感心していた。

「しかし誰が最初に離したのか判らないのでは、決着のつけようが無いな。」

 竜神様は苦笑いをした。


 …もう好きにして…。


 僕は痛みを引きずりながら四肢を伸ばし地面に仰向けになって、空を流れてゆく自由な雲をうらやましく感じて眺めていた。

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