勅使河原くんと二人目の魔姫 ⅩⅢ

「ど、どうして?レアちゃんが、いるんですか?!」

 風呂場に入ってきたマリアは、僕達を見ると驚きながら、そう言った。

 彼女はレアの持っているタオルよりも更に大きなバスタオルを身体に巻いて、上と下の大事な部分を隠していた。

「マ、マリアこそ…どうして僕が入っているって知ってて入ってきたの?!」

 彼女は風呂場に入ってくる時に僕の名前を確かに呼んでいた。

「わ、わたしは…その…テミスちゃんに…ヨアヒムさんと、いつ頃から仲良くなったのかを聞いたら…一緒に、お風呂に入った時からだって…聞いて…。」

 …えっ?!

 僕はテミスとヨアヒムさんが一緒に風呂に入っている姿を想像してしまった。

「子供の頃に、わたくしも合わせて三人で入っていた時の話ですわ。」

 レアが見透かした様に冷静にツッコミを入れてくれた。

 …良かった…僕の中のヨアヒムさんのイメージが変わってしまう所だった…。

「脱衣所にレアさんの服とか置いてなかったの?」

「マサタカさんの服しか目に入りませんでした。」

 僕の質問にマリアは即答してきた。

「そんな事よりマサタカさんっ!これは一体どういう事ですか?!なんで二人が裸で一緒に、お風呂に…。」

「ミエさんって誰なの?マリアちゃん?」

 僕に質問しながらズンズンと歩いてきたマリアの歩みが、レアの一言で止まった。…と思ったら、更に速くズンズンズンと僕に向かって歩いてくる。

「ミエさんの事を話しちゃったんですか?!マサタカさんっ?!」

「わざとじゃない!わざとじゃないんだ!会話の流れ的に致し方なく名前だけを…。」

 物凄く怒っている顔を至近距離まで寄せてくるマリアを僕は、両手で制止しながら言い訳しようとした。

 マリアは僕に何か小言を言おうとする。

 しかしレアがマリアの肩に手を置くと、マリアはビクンと震えて後ろを振り返った。

「詳しく、お話を聞きたいわ…。」

 そう言いつつ微笑むレアの表情を見て、マリアは口の端をヒクつかせながら苦笑いをした。


「なるほど…首都アウロペに着いてミエさんと再会したらマーくんは、ミエさんかマリアちゃんの、どちらを選ぶのかを決めなければならない…と?」

「か、片方には既に振られているんだけど…ね。」

 レアは頬に手を当てて首を傾けながら、僕らの事情を聞いて理解して納得してくれた。

 洗いざらい吐かされたマリアは、心身共に疲れ切った様子でタオルを巻いたまま、湯船に足だけ浸かり、魂が抜けた様な表情でふちに座っている。

 僕はマリアに申し訳ないと思いつつも、これで解放されると安堵していた。


「わたくしも混ぜて下さい。いいえ、わたくしも入ります。」


 約束されていた解放は、レアの爆弾発言で文字通り吹き飛んだ。

 僕もマリアも目を丸くしてレアを見詰めた。

「わたくしも先ほどマーくんに告白をしました。マリアちゃんへの返事にミエさんと出会うまでという猶予ゆうよがあるのでしたら、わたくしも…その猶予を頂きたいです。」

 そう言ってレアは、にっこりと僕に微笑んだ。

「…だ、駄目駄目駄目駄目!駄目に決まってます!私の方が先約なんですっ!」

 マリアはレアに向かって、自分の方が先である事を強調して言った。

「まだ確定していない件に後も先もないでしょう?それに、どちらが先か後かの話になれば、マリアさんよりミエさんの方が先じゃありませんか?」

 レアは屁理屈でマリアの否定の言葉をするりとかわした。

「こ、このアウロペ行きの恋の馬車は、マサタカさんを除いて定員が二名までなんです!レアちゃんは、もう乗れません!」

 マリアは混乱している様で、よく分からない論理を展開し始めた。

「あら?じゃあ、わたくし…その馬車に乗車させて頂きますね?」

「だから、二名までなんですっ!」

「だって今は、ミエさんが乗っていないじゃないですか?」

 …そう言えば、そうだ。

 …僕は振られているわけだし…。

 …ミエとは、アウロペで再会するかも知れないって占いの結果だったし…。

 自分で墓穴を掘った事に気付いたマリアは、呆けた顔をしながら固まってしまった。

 しかし早めに立ち直ると、僕の方を向いて懇願する。

「マサタカさんからも、何か言ってくださいっ!」


 僕はマリアに告白されて受け入れた。

 そして自分の都合で、その返事を彼女に待って貰っている。

 人として道義的にもレアの申し出は、断るべきだ。


 でも、それはレアを振ってしまうという事になる。


 …告白してきた女の子を振る?

 …この僕が?

 …振られた衝動で崖から飛び降りようとした僕が、僕のことを好きでいてくれる可愛い女の子を振らなきゃならない?


 僕は自分が振られた時の事を思い出す。

 それは、ただただ絶望の一言に尽きた。

 世界が回っているのに、自分だけが止まっている。

 そんな感覚を今でも鮮明に憶えている。

 僕は、この世にとって要らない人間なんじゃないだろうか?

