65話 茶色の犬の背に乗って

 走ることが楽しい。まさしく風を切って走る。

 自転車ぐらいのスピードは出ていると思う。

 それでも七十歳近いゼツペさんについていくのがやっとだ。


 少し腹が減ってきた。朝っぱらから走ってるからね。


「そろそろじゃの」

「あ、ご飯ですか?」

「食いしん坊じゃの、前を見てみい」


 永遠に近づけないと思った山の麓が見えた。


「ああー! も、もう山じゃないですか!」

「そうじゃ、山の前に一度休むか」

「はい」


 軽くご飯を食べて、すぐに出発した。

 目的地に近づいてる高揚感が疲労感を吹き飛ばした。

 麓までは一時間もかからなかった。


「さて、アカイよ」

「はい」

「リンクスに乗るか?」

「おおお、待ってました!」


 ゼツペさんはリンクスに話しかける


「リンクス、アカイを乗せてやってくれるか?」

「バフ!」

「すまんな」

「ほれ、乗れ」

「は、はい」


 恐る恐るリンクスに跨る。


「こ、こんなんでいいでしょうか?」

「もう少し後ろじゃ。よしそんなもんじゃろ」

「ど、どこを持てばいいんでしょうか?」

「毛は毟るなよ、可哀そうじゃからな。手足でしがみつけ」

「は、はい」


 不格好だけど、丸太に掴まるようなポーズをとった。


「ピコは念のためバッグの中に入っておれ。よし! ゆくぞリンクス!」

「バフ!」


 刹那、体が吹き飛ばされそうになる。


「や、やべ」


 がっちり掴んでどうにか体勢を維持するが、少し滑る。

 リンクスは凄まじい速さで山を駆け、木々をすり抜けていく。


(ふ、振り落とされたらやばい、下手したら死ぬ)


 むりやりしがみつくが、太ももの内側と二の腕がプルプルする。

 普段まったく使っていない筋肉が悲鳴をあげた。


(ま、魔法だ! 魔法で引っ付こう!)


 追いつめられるとアイディアが出やすいってのは本当かもしれない。

 どうにかくっつこうとがむしゃらに試す。

 手の平で吸着できないか試してみる。吸着のイメージを具体的に持ちたい。


 『ガムテープ』は違うな、張るってイメージだ。

 『掃除機』……はずっと吸ってるしな。

 『タコの吸盤』、うむ悪くないな! イメージとしては悪くない。

 吸盤か。吸盤、吸盤といえばあれだ! 『スッポン』! トイレのスッポンだ!

 あ、亀のスッポンも悪くないけど、トイレのスッポンをイメージだ!


 手の平と、リンクスの体の間に、出来る限り密閉空間を作る。

 俺の手は『スッポン』だ! リンクスの体に吸着!!


「――できた」


 魔力を籠めた手はぴったりくっついていた。

 体勢は安定したと思われる。よし。恐る恐る顔を上げてみることにする。


「おおおおぉ」


 3D映画の様だ。迫りくる木をどんどんすり抜けていく。

 山を登っているのだろう、横をみると結構な傾斜である。


(落ちたらリアルに死んだかもしれん)


