72話 金子 頑張る

村から王都までは片道五日、往復十日。

 クラーク村一行が王都で滞在した日数は、初日と最終日を除けば三日。

 つまり村に一人残された金子太一は十三日間一人で過ごすことになる。


 そんな彼の奮闘のお話。


――――


(行ってしまったな)


 ヨドと金子は馬車が見えなくなるまで見ていた。


「帰りましょうか」

「そうじゃな」


――――


 金子は十三日間をどうするか全く決めていなかった。

 誰もいない我が家に帰り、寝転んだ。


「なにしようかな」


 一人きりになった金子は、少し大きめの声で呟いたがもちろん返答はない。

 彼の心情としては、ゆっくりしたい、少しぐらいサボってもいいんじゃないかという思いがよぎっていた。

 ただ、赤井と設楽のことを考えると、一人堕落するわけにもいかないと思う。


 金子は知っている。自分が弱い人間だと。

 堕落に走れば、とことん落ちていくタイプだと。


 半面、失望されるのが何よりも怖い。

 だから『ちゃんとやっている』という免罪符が欲しいのだ。


 軽く朝食を済ませ出掛けた。免罪符を手に入れるために。


――――


 金子はフッチーの家に向かった。

 リーダーのシマーもサブもいないが、ハンター達は軽く狩りはすると聞いていたからだ。

 フッチーと話をすると、狩りに行くのは三日後だからそれまでは他の事をするように提案された。


 いきなり頓挫したことに金子は少し焦った。

 半面二日休んでもいい気にもなっていた。

 金子の思考回路はいつもこんな感じである。


 悩んでいると、顔見知りが現れた。


「あれ、センセーじゃないっすか」

「お、アイン君」


 目の前にはハンターの一人アインがいた。

 シマーの長男で、妻一人子一人の家庭を持つ二十三歳である。


「何してるんすか?」

「いや~、狩りに同行させてもらおうと思ってね。でも三日後らしいね」

「そうですね。あ、そっか今一人なんですよね?」

「ははは、そうなんだ仲間は王都へ同行したからね」

「あー、もしかして今日時間あります?」

「そうだね……、大いにあるな、ははは」


 アインはニヤっとした。シマーの血を受け継いだ表情である。


「それじゃ、ワニ革剝ぎません?」

「ああ、ワニか。いいね」


 金子は提案を喜んだ。


「んじゃ、ちょっと待っててください」


 アインはフッチーさんの家に行き、研がれた包丁を受け取った。

 そして、そのままワニ革を剥ぎに行くことになった。


――――


「いや~、いつもは親父がやってるんですけど、今回は怪我しちゃったじゃないですか。

 だから中々終わらなくて」

「結構大けがだったしな~」

「いや~、センセーとあのお姉さんのおかげですよ、ありがとうございます」


 アインは礼儀正しい。父が無茶苦茶な分を息子が補っているようだ。


「いやいや、こっちも助けてもらっているしな~」

「へへ、ワニ革まで手伝ってもらっちゃて悪いですね」

「暇してたから気にしないでくれ」

「そいじゃやりましょうか!」


 全長が五メートルを超えるワニ革を剥ぐのはかなりの肉体労働である。

 ワニ革は切り込みを入れて引っ張ると、かなり綺麗に剥げる。

 ただし、大きければ大きいほど革は分厚くなるので力が必要だ。


「いや~、センセーはガタイいいから良かった」

「ははは、筋肉担当だからな! ヨイショ!」


 二人でビリビリワニ革を引っ張る。

 昼前にはシマーの三男のドライも参加してワニ革剥ぎをする。

 ドライは寡黙だ。少し暗い感じだけど腕はいい。


 三人はお昼過ぎまでワニ革を剥ぎまくった。


――――


 昼時。

 アインが金子とドライを誘い、アインの家で昼食を食べることになった。

 メニューはワニのステーキだ。


 アインの嫁は、気立てがよく料理もなかなか上手である。

 和やかに昼食が進む。


「は~よく食った、センセーお味はどうでした?」

「いや~美味しかったよ。アイン君はいい奥さんを持って幸せ者だな~」

「へへ」

「ねえねえパパ」


 アインの一人娘パインがアインの服を引っ張った。


「なんだい?」

「センセーは先生なの?」

「ん? そりゃ~、どうなんですか? センセー」


 金子は少し戸惑った。金子は中学で理科の教師をやっていた。

 異世界人に理科といって伝わるだろうか。また理科を説明するのも内容によっては大変だ。


「そうだ……ね。パインちゃんぐらいの子供に色々勉強を教えてたんだよ」

「パイン、ベンキョーしたい!」

(勉強したいだなんていいこと言うな~)


 金子は少し嬉しくなった。


「パイン、センセーだって忙しいんだからダメだぞ」

「ベンキョーしたいー!」

「はは、空いてる時間ならいいよ」

「ホントー!」


 金子はハンターと共に仕事をすることと勉強を教えることが仕事になった。


――――


 その後、ワニ革の仕事を再開し夜になると宴になった。

 アインの家で六人ぐらいが集まり酒を酌み交わす。

 いつも通り金子はへべれけになった。


 翌朝、一人家に帰り、反省しながらも再度眠りについた。

 まさに惰眠を貪った。次に起きたのは三時頃だった。


 金子は堕落した分、頑張ろうと奮起した。

 勉強を教える約束をしたからだ。準備に取り掛かる。


(ふ~む、パインちゃんは六歳だったな)


 六歳向けに勉強内容を準備することにした。

 国語、算数、理科、社会。

 国語は教えにくい、社会もだ。

 そもそも、金子はこの世界のことをそこまで知らないからだ。


 であれば、算数と理科になる。

 六歳が学んで楽しく、ためになる内容を準備する。


 金子は紙が実はそこそこ高価なことを初めて知った。

 しかしアインは快く紙を提供した。


 金子は期待に応えるため、そして少女の学びたい願望を叶えるため一人勉強内容を考えるのだった。

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