勅使河原くんと最後の魔姫 Ⅷ
「マリア!白をペイルの口の前に!黒を上空で上向きに出して!直径は最大で!」
僕はマリアに、そう指示を出す。
そして『対の門』が現れたと同時に、ペイルがブレスを放った。
青白い光が白い円に吸い込まれる様に消えると、空中で別の場所に浮かぶ黒い円から上空に向けて
ペイルは何が起きたのか分からずに戸惑っている。
「今のうちに何とかして下さい!」
僕は竜神様に御願いをした。
「そうは言っても、この少年へと
「じゃあ今すぐ元のドラゴンの姿に戻って下さいよ?!」
竜神様のぼんやりとした答えに大して、僕は
「…いいのか?」
「えっ?」
竜神様は、ゆっくりと僕の方を向いて尋ねた。
「俺が今ここで元のドラゴンの姿に戻ると、このアウロペが、ぺしゃんこに潰れる事になるが?ペイルが暴れるより被害が大きくなるぞ?」
「…はい?」
「そういう大きさなんだよ。本来の俺は…。」
…どんだけデカいんだよ?
「何しに降りてきたんですか?!貴方は?!」
「…初対面なのに不躾な奴だな。自分の用事のついでに頼まれたからだよ。」
竜神様は口を尖らせて答える。
「頼まれたって…誰に?」
竜神様はメイドの女の子が走って行った方向を指差した。
「ローズ!御願い!力を貸して!」
リッキーさんは、そう言うと赤い竜の首の上に
ローズは頷くと彼女を乗せたまま羽ばたいて上空へと飛ぶ。
「リッキーさん!危険だ!」
「大丈夫!必ずペイルを説得して見せるから!お願い!時間を稼いでおいて?!」
僕の警告も
…時間を稼げって言われても…。
僕はマリアを見る。
彼女は必死にダンスを踊っていた。
ペイルは白い円から逃れようと必死にブレスを吐き続けながら首を上下左右に振っている。
マリアは汗だくになりながらも両手を挙げて右手を上下左右に振りつつ、白い円がペイルの口の前から離れないように移動させていた。
「よっ!ほっ!はっ!」
そう言いながらマリアは、必死に身体を動かしている。
でも頑張る彼女を、またしても見守る事しか出来ない自分が、僕は
「ペイルお願い!関係の無い人々まで傷つけてしまうわ?!もう、やめて!」
ローズに乗ったままリッキーさんが、ペイルを説得する。
しかしペイルは必死で首を振っているので聞こえない様子だ。
ペイルが上空で暴れているのでローズも迂闊に近付けないでいる。
ローズが咆哮をあげた。
「…もうやめて、お兄ちゃん!…と言っているな。」
何故かキモいくらいに情感をたっぷり乗せて、竜神様が翻訳してくれた。
ペイルが近くのローズに気が付いて、そちらを向いて咆哮をあげた。
「…うるさい!元はといえば、お前がフラフラあっちこっちへ勝手に遊びに出掛けたせいだろうがっ!…と言っているな。」
竜神様は演技が上手かった。
ローズに怒る事によって逆にクールダウンして多少の冷静さを取り戻したのか、ペイルは僕らのいる地面を観察する様に見下ろした。
マリアの目がペイルの目と合った。
ペイルは挙げられていたマリアの両手を凝視する。
ペイルはマリアの左手が示す方を見た。
黒い円が見えたらしい。
続いてマリアの右手が指し示す方向を見た。
自分の口元の白い円に続いていると理解した。
怒りの咆哮をあげてペイルが、マリアに突進して来た。
「ひっ?!イヤッ!」
マリアは悲鳴をあげて両手で頭の後ろを抑えて、しゃがんでしまった。
ブレスが使えないと悟ったペイルは、前足の爪でマリアを切り裂こうとする。
「マリア!」
僕はマリアとペイルの間に立ちはだかった。
「マーくん?!」
すかさずレアがペイルを赤い左目で睨む。
ペイルの羽根は瞬時に一部が凍結してしまい、彼は墜落してしまった。
落下する勢いのままドラゴンの巨大な爪が、手を拡げてマリアを庇う僕の胸を切り裂こうとする。
しかし切り裂かれたのは服だけで、僕自身は奇跡的に無事だった。
上半身が裸に近い状態で両手を横に拡げてマリアの前に立つ僕に対して、ペイルは立ち上がって再び爪を振るおうとした…その時だった。
「やめなさい!ペイル!」
先ほどとは、まるで違う…凛とした静止の言葉が、リッキーさんから発せられた。
ローズは既に地上へと降りていて、リッキーさんもローズの首から地面へと降り立った。
「いくら貴方でも、その人を傷付けたら…絶対に許さない…。」
リッキーさんのペイルを睨む両目は、金色に輝いていた。
ペイルは暫くリッキーさんを睨むように首を伸ばしていたが、やがて気圧される様に頭を下げた。
その頭を撫でながらリッキーさんは、ペイルに語り掛ける。
「ごめんね…ペイル…力で言う事を聞かせるなんて…酷い事をするつもりは無かったのに…。」
リッキーさんは、そう言うとペイルの頭を両腕で、しっかりと抱いた。
その瞳に金色の光は、もう宿っていない。
ペイルは、ゆっくりと落ち着いて座った。
その顔が温もりを感じている表情に見えたのは、僕の気のせいだったのだろうか?
リッキーさんは、ゆっくりと顔を僕に向ける。
その視線は僕の左腕を見ていた。
彼女は静かに僕に近づいてくる。
そして僕の左腕に触れると優しく持ち上げた。
彼女の指先が僕の左上腕を撫でる。
そこは、あの幼い頃に太い釘で怪我をした時の傷跡が残っている場所だった。
「本当に…本物の政孝だったなんて…。」
リッキーさんは泣いていた。
彼女は、ゆっくりと一歩だけ後ずさる。
そして髪をポニーテールに結んでいた紐を解いた。
左右に頭が振られると見覚えのあるロングのストレートヘアが現れる。
黒縁眼鏡が、ゆっくりと両手で外された。
太いフレームに隠れて見えなかったけど、彼女の目尻の下には泣き
本物の涙が黒子を伝って流れ落ちる。
「久しぶり…四年振りくらいかな?」
そう言って、彼女は笑った。
「…美恵?」
僕は呆然として呟いた。
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