66話 死へのワンデブー

犬の集落で生活することになったけど、何をすればいいんだろう。


「な、何をすればいいんでしょうか?」

「普通に生活すればよい、ワシの使ってる洞穴があるからそこにまず行くぞ」

「はい」


 集落の外れに横穴が掘ってあり、そこに案内してくれた。


「寝るときはここを使ってよいからな」

「ありがとうございます」

「さて、出かけるか」

「は、はい」


 集落を周ることにした。


――――


「ゼツペさん」

「なんじゃ」

「だ、大丈夫ですかね? 僕」

「すべては犬達次第じゃ、ここからはアドバイスは出来んぞ」

「そうですね……、なんかやっちゃいけないこととかありますか」

「特に無いの、集落の一員として気楽に楽しめ、はっはっは。

 あとピコは預かっておこう、ここで放すと食われるかもしれん」

「おおお、それは大変だ。ピコをお願いします」

「ピィ~」


 ピコは少し寂しそうだ。

 さて……気楽にと言われちゃったよ。まあやってみるしかないべ。


 ちょうど茂みから少し小さい赤毛の犬が出てきた。


「犬は人間の言葉わかるんですよね?」

「なんとなくじゃろうがな」

「よーし」


 犬に近づいてみた。


「こんにちは~、アカイだよ~」

「バウ」


 警戒されてるな~。

 両手を広げて「おいで」のアピール


「ほーらおいでおいで~」

「バウバウ!」

「え!」


 やべぇ突進してきた。


「お、おわーーー!」


 ギリギリでよけた。


「なにやっとんじゃ」

「す、スキンシップを」

「あいつは子供じゃからな、すぐ寄ってくるぞ」

「へ~」


 なるほど、子供は寄ってくるのか。子供ったって百三十センチぐらいの高さがある。


「ごめんごめん、遊ぼうぜ」

「バウ」


 今度はゆっくり近づいてナデナデした。


「バウ、バウ」


 よーし楽しそうだ。耳の裏をモフモフー。効果は抜群だ!


「バーウー!」

「おわっ」


 急に全身をブルブルした。デカイ耳がクリーンヒットして吹っ飛ばされた。


「ははは、さすがにデカいぜ」

「バウバウ!」


 ペロペロしてくれた。嬉しいんだけど、デカいからビチャビチャだよ。

 犬と戯れるってのは楽しい。楽しいんだけどサイズがデカイと戯れるというか、プロレスみたいになってしまう。

 三十分も戯れればボロボロだ。


 俺が戯れている間、ゼツペさんは腰かけて、何とも言えない表情で様子を見ていた。


――――


 犬は急に去って行った。お母さんでも来たんだろうか。


「はは、ボロボロです」

「大丈夫か?」

「はい! 頑張ります」

「そうか」


 集落を周りデカい子犬と戯れることにした。

 何かしなきゃという思いから、目の前の出来ることをがむしゃらにやることにした。

 まぁ、片っ端から子供の犬と戯れるってことなんだけどね。


 成体の犬にはしっかり挨拶をして、子供の犬とはじゃれ合うことにした。

 三体目ぐらいで俺は疲労感で座り込んだ。


「な、なかなかしんどいですね」

「休むか?」

「す、少しだけ。あ、水浴びしたいですね~、べちょべちょですし」

「ではアストラル池まで行くか」

「そうですね」


 集落とアストラル池は隣接している。

 俺は服を脱いで水の中に。


「は~、少し冷たいけど気持ちいいな~。すっきりするわ~」

「ここの水は体に良いらしいぞ。ブライトが言っておった」

「へ~」


 飲んでみると、なんかスカっとした。


「いや~美味い水だな~」

「アカイよ」

「なんですか?」


 ゼツペさんは少し硬い表情で話しかけてくれた。


「さっきも言ったが、集落では助言は出来ん。

 案内ぐらいならするが、こうすれば犬に好かれるとかは教えられん」

「理由とかあるんですか?」

「前にも言ったが、犬は邪な心に敏感だ。恐らく匂いで判断しているんじゃろう。

 アカイは邪ではないが、ワシの助言を聞けば打算で動くだろう」

「なるほど」

「ここではお前のありのままが見られておる、じゃから助言は出来ぬ」


――――


 すこし昔話を思い出した。


 俺は犬好きだ。昔こんな経験をしたことがある。

 仕事で外回り中に町の一角で少し休憩していた時の話だ。


 結構なお歳のシーズーがヨタヨタ散歩されていた。

 可愛いな~と思って見ているとこっちに寄ってので、これはチャンスと思ってナデナデしてあげた。

 飼い主のおばちゃんが少し驚いていた。


「この子、人見知りだからなかなか寄りつかないのにねぇ」

「へぇ~そうなんですね~、ヨシヨシ~」

「それに白内障でね、目が見えないのよ」


 確かに目が見えてないようだ。


「ふふ、犬って匂いで犬好きな人か判断できるらしいわね~。テレビでやってたわ」

「へぇ~そうなんですか! はは~僕の犬好きオーラを感じ取ってくれたんだな~コイツ~」


 ちなみに、犬嫌いは犬嫌いな匂いが出ているらしい。

 だから嫌いな人を見つけると吠えるらしい。そしてより嫌いになっていく。

 犬嫌いスパイラルですな。


――――


「まぁ、頑張ってみます。犬好きなことは伝わっているといいなぁ」

「それは問題ないじゃろ、リンクスもお主のこといいやつだと言っておったし」

「いや~それは嬉しいな。あれ? リンクスはどこに?」

「狩りにでも行っておるんじゃろうて」

「あ、ご飯どうしたらいいでしょうか? ホワイトベリーでも問題ないですけど」

「芋は買い込んであるし、必要があれば獣でも狩ればいい。飯の心配はせんでよい」

「わかりました、ありがとうございます」


 水浴びを終えて、ホワイトベリーを少し食べた。糖分が染み渡った。

 ゼツペさんは用があるらしく一旦別れた。


 休憩後もやることは変わらない、集落を周り、犬達に挨拶か戯れる。

 再度三匹戯れて池休憩をとった。

 楽しいけど……やっぱりしんどい。


 服を脱ぐと気づく、全身アザだらけだ。


「ははは、ボロボロだな~俺」


 設楽さんがいれば『治癒』してもらうんだけどなぁ。

 速く走れるようになったこと驚いてくれるだろうか。

 「へぇ」って言われて終わる気がするな。つれないぜ。


「――がんばらねぇとな」


 設楽さんは魔法の研究を始めるだろう。そうすれば絶対何か起きるはずだ。

 俺も役に立ちたい。女の子にかっこつけたい見栄かな~頑張る理由は。ちょっと恥ずかしい。


 池から出てホワイトベリーを食べる。元気でるわ~。異世界のエナジードリンクですわ。


 服を着て準備を整えていると、一匹の犬が。

 全身灰色で尻尾だけ黒く、優しい顔した犬。大きさからして成体だろう。

 他の成体の犬は、警戒というか一歩引いた感じなんだよね~。

 でもこの灰色の犬はなんか通じる気がした。眼が好意的に感じたんだよね。


「おいで~」


 手招きしてみる。


「ワン」


 優雅に近づいてきた。少し尻尾を振っている好意的な証だと思いたい。


「こんにちは、アカイだよ」

「ワンワン」


 知ってるってことかな?

 さてどうしようかな。大人の犬はリンクス以外で戯れたことないんだよな。


「灰色の毛がカッコイイね~、触ってもいいかい?」

「ワン!」


 座ってスフィンクスみたいなポーズになった。本当に言葉が通じてるんだな。


「よ~し」


 首から背中にかけて撫でた。すごいいい毛並だ。リンクスと比べると艶とハリがある。

 リンクスはリンクスでマットな感じが可愛いんだけどな。


「ワウーン」

「はは、気持ちいいのか? それ~」


 次は定番の耳の裏ですね。確かツボがあって気持ちいらしい。

 人も犬も変わらないな。誰かに触られるってのはどうして気持ちがいいんだろうな~。


 尻尾をプリプリしてる。可愛いな~。

 嬉しそうだったので念入りにマッサージした。


――――


「よし、こんなとこかな!」

「ワン!」


 はは、楽しそうだ。やっぱり犬っていいな~。


「ワンワン!」


 ん、なんだろう。首を左に振っている。


「乗れってことかい?」

「ワン!」

「よーし!」


 恐る恐る灰色の犬に跨ってみる。


「ワウーーン!」


 遠吠えとともに始まった。二度目のデスマーチが。



 初めは池沿いを軽く疾走する。池を見ながら周回するのはすごく気持ちがよかった。


「ワン!」


 掛け声ならぬ、掛け吠えの後は山の斜面を登る。


「え?」


 速い。リンクスより格段に速い。

 馬力が違うんだろうな、リンクスは歳だって言ってたし。


 とんでもない速さで山を駆け登った。

 山頂から見えたアストラル池は非常に綺麗だった。

 そして、ここからは景色をみる余裕など無くなった。


「ワン! ワン!」


 犬は連峰を高速で駆け巡ったと思われる。

 思われるっては、どこを走っているか見ている余裕もなかったから。


「は、はええ……Gがやばい。胃がつぶれる」


 魔力全開で掴まる。腕がもげそうだ。

 灰色の犬は俺のことなんてどこ吹く風で疾走する。めっちゃ楽しそうだ。


「あれ?」


 ふっと浮くような感覚になった。ジェットコースターでよくあるやつだ。


「止まった? ―-!」


 浮いていた。見える三百五十度が空だった。

 残り十度に、岩の斜面が見える。


(し、死ぬ)


 全力でしがみついた。衝撃に備えた。ホールラビットをもっと食べておけばよかったと思った。


 来るべき衝撃は来なかった。ソフトランディングしたんだろう。

 でも……俺の体と魔力が限界に近づいている。毛を掴んでどうにか耐えている状態に。


「と、止まってくれぇー」

「ワンワン!」


 止まらない。駆け抜けている。


「止まれ―!」


 目を閉じて懇願する俺。


「ストップー!!」


 そういった瞬間停止した。

 速度が百から零になったのだ。当然のように俺の体は前方に吹っ飛ぶ。

 体は投げ出され、回転しているのがわかる。縦回転か横回転か斜め回転かはわからない。


(あぁ、終わった)


 ドオォォォォーーン!


 最後にそんな音が聞こえた気がする。そのまま俺の意識は切断された。

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