81話 設楽 困惑する
王都出発から五日目、順調に村へ向かう。
帰ったらいつも通りの毎日が待っている。
クラーク村長とディーンはいつも通り、村長としての仕事だ。
しかし、王都で購入した物品を村人に渡せばかなり暇になる。
アカイ達のおかげで経済状態が非常に良い。生活物資は潤沢であり、経済的にも余裕がある。
近年、クラークは精神的に追い詰められていた。
毎日、帳簿と睨めっこして、必要物資をやりくりしていた。
村人に我慢させたのが悔しかったし、王都の事情を知るシマーやサブ達にも苦労をかけたと思っている。
ピリピリしていたのでディーンに厳しくあたったこともある。
正直なところ、小麦をはじめとする穀物の買取価格に関しては不満が残った。
だが結果としては非常に満足がいく結果が得られた。
クラークは御年五十五歳であり、王都からの帰路は肉体的にはやはりきつい。
だが、非常に満ち足りた気分だった。顔には全く出ないのだが。
唯一ディーンはそんなクラークを見て静かに微笑むのだった。
(ふむ、久々にディーンを誘って釣りにでも行こうかの)
――
シマーとサブはいつも通り、ハンターの仕事だ。
とはいってもこちらも余裕があるので無理に何かする必要は無い。
食べる分だけ狩ればいいのだ。
「帰ったらど~すっかな~、ふあ~~あ」
「お疲れですね、リーダー」
「んあ? 疲れてはねえよ。ちょっと暇なだけだ」
行きの道中は赤井がいた。シマーは非常に楽しかった。
自身の子供と同年代の赤井に、不思議な魅力を感じていた。
「帰ったら忙しいですよ~、フッチーが」
「ガハハ、そうだな、フッチーは忙しいかもな!」
念願の鉄鉱石が手に入ったので、加工を担当しているフッチーは大忙しになる。
「さて、何するかな~」
村には一時の平穏が訪れる。
十日もしないうちに、巨大な犬に跨った二人組が現れて村は大混乱に陥るのだが。
――
設楽は少し億劫な気分になっていた。
早く魔法の研究がしたいけど、金子に現状の説明をしなければならないからだ。
王都までの道中の出来事、王都での出来事、そして赤井がなぜいないのか。
二週間近く一人にさせたし、気前よく送り出してくれたので無下には出来ない。
しかし全てを自分で説明するとなると、億劫な気分になるのだった。
これまでは、こういう役割は赤井がやってくれていたから。
(犬の集落になんて行かせるんじゃなかった……)
揺れる車内で、設楽は異世界に来てから一番頭を悩ませていた。
――――
夕暮れ時に村に到着した。感傷に浸る時間は無く、今日のうちに積み荷を倉庫に運搬する必要がある。
クラークはホラ貝を吹き、しばらくすると男衆が集まってきた。
大量の生活物資を移動させる。重労働だが村人たちは楽しそうだ。
「おお、鉄鉱石がいっぱいだわ!」
「こ~りゃ塩かいな! ず~いぶん買い込んだのお!」
「荷台がこんないっぱいなのは久々だんねぇ! あっはっは」
まるでプレゼントを開ける少年みたいに、幸せそうな村人たちを設楽は見ていた。
少し嬉しい気分を感じつつも、設楽自身はやることがない。
「ふふ、後はやっておくから帰っても大丈夫だよ」
「あ、そうですか。――じゃあ帰ります」
魔法インクや、金子へのお土産を持って帰ろうとするが気づいた。
お米が重いことに。
設楽はどうしようか考えていると、子供たちの声が聞こえてきた。
集団には見覚えのある顔がいた。
シマーの息子やサブの娘、あとは知らない村の子供が二人。そしてその真ん中に金子がいた。
そして目が合った。
「――あ」
「おおおお! 設楽さんじゃないか! やっぱり戻ってきたんだね!」
「――どうして?」
「いや~、みんなに教えてもらったんだよ。『村長たち帰ってきたんじゃないか?』ってね」
いつも通りの快活な表情。少し安心感だろうか頼り甲斐を感じた。
(この子達は……なんだろう?)
金子と一緒にいるのは、設楽からすればよくわからない集団。
設楽からすれば、その和気藹々とした雰囲気は、クラーク村で感じたことのない感覚だった。
「お~、親父たち元気そうだな」
「あ、本当だ、おとうさーーん!」
サブの娘ラティエは、サブに手を振った。それに応えてサブも手を振り返す。
サブ達には積み荷を降ろした後も、馬のケアなど仕事が残っている。
「みんな楽しそうだね!」
「お腹空いたな~」
小学校一年生ぐらいに見える子供たちが喋りだした。
男の子の頭を金子は撫でる。
「ははは、そろそろ解散しようか」
「は~~い」「は~い」
「んじゃ俺たちも帰るか、ラティエ」
「そうね」
四人は金子のほうを向いた。
「「それじゃー先生、ありがとうございましたー!」」
「またお願いしますね」
「お願いします」
それぞれ挨拶をした。応えるように金子も挨拶をする。
「はい、今日もお疲れさまでした! また頑張りましょう」
「さよならーー!」
子供たちは走って帰る。子供は無駄に走る。
ドライとラティエはのんびり帰っていった。
金子は満足そうにそれを見ていた。
(な、なにこれ?)
設楽は状況が全く理解できていなかった。
いつのまに兄貴分になったのだろうか。
「さて、私たちも帰ろうか」
「え、あ、はい」
「むむ? これは?」
金子は麻袋に気づく。
「――米です」
「おおお! 米があったのか! こりゃすごい!」
嬉しそうに米を持ち上げる。そのまま家に向かって歩くことになった。
金子は一人ごとのように米について話している。
米の種類や、調理の仕方、米にまつわるエピソードまで色々話している。
設楽は、米の話なんてどうでもよかった。
設楽の予想では、金子は大した変化もなく村で過ごしていると思っていた。
どうせ、狩りをしつつ毎日飲んでグダグダになっていると思ってた。
設楽は、金子が先生として生活していたことを知らない。
「――でさ、米といえば」
「あの!」
金子は驚いた。
「さっきの子達はなんですか?」
「あ、ああ、えっとだな」
金子は少し照れているようだ。西日も相まって真っ赤に染まる。
「今、勉強を教えているんだよなー、ははは」
「勉強?」
「そうそう、今は算数だけなんだけどさ」
予想外の答えに、設楽は目を丸くした。
「いや~、あの子達はすごい熱心でね~。学習意欲が強いんだよな~、ははは」
「……」
「あとさ、村の子供たちって仕事があるんだよな。
農業を手伝ったり、家事をちゃんと自分の仕事としてやってるんだよ。
あの子達は、仕事もやりつつ勉強もやってるんだよね~、偉いだろ~」
「……」
「いや~、そんなあの子達を見ているとさ、私もしっかりしないとって思ったよ。
あ、今禁酒中なんだ。――先生をやる前に一回飲んじゃったけどさ、ははは」
金子は快活に笑うのだった。そして語り続ける。
設楽は困惑した。彼女の中の金子の姿と、目の前の金子が別人だったからだ。
「禁酒?」
「そうなんだよな~、私、飲むとひどいだろ?」
「そうですね」
設楽のストレートな意見に、金子は頬をポリポリ掻いた。
「まあ、やれることはやろうと思ってさ。『先生』が酔っ払って授業さぼったらカッコつかないだろ?
異世界の成長に繋がってるかは微妙だけどさ、ははは」
設楽は考えた。異世界の成長に繋がっているかは確かにわからない。
ただ、教育のレベルが上がることは悪いことではない。むしろアリだと思っている。
「教育……いいじゃないですか」
「ははは、そうかな? 設楽さんに賛成してもらうと嬉しいなあ。
あ、でも他にやったほうがいいことがあればそっちを優先するからね。
というか、そんな時は両立させるさ。あの子達みたいにね!」
こんな自信に満ち溢れている金子に、設楽は苦言なんて言えなかった。
応援したいと思った。
お隣さんのアイシャさんとすれ違ったので挨拶した。
アイシャは久しぶりに設楽を見て嬉しかったのか、パンと野菜をどっさり渡した。
晩御飯の心配がなくなった。
そして懐かしの我が家に二人は着いた。
「そういえば」
「はい」
「赤井君は?」
「あ」
未だに赤井の事は話していなかった。
設楽は、金子の先生具合に驚いていたし、金子は赤井の事だからどこかに行っているだろうと思ってた。つまり忘れていた。
実際、赤井は遠くに行っているんだけど、それを説明するのにかかる時間を考えるとやはり設楽は億劫になった。
二人の噛み合わない夜が始まる、
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