勅使河原くんと三人目の魔姫 Ⅸ

 緊急対策会議が開かれた。

 場所は周りに人が沢山いる観客席。

 ヨアヒムさんが場所取りをしてくれた芝生だ。

 僕達四人は、そこに戻ってきて昼飯の続きを食べながら対デューン用の作戦を練っていた。

 イアは次の対戦まで時間が出来たので、昼飯にがっついている。

「はい!イア選手!」

「はにはへ?ヘミフふん。」

 テミスが挙手をして、イアが食べながら発言を促す。

 …なにかね?テミスくん、と言いたいんだろうな。

「勝てないと思います!」

「ふぁっふぁ!」

 …却下だな。

 イアは飲み物を含んで口の中にある食べ物を、ごっくんするとテミスに向かって言った。

「勝つ為の相談をしているのに、いきなり勝てないなんて事を言うなよ!」

「でもさぁ…。」

 テミスは苦笑いしながらヨアヒムさんの方を見る。

「実際、難敵過ぎる。物理攻撃の効かないスライム相手に、火系魔法も火のついた松明たいまつと油も持たずに立ち向かう様なものだ。」

 ヨアヒムさんが答えた。

「相手が砂ですから、スライムと違って炎は効きそうに無いですしね…。」

 レアがヨアヒムさんに同意する。

「やっぱりコアを直接破壊するしか無さそうですよね…。」

 僕が倒し方を一つ提案する。

「でも具体的には、どうするんですか?あの分厚い砂の鎧の中にあるコアに直接ダメージを与える方法なんて…。」

 マリアが補足してくれた。

 もちろん僕も、その問題には気付いているし、マリアも僕が気付いていないと思って発言したわけじゃないだろう。

 僕らがデューンのコアに攻撃を通す方法を考えていると…。

「ありますよ?コアに攻撃する方法。」

 イアの後ろから声がした。

「ダイモ!?」

 イアは振り返って彼女の弟の名前を呼ぶ。

 その隙にダイモは、イアの持っていた弁当箱に、さっと手を入れて持ったものを口に運んだ。

「あーっ!オレの唐揚げっ?!」

 大人気おとなげなくダイモに摑みかかろうとするイアを羽交い締めにして抑えながら、僕は尋ねる。

「本当かい?」

 ダイモは口の中の唐揚げを美味しそうに頬張りながら、静かに頷いてから、ごっくんする。

 イアの表情が絶望に満ちた。

「教えろよ?その方法とやらを…。」

 涙目で睨みながらイアは、ダイモに尋ねた。

「必要ないよ。仮にナプトラさんが勝ち上がって来たとしても、ねーちゃんの前に僕が倒しちゃうから…。」

 ダイモは恨みのこもった姉の視線を気にも留めないでニコニコしながら、そう言った。

 イアは第一ブロックで、ダイモとナプトラは第二ブロックだ。

 確かに双方が決勝戦に出場でもしない限りイアのレギオンとナプトラのデューンが、闘う事は無い。

「ねーちゃんはデューン対策よりも、次の対戦相手や僕のカラテとの試合の対策を相談した方が、いいと思うよ?」

 …空手?