 あれ、こっちの世界で死んだらどうなるんだろ。縁起でもないから考えるのをやめた。

 左前方にはゼツペさんがいた。リンクスに劣らぬすさまじい速さ。

 山までの道は手を抜いてくれてたんだな。野生動物だよこの爺さん。


 どれぐらい走っただろう。

 山頂までもうすぐな気がする。木々のドームを抜け光が射した。


「え」


 崖だった。


「ええっと」


 リンクスは崖を滑り落ちる。


「う、うわあぁぁぁぁ!!」


 必死に吸着した。本当に死んでしまう。


「バフゥ~」


 リンクスのことをバカ犬っぽいとか思っててすいません。こいつ凄いわ。

 スルスル崖を降りていき、そのまままた走る。

 ゼツペさんはどこに行ったんだろう。見失っちゃった。


 リンクスの速度が落ちた。

 なんか山っぽくない場所についた。

 なんだろう、山というか森というか。

 どんどん開けた場所に進む、その先には池があった。


「う、うわー綺麗なとこだな~」


 四方は山に囲まれているのに、着いた場所は池だった。

 現世だったら確実に秘境とかパワースポットに認定される場所だ。


「ほいしょっと、着いたな」

「あ、ゼツペさん。どこ行ってたんですか?」

「ちょっと迂回をな。崖は流石に危ないからの。いつもはリンクスに乗せてもらってるんじゃ」

「あ~そゆことですね。すいません」

「よいよい、さてもう犬の集落は近い」

「ここ……すごいですね」

「ドゥモールガル山脈のアストラル池。まぁ『アストラル池』と名づけたのはブライトじゃがの」

「へ、そうなんですか?」

「ここまで普通の人間は来れぬ、むしろ来ないじゃろう。だからアストラル池なんて名前をつけたはいいが、誰もたどり着けぬ幻の池じゃよ」

「ほぉぉ~」


 誰もたどり着けない秘境にたどり着いちまったよ。


「ここから少し行ったところに犬の集落がある」

「はい」

「ここからはワシにくっついていろ、犬に敵視されると殺されかねない」

「う……わかりました」


 池の周りを歩くことになった。

 池の周りは見たことのない花が咲いている。雰囲気はすこし村近くの温泉に似ているかも。

 リアルにパワースポットって感じだ。空気がいいからだろうか。


「お、白いベリーだ」

「ホワイトベリーじゃな、美味いぞ」

「とってきていいですか?」

「食いしん坊じゃの、ええぞ」


 白くて綺麗なベリーだ。すこしメルヘンチックな感じがするな。

 食べてみる。


「う、うっま」

「どうした?」

「むちゃくちゃ美味いです」

「そうじゃな、甘いじゃろう」

「あ、甘すぎます」

「はっはっは、砂糖大根なんて目じゃないからな」


 これは温泉ベリー以来の感動だわ。純粋な甘み。

 脳に直接甘みの信号が伝わっていく。


「も、持って帰りたい……」

「やめとけやめとけ、すぐに枯れちまう」


 十粒たべて後ろ髪引かれながらも去ることにした。


――――


「そろそろじゃの」

「バフゥゥーーーーン」


 リンクスの遠吠。山の気配が重たくなった気がする。

 何もいないように見えるけど、何かいることはわかる。


「アカイ、奇声を出すなよ」

「わかりました」


 茂みの中から黒い犬が現れた。やはりデカイ。

 そしてリンクスと雰囲気が違う。獣の目をしている。


「ガウ!」

「バフバフ」


 何か話している……ように見える。『そこの人間はなんだ!』な気がする。


「もめとるの」

「やっぱりですか?」

「ふむ、警戒されとるな」

「ど、どうしましょう」

「どっしりしとれ」

「はい」


 黒い犬は怖い。初めて会った犬がこの犬だったら逃げていたかもしれない。

 リンクスが最初で良かったよ。


「バフバフ!」


 リンクスがこちらを見て吠えた。


「ふむ、呼んどるの。ゆくぞ」

「は、はい」


 恐る恐る黒い犬の前に。


「ガウガウ!」

「何しに来た? と言っておるな」


 ゼツペさんが犬語がわかることに驚く余裕もなかった。


「えっと、普通に喋っていいんですか?」

「かまわん、ある程度理解してくれる」


 「何しに来た」か。理想は一緒に来てくれないかってことなんだけど。


「こんにちはアカイといいます。犬の皆さんと仲良くなりたくてきました」

「ガウ!」

「仲良くとはなんだと言っとるの」

「え~っと、出来たら一緒に来て欲しい。仲間になりたい」


 黒い犬はじっと俺を見た。怖いな~。


「ガウガウガウ!」

「悪い奴じゃないのはわかると、言っておる」


 おお、ありがたい。


「ガウー!」

「じゃが信用したわけではない」


 まぁそんな感じは伝わってます。犬でもわかるもんだね。


「どうすれば信用してもらえますか?」

「ガガウガウ!」

「ともに過せ」


 一緒に生活しろってことか。なかなかいい条件じゃない。


「お願いします」

「ガウ」

「わかった、来いじゃとよ」

「ふう」


 黒い犬についていくことにした。


――――


 山犬たちの集落に着いた。……らしい。


「ここなんですか?」

「そうじゃな、少し待ってろ」


 黒い犬が吠える。


「ガウゥーーーー!」


 四方から山犬たちが現れる。

 赤、茶、黒、灰色。様々な山犬たちが巣穴や、茂みの奥から出てきた。

 視線は俺に集中している。ビビるけど毅然としていよう。 


「ガウガウ!」

「新入りだ、仲良くしろ、だとよ」

「なんか言ったほうがいいですかね」

「いらん、リーダーが紹介すればそれで終わりだ」


 ここから山犬の集落での生活が始まる。

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