70話 問題 異世界とは何か説明せよ

 昼ごはんも食べ終え、犬とピコと戯れる幸せな時間。

 食後のコーヒーでもあれば最高だ。


「そういえば聞きたいことが」

「なんじゃ、ブライトのことか?」

「あ、そういえば聞けてなかった。それも気になるんですけど別件で」

「ほう」

「なんか魔力が増えたみたいです」

「は?」

「朝、『着火』をやってて気づいたんですけど、倍ぐらい魔力がある気がします」

「ふむ……確かに増えたのか?」

「はい、いつもは二回で疲労感を感じたんですけど、今日は二回やっても疲労感がなかったんです」

「魔力が増えるなんて聞いたことないぞ、そもそも計測してるやつなんておらんじゃろうが」

「そっか〜、死にかけたからかなーと思ったんですけど」

「はっはっは、それは試すわけにもいかんな」

「そうなんですよね、死にかけるなんてしたくないですし」


 ゼツペさんでもわからないか。ミックに聞ければ良かったんだけど、相変わらず役立たずだぜ!


 確実に設楽さんには怒られるだろうな。

 MPの増やし方を探してたっぽいし。

 ……死にかけたことを話したら、試しそうで怖いな。伝えるときは慎重に話すことにしよう。


「じゃぁ聞きたかったことの二つ目いいですか?」

「ふむ、なんじゃ?」

「犬の乗り方なんですけどーー」


 前回、振り落とされちゃったからな。

 全速力で走っても落とされないような自分に成長したい。


「そうか、乗り方か。落ちないようになりたいのじゃな」

「そうですね、出来たらこいつの全速力にも対応してあげたいし」

「ワン!」


 犬の下顎を撫でてあげた。嬉しそうだ。

 ゼツペさんは腕を組んで考えている。

 そして犬に近づいて話しかけた。


「ふむ、すまんが乗せてもらえるか」

「ワンワン!」

「頼むの」


 さっと飛び乗った。


「全速力で走ってくれ」

「ワン!」


 ゼツペさんを乗せ走り出した。客観的に見るとわかる。とんでもない速さだ。

 あんなの吹き飛ばされるに決まっている。むしろ前回はよくしがみつけたものだ。


 周囲を一周し、池まで来て急停止。

 ああ、これで振り落とされたんだな。ゼツペさんも体がグッと前のめりになった。


「よっと。ほっほありがとうな」

「ワン!」


 何事もなかったかのようにゼツペさんが降りて来た。

 軽く拍手しちゃったよ。


「ふむ、流石に若いの。リンクスとは違うわい」

「でも全然余裕でしたね」

「最後の急停止は少し驚いたがの、はっはっは」

「あ、あれで死にかけたんですよ」

「じゃろうな」


 理解してくれて良かったよ。


「ふむ、アカイはどうやって乗ってるんじゃ?」

「えーっとですね――」


 すっぽん式の張り付き方を説明した。


「――なるほどの、斬新じゃな」

「ははは」

「アカイ、頭を貸せ」


 ゼツペさんが近寄って来たので頭を傾けることにする。


「毛を毟るなとは言ったがの、毟らない程度に引っ付けばいいんじゃ」


 ゼツペさんは俺の髪の毛を引っ張った。


「いてて」

「これは痛いじゃろう」

「はい」

「これはどうじゃ」


 ゼツペさんは左手を広げ頭皮を触るように手を置いた。

 そしてすべての指で髪の毛を挟むように持った。


「ほれ」


 俺の頭をぐるぐる回した。


「おおー痛くない」

「犬の毛は、アカイの髪より太く多いからな。絡みつくように持てば滑ることはないじゃろうて。

 あとは視線をしっかり保持して、犬の走行パターンを先読みすることじゃな。ま、そこは経験じゃ」


 なんかわかった気がする!


「や、やってみます!」


 犬に再度乗せてもらうことにした。


「手を軽く開いてと……」


 ゼツペさんの真似してやってみる。ふむしっかりくるな!

 犬をなでなでして話しかける。


「今度は落ちないように頑張るから、また走ってくれるか?」

「ワン!」


 再度デスマーチが始まる。いやデスマーチになんてさせないぜ!


 前回と同じルートを疾走する。まずは池の周りを走る。常に目線は前をキープ。


「ワン!」


 吠えた後に加速する。犬の気持ちをしっかり把握することに努める!

 山を登り始める。ここまでは大丈夫だ。ここから加速度は増していく。


 山頂に到達しさらに加速する。目線は前に。

 ゲームのワンシーンのように風景が過ぎ去っていく。

 犬の走るルートは真っ直ぐではないことに気づいた。


(こいつ。楽しませようとしてくれてたんだな)


 実は小さな滝の周りを通っていたことに初めて気付く。


 そして前回、死を覚悟したジャンプ。

 しっかり目を開いてみると見えた。視界の右側には平野が広がりその先には海が見えた。


「すげぇーーー!」

「ワンワン!」


 デスマーチなんて思って悪かったよ。

 ジェットコースターなんて目じゃない、最高のロケーションだ。

 山場を超えたのか、少しスピードを落とした。


 前回はただただしがみついていたからわからなかったけどな。

 山を下り、馴染みあるアストラル池に近づいた。


(ああ、そろそろだな)


 犬はまっすぐ池まで進む。ちゃんと見たらわかる。そのまま進んだら池にドボンだ。

 前回は瀕死に追いやった急停止がやって来た。


 十分に準備して急停止に備えた。


「おわ!」


 俺は転げ落ちた。真横に。


「たはは、締まらねぇな」

「はっはっは、上手くなったじゃないか」

「いやーすごい楽しかったです! ありがとなー」

「ワンワン!!」


 やっと乗りこなせるようになりそうだよ。

 また一つ犬が好きになった。


 アカイは騎乗スキルLv3を取得した。


――――


「ふむ、だいぶ仲良くなったの」

「そうですね~、命も救ってくれてますしね~」

「ワンワン!」

「ははは~、ウチの子になるか~?」

「ワン!」

「いいぞ、と言ってるようじゃの」


 ふ~む、これはイケるんじゃないだろうか。


「じゃがボスには確認せんといかん」

「あ~あの黒い犬ですね」


 大人になった犬は皆、気品というか威厳というかオーラを感じる。

 その中でもボス犬は一際存在感があった。

 あいつに納得されなきゃそれまでってことか。


「ん~どうしたらいいんでしょうか」

「連れてって説明するしかないの」

「き、緊張しますね」


 説明っていうと、「こいつと一緒に村に行きたいんですけど」って言えばいいのかな。

 犬相手に凝ったプレゼンも変な感じがするし。


「どうする? 今日にするか? 明日にするか?」

「先延ばししてもしょうがないですし、今日にします」

「わかった、待っとれ」


 ゼツペさんは犬笛を吹いた。暫くしてリンクスがやってくる。


「すまんの、呼び寄せて」

「バフ!」

「ボスがどこにいるかわかるか?」

「バフバフ!」

「狩りに出とるのか、わかった。てことじゃアカイよ」

「帰ってくるまで待てばいいんですね」

「そういうことじゃ」


 帰ってくるまで待つことにした。

 上手くいけば明日にでもクラーク村に帰ることができる。

 正直、今回は問題無く進む気がしている。

 連れていきたい犬、本人?の了承を得てるわけだしな。


 犬とピコと一緒に戯れながらその時を待つことにした。


――――


 夕刻、リンクスが合図をくれた。ボスが戻ってきたようだ。


「ワシが呼んでこよう、待っとれ」

「ありがとうございます」


 ゼツペさんとリンクスが駆けていった。


「上手くいくといいな」

「ピィ!」

「ワン!」


 二匹を見ていると癒される。

 動物ってのはいいな。人間と違ってめんどくさくない。


 山で生活して、ゼツペさんが犬の言葉をわかる理由がわかった気がするんだよな。

 動物たちは表現がストレートだ。言葉以外でかなり判断できる。

 特に犬は知性が高いため、こちらが理解に努めればコミュニケーションをとるのは難しくない。


 人間のほうがよっぽどわかりづらいと思う。

 構って欲しいのに遠ざけたり、言葉はYESなのに本音はNOだったり。

 人間ほど理解するのが難しい生き物はいないんじゃないかなとも思う。



 色々考えちゃったけど、ボス犬は理解してくれると思う。大丈夫だろうとも思う。

 ただ、なぜか心のどこかで引っかかる部分がある。

 何かはわからない。勘違いかもしれない。


 だから俺は、不安を見ないふりして対面を待つことにした。

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