 …ああ…カラテって名前のゴーレムなんだ。

 …凄い偶然だな…。

「なにをー?ナマイキなー?」

 イアはダイモを睨みつつも笑みを浮かべて嬉しそうだった。

「じゃあね?これから試合なんだ。良かったら応援してよ?唐揚げ、ご馳走様!」

 そう言いながら手を振りつつ、ダイモは去って行った。

「この野郎!唐揚げの恨みは怖いんだぞ?!もし対戦する事になったら、ぎったんぎったんにしてやるからな!おぼえてろっ!」

 去って行くダイモを相手にイアは、ニコニコしながら、そう叫んでいた。

「…ダイモ君の言う事にも一理あるかもなぁ…。」

「なにが?」

 僕の呟きに、イアが尋ねる。

「先の対戦相手より目の前の敵を油断せずに一つずつ確実に倒していく事が重要って事さ。」

「…なるほど。」

 イアは腕組みする。

「でもナプトラについては、先に考えなきゃならない事がある。」

「それは、何?」

 イアの言葉を不思議に思って、僕は彼女に尋ねた。

「奴のゴーレムが登場する時の方が、オレのレギオンよりも格好良かった…。もっと格好のいい登場の仕方を考えないと…。」

 場の空気が静かになった。

「と、取り敢えず次はダイモくん、その次は勝ち上がって来た方がイアくんの対戦相手になる試合だから、しっかり観ようか?」

「おう!」

 ヨアヒムさんの提案にイアが答えて、みんなも頷いた。

「頑張ってダイモくんを応援しようねっ?!」

 マリアが元気よく両手の拳を握って両脇を締めて言った。

「違う!ダイモを偵察して研究するんだ!」

 イアが腕を組んだままで口をへの字にして答えた。

 …いや、こんな目立つ芝生席から偵察も何も無いと思うけど…。

 僕は苦笑いしながらイアを見た後で試合場に目を向けた。


 ダイモのカラテも、かなり強力なゴーレムだった。

 …名前がカラテなのに中国拳法みたいな動きもするんだけどね。

 しかし、そこから繰り出される攻撃の強さは、確かな威力だった。

 相手のゴーレムは衝撃で各部を破壊され、ゴーレム使いが降参して負けを認める試合が殆どだった。

 イアも弟の試合を観て段々と真剣な顔付きになっている。


 イアも順当に勝ち上がっていって、とうとう第一ブロックを制して決勝戦に駒を進めていた。


 そして、当然の如くデューンも勝ち進んでいた。


 第二ブロックでは、これからダイモのカラテとナプトラのデューンによる準決勝が行われる。

 勝者がイアのレギオンと決勝戦を闘う事になる。

 僕達は緊張しながら試合開始の合図を待っていた。


「ここに居たのか。」

 そんな僕らに近づいて来る人がいた。

「兄貴…。」

 イアが振り返って確認する。

 近づいて来たのは、第一王子のボルテさんだった。

「仕事はいいのか?」

「ああ、部下に任せて来た。弟と妹が出ているんだし、しっかりと観戦したいと我儘を言ってね。」

 イアの質問にボルテさんが笑顔で答える。

「せっかくオレが出られる様になったんだから、来年は参加してくれよ?兄貴のゴーレムと闘ってみたいからさ。」

「お前が優勝したら考えてやるよ。」

 ボルテさんが試合場に立つカラテとデューンを見る。

 次にデューンの側にいたナプトラを見たボルテさんは、なぜか眉間みけんしわを寄せていた。

「どうかしましたか?」

「ん?ああ、いや…少し気になる事があってね…。」

 僕の質問にボルテさんは、そう答えた。


 その時。

 デューンの後ろで試合場の外にいたナプトラが、初めてフードを脱いだ。

「…女?!」

 その姿を確認してイアと同時に僕らも驚いた。

「あの姿…やはり熱砂ねっさ呪術師じゅじゅつし…。まさか彼女は…?」

 ボルテさんだけが予想出来ていたかの様に呟く。

 ナプトラは褐色の肌に黒い革のボンテージの様なベストと短パンを着て、おヘソが丸出しな過激なスタイルだった。

 ベストの前を閉じる為のファスナーは、少し開いていて大きな胸の深い谷間が、くっきりと出来ている。

 背丈はマリアより低く、イアよりは高い。

 ロリ巨乳だった。

 後ろで一本の三つ編みにしてある白くて長い髪をなびかせながら、ナプトラは叫んだ。

「貴様の兄は、どうした?!」

 ナプトラは紫色の瞳でダイモを睨みながら尋ねてきた。

「にーちゃんは、今年は出場していない!」

 ナプトラは、その言葉を聞いて黄土色おうどいろの革製の指ぬきグローブをはめた両の拳を握り締めた。

「そうか…ならば貴様らを先ず試合で潰してから引きずり出してやるっ!」

 …貴様ら?

 …ダイモだけでなくイアも含めている?