 そんな事まで考えてしまった。

 結果、マリアに助けられなければ、僕は本当に世界から弾き出されていた事だろう…。


 大なり小なり、そんな気分をレアに味わわせなければならない。

 僕はレアの哀しむ姿を見たくなかった。

 レアの事も好きだから…。

 しかしそれでは、今度はマリアが哀しんでしまうだろう。


 僕は今この時まで、人を好きでいたり、人に好かれている事は、素晴らしい事だと思っていた。

 もちろん、今でも、それは素晴らしい事には違いない。

 でも、こんなにも苦しくて切ない物なのだと実感したのは、初めてだった。


 …どうしよう?

 …僕は、本当に、どうすれば…?


 その時だった。


「自信が無いの?」

 レアがマリアに向かって微笑みながら、そうあおった。

 途端に僕の方を向いていたマリアが、物凄い目付きに変貌する。

 僕の知っているマリアじゃない表情をしていた。

 …あ、僕、この目付き知ってる。

 マリアの目付きに僕は、見覚えあった。

 うんこ座りをしながら道を塞いでいた不良達が、僕にガンを飛ばしてきた時の目付きにそっくりだった。

 あの時と違うことと言えば、僕が回れ右して戻る事が出来ない点ぐらいだ。

 そのままの目付きでマリアは、ゆっくりとレアの方へと振り向いた。

 レアは、たじろぐ事も無く目を細めて余裕の冷たい笑みを浮かべていた。

「自信が無いのね…。最後にマーくんが自分を選んでくれるという自信が…。」

 そう言った後にレアは、フッ…と笑って口の端を吊り上げた。

 後ろから見るマリアの肩は小刻みに震えていて、両の拳は、ぎゅっと握り締められていた。

「あ、あるもん…。」

「え、なんですって?」

 マリアの呟きにレアは、意地悪く片手を耳の後ろに当てて聞こえなかった振りをする。

「自信あるもん!じ、上等よ?!最後に、どちらが選ばれるかアウロペで決着を付けるわよ?!」

「…望む所ですわ…。」

 そう言ってレアは、微笑んだ。

 マリアは完全にレアの術中に、はまっている。

 でも、これで僕も答えを出すのが先送りされて助かった。

 自分でもずるい人間だと思ったが、僕はホッとして身体から力が抜けた。

 その瞬間に僕は、崩れ落ちる。

「…マーくん?!」

「マサタカさんっ?!」

 二人が僕の事を見る。

 僕は身体中が暑く、熱く感じていた。

 レアの左目を見ても紅く輝いていない。

 …ああ、これは単に僕が、のぼせたんだ…。

 そう思いながら僕は、二人の心配そうな呼びかけを聞きながら気を失った。


 目が覚めると心配そうなミランダさんの顔が見えた。

 でも僕が目を開いた事を確認すると、彼女は安心したらしく微笑んでくれた。

「良かった…気が付いたわね。」

 僕はミランダさんの亡くなった旦那さんの部屋に今夜の僕用にと、予め用意されていたマットレスの上に寝かされていた。

「まったく、お風呂でのぼせるまで話していたなんて…何を、そんなに夢中で話していたのかしら?」

 …夢中というか、修羅場で無我夢中だったというか…。

「大変だったんだから…酔って、いい気分で寝ていた所をレアとマリアちゃんに叩き起こされて、お風呂場に行ったら君が倒れていて…。」

「すみません…。ご迷惑を、お掛けしました…。」

 僕が謝ると、彼女は慌てて両手を前に出して振った。

「いいのよ。娘の命の恩人なんですもの。これくらい、どうって事ないわ。」

 僕は上体を起こすと、自分が寝間着を着ている事に気が付いた。

「…着替えさせてくれたんですね…。ありがとう…ござい…ま…す?」

 僕は着替え済みだ。

 でも自分で着替えた憶えは、当然ない。

 僕はミランダさんの方を素早く向いた。

「…あはは。まぁ仕方が無いじゃないの?気にしないでね?風呂場から脱衣場に運ぶ時に二人にも手伝って貰ったけど、ちゃんと前をタオルで隠したし、二人は目をつむっていたから見られていないわ。」

 そう言って、ミランダさんは苦笑いをする。

「まぁ脱衣場で身体を拭いて着替えさせる時にね…私だけは、しょうがないじゃない?着替えが終わるまで二人には、外に出て貰っていたし…。その後は、この部屋に運ぶまで、また手伝って貰っちゃったけど…。」

 ミランダさんは顔が真っ赤になった僕の上体を、ゆっくり倒して寝かせた。

「とにかく今日は、もう何も考えずに、ゆっくりと眠りなさい…。二人も、もうとっくにレアの部屋で一緒に寝ているわ。」

 そう言ってミランダさんは、立ち上がると部屋の扉へと向かう。

「それじゃ、お休みなさい。…良い夢を見てね。」

 ミランダさんは扉に手をかけると、こちらに向いて話す。

「…テッシーくん…その…大丈夫よ?あなたは自信を持っていいわ…。」

 最後に、そう言って彼女は、微笑みながら扉を閉めた。


 …自信を持っていいわ…って、何の話ですかーっ?!


 僕は身体中が真っ赤になったまま、心の中で叫んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る