勅使河原くんと最後の魔姫 Ⅴ
「なるほどなぁ…。そんな事に巻き込まれていたのか…。」
イアが腕を組んで僕を見た。
「…マリアちゃん…残念でしたね。」
レアがマリアに哀しそうな表情で伝える。
「あ、ううん…。確かに、がっかりはしたけれど、まだ完全に両親に会えなくなったって決まった訳じゃ無いから…。」
マリアは両手を前に出して振りながら、逆に哀しむレアを慰める様に言った。
「それで、どうするんだ?このまま脱走するのか?」
「いや、脱走すると返って重罪になるらしいから戻るよ。」
イアの質問に僕は答える。
「あ!戻るまでに、やりたい事があるんだけど…いいかな?」
リッキーさんが、そんな事を僕達に御願いしてきた。
「…いいですよ?僕も、この二人に少し相談したい事がありますから…。」
「ありがと!ちゃっちゃっと済ませるからね!」
そう答えるとリッキーさんは、宿屋の部屋の窓際へと近付いて先程の
驚いた事に直ぐに一匹の鼠が、彼女の元へとやって来た。
「ありがとう、貴方達のネットワークを使って調べて欲しい事があるのよ。」
彼女は鼠に、そう切り出した。
「リッキーさん、何を鼠さんと話しているんですか?」
マリアが僕に尋ねるという事は、リッキーさんは日本語で鼠に話し掛けているのだろう。
動物達との会話に必ずしも公用語である必要は、無いのかも知れない。
マリアとレアはリッキーさんと鼠の会話を興味深そうに見ている。
イアは鼠が現れた瞬間に窓から遠ざかった。
どうやら彼女は鼠が苦手な様子だ。
リッキーさんは鼠への指示を伝える。
「ガルスの屋敷で飼われているペイルが、どうして大人しくしているのか知りたいの…。何か分かったら今晩は牢屋に、明日は裁判所にいるから教えて?」
鼠は軽く鳴くと去って行った。
次にリッキーさんは猫の鳴き真似を始める。
窓から遠ざかるのをやめて、こちらに来たイアに、僕は話し掛ける。
「明日の裁判所の傍聴席にレアと一緒に来て貰える?」
「結構、混みそうだけど…何とかしてみせるよ。」
「助かるよ…。それでゴーレム達を何が起きてもいい様に近くに隠して待機させておいて貰える?」
「分かった。」
そんな会話を済ませた直後にリッキーさんの元へと野良猫が一匹やって来た。
「ナメクロがいたら、大体の事情は知っていると思うから彼女に…貴女の言う通りだったわ、ごめんなさい…って伝えて?それで…助けて欲しい…とも伝えてくれる?」
リッキーさんが、そう言うと野良猫も一回だけ鳴くと去って行った。
「ナメクロの言っていた通りって、どういう事ですか?」
「…ガルスを訴えるならペイルが何故逆らわないのか調べて確実に証拠として固めてからの方がいい…って言われてたのよ。でも、あたしが我慢できなくて言う通りにしなかったから、こんな事に…。」
リッキーさんは少し気落ちした様子で僕の質問に答えてくれた。
しかし気を取り直すと笑顔で僕とマリアに語りかける。
「じゃあ、やれる事は終わったから…牢屋に戻りましょうか?」
「そうですね…。それじゃレア、それにイア、申し訳ないけど宜しく頼んだよ?」
僕は二人に御願いをした。
「はい、お気を付けて…。」
「ああ、任せろ。それじゃ明日、裁判所で会おうな。」
マリアも二人に手を振りながら伝える。
「それじゃレアちゃん、イアちゃん、お休みなさい。」
そして僕とマリアとリッキーさんの三人は、出したままの『対の門』を通って牢屋の中へと戻った。
翌日。
僕ら三人は、裁判所の被告人の為の囲いの中に仲良く横並びに立っている。
向かいの原告人の場所にはガルスという人物がいて、その後ろにペイルがいた。
僕達の側には、それぞれ数名の兵士がいて直立不動で待機している。
ユピテル国の首都アウロペでの裁判は、弁護人や検察といった立場の人達がいないらしい。
裁判というよりは時代劇の、お
ガルスは
年は四十くらい。
小太りで、顎が見えず、頬は
悪代官に小判を
なるべくなら、あまり凝視したくない人だ。
反対にペイルは、いつまでも見ていたいと思える程に美しくて格好いい青い翼竜だった。
後ろ足だけで直立しているスラリとした胴体。
今は畳まれている
眉毛の無いキリッとした目。
前足は腕の様に持ち上げられて、その指先の爪は引き裂けない物はないかの様に大きく鋭かった。
全身を覆う鱗は白に寄った青さで、澄み切った青空を連想させる。
身長は僕の三倍あるかないかと言った所だろうか?
「本当に綺麗なドラゴンですね…。」
「でしょ?でしょ?」
僕とマリアは初めて見るドラゴンに溜息を漏らし続けている。
そんな僕らにリッキーさんは、我が事の様に自慢気だった。
そして入り口から裁判官の席に向かう様に人が現れた。
年齢はガルスよりも若干、年上に見えるから五十前後といった所だろうか?
体型も太っているでも無く痩せている訳でも無い。
しかし威厳と気品に満ちあふれている上品な初老の紳士然とした人物だった。
「シュリテ陛下よ。」
リッキーさんが僕に教えくれた。
座っていた傍聴席の人々も起立して、お辞儀をする。
僕達も、お辞儀をした。
シュリテ国王が片手を挙げると、傍聴席の人々は頭を上げて着席し直す。
その中にはレアとイアの姿も見えた。
僕は二人に目配せをすると、向こうも返してくれた。
シュリテ国王は直接には席へと向かわずに、一旦はペイルの側へと寄った。
少年の様な顔付きになりながらガルスの話を聞いている様子だ。
僕は何かあった時の為に今の内に裁判所の中を確認しようと周囲を見回す。
すると傍聴席の中に変わった格好の人達を見つけた。
一人はメイドの格好をした女性。
もう一人はマントを羽織った少年だった。
女性は変わった髪型をしていた。
まるで猫耳の様に黒髪が、左右に盛り上がっているカジュアルボブなヘアスタイルをしている。
…あの猫耳の様に見える髪は、寝癖か何かだろうか?
メイドさんは僕と目が合うと笑顔で手を振ってきた。
釣られて僕も笑顔で手を振り返す。
「…お知り合いの方ですか?」
マリアが僕に尋ねてきた。
心なしか怒っている様な声に聞こえる。
「いや?全然、知らない人…。」
何故かマリアに僕は、お尻をつねられた。
…なんか、あのメイドさんの笑顔に見覚えがある様な気がしたんだけど…。
僕は記憶を辿ってみたけれど、まるで思い出せなかった。
少年の方はナプトラよりも色は薄いけど褐色の肌をしている。
髪は黒くて短かった。
マントを羽織っていて良く分からなかったので見間違いかと思ったけど、左腕を肩口から失っている様だ。
優しそうな表情をしているけれど同時に畏怖を感じさせる様な鋭い目をしている。
メイドさんの御主人様か何かだろうか?
やがてシュリテ国王は裁判官の席に着いた。
隣に何人かの、お付きの人達も着席する。
おそらくシュリテ国王の要求に合わせて必要な資料を渡したり、裁判の記録を書いたりする人達だろう。
そしてシュリテ国王が木槌を手にする。
カンカンという音が響いて異世界での裁判が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます