62話 始まりはデスマーチ

王都から出るためにブライトウェイを走り抜けた。俺はクタクタになった。

 体力無いのは自覚してるけど、成人してからマラソンなんてしたことなかったし。


「ほんに体力無いのう」

「す、すいません」

「バフー」


 犬神さんは呆れてる。リンクスはいつも通りのアホ顔だ。


「さて行くか」

「はい!」


 方角は確か北に向かうんだったな。遠くに山が見える。


「おい、ストライクバード出せ」

「え? はい」


 ピコをカバンから出してあげた。


「ピィ~」

「ふむ、平和なやつじゃの」

「ピピ~」

「ここからはお前も走れ、主人と一緒にな」

「え?」


 ピコも走るのか。え、俺も?


「は、走っていくんですか?」

「当り前じゃ、若者が楽するな」

「ど、どこまで?」

「無論、山犬の集落まで……と言いたいところだがさすがに山道は無理だろう。

 山道はリンクスに乗せてもらえ。平地は自分の足で走れ」

「む、無理ですよ! あ、あの山ですよね!?」

「あの山の奥だ。別に時間はある、無理して走れ。荷物は持ってやる」


 ピコ用のカバンを預けた。そしてデスマーチがここに開幕した。


「ゆくぞ!」

「あ!」


 犬神さんとリンクスが走り出した。とんでもない速さだ。


「う、うそだろ……」


 俺に逃げ道は無い。村に帰る方法も無いので走るしかない。

 言い訳できない環境がそこにある。


「ぴ、ピコ! 行くぞ!」

「ピィ~?」


 俺は走り出した。山に向かって真っすぐと。

 平地といっても草も生えていれば、少なからず高低差がある。走りやすいかと言われれば微妙だ。


 ピコを確認しながら走る。

 初めはテクテクついてきていた。可愛いけどこれじゃ全然進まない。


「と、飛べ! もっと速く!」

「ピィ~」

「置いてくぞ!」


 なだらかな下り坂で俺は走りピコとの距離を空けた。


「ほら! 飛べ!」

「ピィー!」


 ピコは羽ばたいた、ジタバタしているように見えるが飛んでいる。


「よし!」


 俺は走った。ピコの目標となれるように。

 体に負担をかけないようなフォームと、呼吸法を駆使する。

 体力がないのはわかっているからこそ、継続して走ることを優先した。


 誰かが言っていた「歩くってのは『止まる』が『少ない』んだ」って。

 どういう意味かって? わかんないよ!

 とにかく止まらないほうがいいんだろ!


 後ろを振り返りながら走る。

 ピコは低空ながら羽ばたいてついてきている。えらいぞピコー!


 丘を登り、再度下るとき、はじめてピコに追い越された。

 風に乗り、未だ真っ白な体のピコが通り過ぎていく。

 飛んでいくピコを見て「ゴ、ゴミ袋みたいだな」と口走った俺には、詩人としての才能は無いんだろう。


「うおー! ピコすげーぞ! ハァハァ!」


 ピコは真っすぐ飛んでいく。飛び方を覚えたのかもしれない。

 今度は俺が追いかける側になった。


「くそ……いつまで走ればいいんだ」


 犬神さんとリンクスはまったく見えない。

 放置されたら終わるな。平原に一人野垂死ぬことは確定だ。


 ピコが途中にあった岩の上で待っている。

 追い付いたらそのまま追い越す。先に行かないとピコのためにならん。小さな親心だ。

 ペースを崩さず走る。思っていたより結構走れるもんだ。人間追い込まれるとすごい。


 しかしピコは確実の飛ぶのが上手くなってる。

 少し上空まで飛び立ち、滑空し加速していく。綺麗だ。

 たしか「飛天鳥」って種類だったな。

 天に飛び立ってから突き進んでいく飛び方はかっこいい。


 追いかけっこは一時間半ぐらい経過しただろうか。

 速度は落ちてるし足が痛い。走るといつも脇腹が痛くなるのに、ならなかったのはありがたい。


 小川を見つけたので休憩をすることにする。


「ハアハアハアハア」

「ピィー」


 あぁ、水が美味い。少し腹が減ったなぁ。

 ただこんなに走ると空腹感もよくわからなくなる。


 十分ぐらい休憩して再度走った。


(メロスは走った、友達を助けるために――メロスは走った)


 頭の中をリフレインする名作小説の一説。山は近づいたのか?


 二時間近く経過しただろうか。犬神さんはどこだ。

 先に山まで行ってるんじゃ。無理だぞ今日中に山まで着くなんて。


――――


 ザザザザザザ! 三時間ぐらい経過しただろうか。突然、リンクスが飛び出してたきた!

