勅使河原くんと最後の魔姫 Ⅳ
…どうして、こうなった?
僕は牢屋の中で途方に暮れていた。
特にボディチェックも無く縄も外され荷物も持たされたままで、僕達は牢屋に入れられた。
逃走を防ぐ為だけの
明日にはユピテル国王シュリテ陛下御自身で裁判官を務める裁判が開かれる。
国王自ら裁判を開くのは首都アウロペで起きた大きな事件の時は、よくある事なのだそうな。
いったい名誉毀損の何処が大きな事件なのか?
その理由はリッキーさんの口から語られる事になった。
「まず先に、あたしがガルスの奴を訴えちゃったのよ…。」
「それは、また…どうしてですか?」
彼女の告白に僕は尋ねる。
「ガルスは首都アウロベに拠点を置く大商人で…最近まで、そいつの隊商で馬の世話をしながら御者の仕事をしていたのよ。」
…ふんふん。
「旅の帰りで少しだけ腹を空かせたドラゴンに襲われてね。」
…ん?
「名前をペイルって言うんだけど…これが案外、話が分かる奴でさ。」
…んん?
「彼は賢くてね。人を襲うと特別な危険対象として即時に討伐されるって理解していたから、馬の方を襲って食べようとしたらしいのね?」
…んんん?
「でも馬を食べられちゃったら、あたし達が帰れなくなっちゃうし…。馬達が…食べられたくないよー…って悲鳴をあげていたから、同行していたガルスの許可を貰って運んでいた干し肉を差し出したのよ。」
…んんんん?
「それで、すっかり仲良くなっちゃったんだけど…。」
僕は再び可哀想な人を見る目でリッキーさんの事を見てしまった。
「…言っとくけど、本当の話だからね?」
リッキーさんは僕を軽く睨むと、そう言った。
マリアを見ると真剣な表情でリッキーさんの話を聞いている。
どうやら、この世界では可能性の一つとしてドラゴンに襲われる事も有り得るらしい。
「普段は餌の豊富な縄張りからは、出て来ないらしいんだけど…外出したまま帰って来ない妹を探している途中で、お腹が空いちゃったらしくて…。」
「食事だ。」
リッキーさんの話の途中で見張りの兵士が夕食を運んで来てくれた。
そう言えば僕らも腹が減っていた。
「話をするのはいいが、周りの迷惑も考えてくれよ?あと脱け出そうなんて思うなよ?今は単なる被告人だが脱走したら重罪の犯罪者だからな?」
「ありがとうございます。」
僕は夕飯を乗せたトレーを受け取ると、みんなに回した。
「トレーは次に来た時…朝食の時にでも回収するから、牢屋の隅にでも置いといてくれ。じゃあな…。」
そう言うと兵士は、牢屋から離れて通路を戻り扉を閉めると鍵を掛けた。
…という事は朝まで来ないのか…。
…騙して、こっそり見回りに来たりしないかな?
…でも何だかユルユルな見張りだし、そんな
僕はトレーに視線を落とす。
美味しそうなパンとスープと肉料理に野菜の付け合わせ…そして金属製のフォークとスプーン…。
脱走に利用してくれと言わんばかりだ。
相手が女子供だから油断しているのだろうか?
それとも脱走されない…
…とはいえ、どうやったら脱走出来るかなんて、僕には思いつきもしないけどね…。
…フォークなんかは、自決みたいに脱走以外の用途に使われる可能性だってあると思うんだけど…。
僕は考えるのを止めて、食事をしながらリッキーさんの話の続きを聞いた。
「その日の内に妹のローズも見つかってペイルは、あたしに御礼を言いながら縄張りに帰って行ったんだけど…ある日を境にしてガルスの屋敷でペイルが飼われだしたのよ。」
「誇り高いドラゴンが、人間に飼われているんですか?」
マリアが不思議そうに尋ねた。
どうやら流石に聞いた事が無いらしい。
「不思議でしょう?まあ、それ自体はペイルが決めた事なら…あたしが、とやかく言う権利は無いんだけどさ…。」
リッキーさんは訝しがる様な表情を見せた。
「でもペイルの身体に新しい傷が、沢山できているのを見つけたの…。本人に尋ねても…何でも無い…の一点張りで教えてくれないから、ある日こっそりとペイル専用の飼育小屋を覗いてみたら…。」
「覗いてみたら?」
僕は続きを促す。
「ペイルを鋼鉄製の鞭で、しばいているガルスを見掛けたのよ…。」
「ありえません?!殺されてしまいますよ?」
マリアは驚いていた。
「あたしも、そう思うけど…ペイルは何故か無抵抗のままなのよね…。」
リッキーさんは腕を組んで考え込んだ。
「何か理由があるんじゃないですか?薬や魔法で強制的に従属させられている、とか?」
僕は思い付いた事を話してみた。
「…やっぱり、そう思う?でも何も出なかったらしいのよね…。」
「既に調べられたんですか?」
マリアがリッキーさんの答えに確認を取る様に尋ねた。
「あたしは我慢できなくて動物虐待の罪でガルスを告発しちゃったのよ…。そして兵士達の監視の元で国の魔術師や医師がペイルを調べてくれたんだけど…何も出なかったわ。」
リッキーさんは肩を竦める。
「見つかった鞭とペイルの傷が証拠になったから、ガルスは厳重注意処分にはなったけど、それだけ…。ペイルが痛がったり逆らったりしないからガルスの主張通りに、いき過ぎた躾だったって事で落着してしまったわ。」
リッキーさんは牢屋の天井を見つめる。
「あたしはガルスに解雇されたけど、まあ貯蓄してたから暫くは大丈夫だし、ガルスの圧力で勤め先がアウロペで見つからなければ街を出るつもりだったけど…。」
リッキーさんは僕達を見る。
「ごめんね。巻き込んじゃって…。」
彼女は済まなそうな顔をして詫びてくれた。
「ただの名誉毀損では無くて、人間がドラゴンを飼いながら虐待している可能性がある事件だから
「そうね…。後はシュリテ国王が単純にドラゴンを見たいって理由もあるのかもしれないわ。」
…えーと?