 …明らかにボルテさん…いや、ボルテさんと彼のゴーレム狙いという事じゃ無いか?

 僕はボルテさんの方を見た。

 ボルテさんの顔は、青ざめていた。

「そんな事は、させるもんか!貴女のゴーレムは今ここで僕が倒すっ!」

 カラテが構えを取ると同時に、試合開始の号砲が鳴った。


 開始と同時にデューンの砂の槍が、カラテに向かって素早く伸びてきた。

 カラテは両腕をクロスさせて、その攻撃を防ぐ。

「…硬いものだな。」

 貫く自信があったのかナプトラは、そう呟いていた。

 カラテは交差させていた腕を拡げてデューンの槍を弾き飛ばす。

 前が空いたデューンの目の前でカラテが片足を大きく上げた。

「カカト落としか?」

 ナプトラがデューンを後退させる。

「位置が浅い…フェイクだ。」

 イアが呟いた。

 カラテの片足がデューンの目の前を縦にぎる。

 片足を地面に叩き着けたカラテは、そのまま深く腰を落とした。

 カカト落としに見せかけた大きな踏み込みの力を利用して、カラテは両手で掌底を放つ。

 離れていた筈のデューンの胸が、背中から背後へと吹き飛んだ。

 ダイモは勝利を確信した笑みを浮かべる。

 デューンの首から下に向かって腹の辺りまでは、ぼっかりと胸に大きな穴が開いた様に砂が吹き飛んでいた。

 その様子を確認したダイモに焦りの色が見える。

 今度は逆にナプトラが不敵な笑みを浮かべた。

「驚いたぞ?デューンの強力な障壁に覆われた砂の身体を粉々に吹き飛ばす程の力…。だが惜しかったな。」

 ナプトラはダイモを微笑みながらめ付けた。

「大方デューンを顕現させた時に、コアが胸の位置にあったから狙ったのだろうが…。変幻自在のナプトラの身体の中で俺が、いつまでも同じ場所にコアを置いたままにしておくと思ったか?」

 何かが二つ落ちた大きな音が響いた。

 カラテの両腕が肩口から斬り落とされている。

 デューンの両手が大きなカッターの刃の様に変化していた。

「流石に関節部はもろい様だな?」

 ナプトラが笑みを深くする。

 デューンの左手の刃がカラテの胸を斬り裂いて、右手が剥き出しになったコアを貫いた。

 カラテは、ゆっくりと仰向けに倒れてしまう。

「粉々に踏み潰してやる!」

 ナプトラから笑みが消えて、深い憎しみの顔が現れた。

 信じられない事にデューンは、その巨体のままで空高くへとジャンプする。

 そして天辺てっぺんで姿を変え始めた。

 デューンは自分よりも大きな巨人の片足だけの姿になると、予告された通りカラテを踏み潰す為に落下してくる。

「も、もうやめてっ!」

 ダイモがカラテに向かって走り寄った。

「危ない!近付くな!」

 イアが叫ぶ。

「デューン!戻れ!」

 ナプトラも慌てて叫んだ。

 デューンは形を失って、コアが空中に静止したまま現れる。

 しかし砂の落下の勢いは止まらずに、カラテを庇う様に側にいたダイモにも襲いかかる様に降って来た。

「「風の精霊よ!彼を守れ!」」

 テミスとヨアヒムさんの呪文が唱えられた。

 …二人の呪文は間に合ったのか?

 もうもうと立ち込める砂埃すなぼこりが邪魔で遠目にいる僕には、ダイモの無事が確認できなかった。

 まだ砂塵さじんが舞っている中をイアとボルテさんが、ダイモに向かって走って近付く。

 ようやく砂を掻き分ける二人の姿が見えた頃に、空気で作られたドームの中で倒れているダイモの姿が現れた。

「…良かった。大丈夫、気絶しているだけだ。念のため担架を持って来てくれ…。」

 ボルテさんが救急の人達に指示を出す声が聞こえる。

 その内容を聞いて、僕はホッとした。

「ふぅ…障壁付きで落とされていたら、ヤバかったわ…。」

 そう言ってテミスは、額の汗を手で拭いつつナプトラの方を見た。

 僕も釣られてナプトラを見ると、先ほどの憎しみの表情が消えて安堵の表情を浮かべているのが分かった。

 …もしかしたら彼女も、ここまでする気は無かったのかもしれない…。

 …何かの理由があっての事だろうか?