 ヘトヘトで意識が朦朧としていたのでまったく気づかなかった。


「バフ!」

「うわぁぁ!!」


 目の前に巨大な猛獣が現れたように見えた。

 驚きで腰が抜け、へたり込んでしまう。


「り、リンクス」

「バーフゥー」

「び、びっくり……させんな……よ」


 リンクスの後ろから犬神さんが現れた。


「なんじゃ、まだこんなとこかいの」

「犬神さん」

「ま、手は抜いておらんようだな」

「こ、こんなに走ったのは……初めてです」


 犬神さんはやれやれといった感じだ。


「まぁええ、飯にしよう。あそこの木まで行くぞ」


――――


「ほれ、食え」


 目の前には、芋とベーコンのような肉。


「これ、どこから持ってきたんですか?」

「あっちに村がある、そこで分けてもらった」


 指さした方向には何も見えない。向かってる山とは違う方向だった。

 三時間俺が走った間に、犬神さんとリンクスは村まで行き食料を購入し戻ってきたということだ。

 し、信じられない。どれだけ速く走れるんだ。


「な、なんでそんなに速いんですか?」

「鍛え方が違うわい、むしろなんでそんなに遅いんじゃ、病気か?」


 ひ、ひでえ、体力無いだけで病気扱いとかひどいです! イジメ発言!


「びょ、病気なわけないじゃないですか、健康です!」

「そうか、まぁ食え」

「いただきます」


 まずは芋を食べる。あれ? 美味いな。

 ベーコンも食べる。これもまた美味いな。

 クラーク村よりは劣るけど美味い。


「美味しいな~これ。王都とは大違いですね!」

「はっはっは、王都の飯はマズかったか」

「あれはひどいですよ! 村のご飯が美味かったから差に驚きましたね~」

「昔色々あって、贅沢を戒めておった時期があったからの」

「そうなんですか?」

「うむ、今は繁栄と安定を極めておるが、不安定だった時期もそれなりにあった。

 金の余った奴らが装飾品を買い漁り、絢爛豪華な家を建て、そして美食に走った」


 成金にありそうな話だ。


「それを嫌ったブライトが、贅沢を戒めたって話だ」

「へぇ~」


 犬神さんが思い出し笑いをした。


「それとの、面白い話があるんじゃ」

「なんですか?」

「ブライトのやつはの、とんでもない味オンチじゃったんじゃ、はっはっ」

「そうなんだ~、って犬神さんブライト王に会ったことあるんですか?」

「そりゃそうじゃ、むしろ友人じゃったよ」


 おお! 伝説の人を実際に知る人が!


「ど、どんな人だったんですか!」

「変な奴じゃったよ、そうじゃな~……」


 ワクワクする俺。


「続きは夜じゃな」

「ええー!」

「ほれ、休憩は終わりじゃ、進むぞ!」


 うまいこと『続きはWEBで』されちゃったよ。

 すごい気になるから、やる気出るけどさ~。


「そだ、ピコにもベーコンを」

「ちょっと待て」

「?」

「エサはワシがやろう、見ておれ」


 犬神さんはベーコンを右手に、ピコを左手に持った。


「名前はピコじゃったの」

「はい」


 犬神さんはピコを見て「これがエサじゃ」と囁いた。


「ピィ」

「ゆくぞ!」


 ベーコンを上空に放り投げる。

 間髪入れず、ピコも上空に軽く投げる。


「ピピピィィ!」


 戸惑いながらもピコはベーコンに向かって飛ぶ、が失敗。

 ベーコンは犬神さんの手の中へ。


「まだまだじゃの」


 ピコもキャッチ、優しく左手の平に。


「次行くぞ」


 同じようにピコとベーコン投げを繰り返し、五回目にして成功した。


「おおお! やった、すげぇ!」

「ふむ、上出来じゃな」


 美味そうにベーコンを食うピコ。


「小僧、今度からはお前がこれをやれ」

「わかりました」

「そういえばお前、名前はなんというんじゃったかの?」

「あ、アカイです。あれ犬神さんの名前は?」

「む! お前わしのこと知らんのか?」

「い、犬神さんとしか」

「シマーめ、あいつわしをただの犬じじいとしか紹介しておらんのか、ばかもんめ」

「ははは」


 たしかにじじいじじい言ってましたね。


「遅くなったが自己紹介してやろう。ワシはドルゼ村出身の、ゼツペ。

 犬神とも呼ばれることが多いが、いちばん有名なのは『風神』か『疾風』とも呼ばれておる」

「フウジン? シップウ?」


 風魔法でも使えるのかな? 


「それも知らんのか、世間知らずじゃの~」

「す、すいません。よく言われます」

「三大武派は知っておるか?」

「あ、聞きました!」


 コロッセウムでサブさんが教えてくれたな。


「たしか……『剛拳道』と『風神道』と、え?」

「はっはっは」

「ま、まさか」

「そうじゃ、わしが風神道始祖であり、初代武術大会勝者、疾風のゼツペじゃよ」


 実は超有名人が目の前にいました。

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