「でも王様は戴冠してから竜神に会っているんですよね?」
「そうなんだけど…竜神様って普段は翼の生えた人間の姿をしているらしいわ。」
…なるほど、ちゃんとしたドラゴンの姿を見た事が無いと言うなら、見たいと思う気持ちには激しく同感できる…。
…僕も見たいから!
「でもペイルは裁判所に来るんですか?」
「証人と言うか証拠だから連れて来られる筈よ?安全はガルスが保証しているらしいし、建物の大きさ的にも問題は無いわ…。」
僕は不謹慎ながらも明日になればドラゴンを生で見られる事が楽しみになってしまった。
しばらくして…僕が食後の休憩で、ゆっくりしていると、リッキーさんが牢屋の鉄格子の側で何やらチューチューと鼠の鳴き真似をしていた。
「来ないわね…。この近くには、いないのかしら?」
彼女は、そう呟いていた。
何か彼女なりの考えがあってしている事だろう。
僕は生暖かい目で見守る事にした。
「食後のデザートに果物が欲しいね?」
同じく食べ終わっているマリアに尋ねた。
彼女は口に手を当ててクスクスと笑う。
「牢屋の中なのに贅沢ですね?」
配られた食事は質素だけれど十分な物だったから、マリアの言う事も分かる。
「でも今頃は宿屋で、もっと美味しい夕食を堪能していたかと思うとね…。」
「レアちゃんとイアちゃんが、心配しているでしょうしね…。」
…そうだよなあ…。
…なんとか連絡が取れないものだろうか?
「…マリア、水晶玉は持ってる?」
「?…はい。荷物は取り上げられませんでしたから、あると思います。」
彼女は荷物の側へと行くと中から青果店で買った果物と、小さな座布団に乗せた水晶玉を持って来た。
「なになに?何が始まるの?」
リッキーさんも鉄格子から離れて、こちらに近付いてくる。
僕はマリアから果物を受け取ると、手で皮を剥いて食べつつ彼女に御願いをした。
「じゃあマリア…僕達がどんな部屋に泊まる予定だったのか占ってみてよ?」
「…難しそうですけど、やってみますね?」
僕の願いに、彼女は答えてくれた。
マリアは両手を水晶玉にかざして瞼を閉じると何事かを口ずさむ。
リッキーさんも果物を食べつつ目を輝かせて、ワクワクした様子でマリアと水晶玉を眺めていた。
やがて水晶玉に灯りの点いた部屋が映る。
そして、そこにはレアとイアがいた。
「よし!マリア、水晶玉の中の部屋に黒を、この牢屋に白を出して?一番大きな奴で…。」
マリアは『対の門』を出した。
牢屋に現れた白い円から声が聞こえる。
「それにしても、何処行っちまったんだ?テシとマリアは?」
イアの声だ。
「マリアちゃんの御両親に会えて引き留められているのかも知れませんわ…。」
続いてレアの声が聞こえてきた。
「もう一度だけ広場に行ってみて、いなかったら捜索願いでも出そうか?」
「…明日の朝までに戻らなかったら、取り敢えず役所の人に二人が来なかったか尋ねてみましょう。」
そんな二人の会話が聞こえて来る。
「ごめんね二人とも心配かけて…。」
僕は黒い円から上半身を出して二人に謝罪した。
「うわわわわわっ!」
「…あらまあ?」
後ろから突然声がしたので振り向いたイアは驚いていた。
レアは床に置かれた黒い円から出て来る僕を見ながら口に手を当てている。
「テシ…驚かせるなよ…。いったい何があったんだ?」
「そちらの方は
レアが僕とマリアに続いて黒い円から這い出して来たリッキーさんを見て尋ねてきた。
「話せば長くなるんだけど…実はね…。」
僕はレアとイアに今までの
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