 僕が、そんな事を考えていると…。


「なんで、こんな事をしたんだ?」


 今度はイアから憎悪の表情が、言葉と共にナプトラに向けられた。


「…わ、わざとじゃない!」


 ナプトラは狼狽うろたえていた。

「そもそも急に、試合中は侵入禁止の場内に入ってきたのは貴様の弟…。」

「違うっ!」

 イアはナプトラの言葉の続きをさえぎった。

 イアはナプトラに詰問する。

「コアを破壊した時に勝負は着いていた!なんで続けて本体まで粉々に砕く必要がある?!ゴーレム使いが、どれだけゴーレムに愛情を注いでいるのか分からないのか?!」

 イアはダイモを静かに抱きかかえながら泣いていた。

「お前だって、ゴーレム使いだろう?!」

 イアのその言葉に、しかしナプトラは顔を紅潮させて怒りの表情を露わにする。

「貴様が?!貴様らが、それを言うのかっ?!俺の父のゴーレムを跡形も無く消し飛ばした兄を持つ貴様がっ?!」

 そのナプトラの意外な返答に、イアはボルテを振り返って見た。

「…去年の第一回戦の話だ…イアは見ていなかったから、知らないのも無理はない…。」

 ボルテさんは、そう言って話を切り出した。

「ナプトラさん…君は、やはり彼の血縁者だったのか?熱砂の呪術師特有の、そのスタイルで、そうではないかと思ってはいたが…。」

 …なんて事だ!

 …男でナプトラみたいな格好をしている人がいるのかっ?!

 ボルテさんの話は続く。

「彼は、とても素晴らしいゴーレム使いだった。サンドゴーレムでは無かったが…到底、加減なんて出来る相手じゃ無かった。俺は…やむを得ず自分のゴーレムの超必殺技を使って、彼のゴーレムを消し飛ばしてしまった…。」

 …凄い!

 …不謹慎だけど見てみたい!

「だが、それは勝負の中での出来事だ。決して、こんな敗者をいたぶる様な仕打ちでは無い!ナプトラさん、こんな行為は返って君の父上の名を汚すことに…。」

「うるさいっ!だまれっ!知ったような事を言うなっ!」

 ボルテさんの説得をナプトラの嘆きの様な叫びが打ち消した。

「あれから父は呆けてしまった…。事実上、一家の支えを失った俺の家族を養う為に、俺は父と同じゴーレム使いの道を選ぶか、それとも…。幸い俺には父以上の才能があった…そうでなければ…今頃は…。」

 そう言うとナプトラは、自分自身を抱き締め小刻みに震えていた。

 彼女にとってゴーレム使いになる道以外の選択肢は、恐ろしいいばらの道だったのだろう。

「俺は自分の力で家族の生活を取り戻した!今度は誇りを取り戻す番だ!弱かった父を超えて、俺は最強のゴーレム使いの称号を、この大会で得る!貴様等ドワーフ族を完膚かんぷなきまでに叩きのめしてな!」

 そう言うとナプトラは高らかに笑った。


「ナプトラさん…。」

 尚も説得を試みようとするボルテさんの言葉をイアは、片手を挙げて制した。

「もういいよ、兄貴。こいつには言っても分からない…。」


「ナプトラ…お前は確かに強い。もしかしたら世界一のゴーレム使いかも知れないな。でも、このドワーフの国じゃ二番目だ。それを教えてやる…。」

 ナプトラは怪訝けげんな顔をしてイアに尋ねる。

「ほう?それじゃあ誰が、ここで一番のゴーレム使いだと言うんだ?」


 イアは右手の親指を立てて、自分の顎を指した。

「このオレだ…。」


 イアとナプトラは互いに憤怒の形相で睨み合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る