59話 王都最終日、犬神リベンジ

王都五日目最終日。日が昇るころに出発する約束をした。


 目が覚めたのは四時頃だろう。

 人間ってのは昂っていると、起きたい時間に絶対に起きる。

 遅刻する奴ってのは遅刻していいと思ってるんだろうってのが俺の持論だ。


 荷物は昨日のうちにまとめておいた。

 時間もあるので、みんなを起こさないようにコッソリとベッドを綺麗に整える。

 リーホ商店の二代目タルジの野郎はむかつくし二度と見たくない。

 ただ、いい宿だったのも事実。四泊したベッドに感謝しつつベッドメイキング。


 昔、『泊まる前より綺麗にしよう』ってボーイスカウトで習った。

 それは結構実践してるんだよね~。なんか心がすっきりするし。


 ガチャ


 ドアが開いた。誰だろう。


「ん? おお、アカイちゃんか。はやいな」

「あれ? リーダーも早いですね」

「へへ、ちょっとトイレにな」

「それはそれは。僕も行こうかな」

「ガハハ、落っこちるなよ~」


 トイレは共用で各階にある。

 俺は用を足して一階に。店主はもう起きていた。


「おはようございます」

「おはようございます、お早いですね」

「いや~目が覚めちゃって」

「コーヒーでも淹れましょうか?」

「あ~お願いします」


 慣れてきた酸っぱいコーヒー。

 それでも目が覚めるな。犬神さんと会うことイメージすると胃がキリキリする。

 さ~てなんて話すべきなんだろう。どう話してもダメな気もする。

 そもそもどんな人かもわからないしな~、情報不足は否めないよ。


 若者らしく、勢いでいくか~。小細工はやめて当たって砕けろだ。

 砕けるものも無いしな。仮に砕け散ったら設楽ちゃんに癒してもらおう。


 出発まで時間があるので、日課の『着火』二発。今日もいい感じ。

 そのあとは魔法ナイフを弄る。

 魔力籠めたり、軽く振ってみたり、刃の部分を見つめたりしてた。


「どうしたの? ナイフ見つめたりして」


 振り返ると設楽さんが立っていた。


「は、はや!」

「なによ」


 外を見ると太陽が出るか出ないか迷ってる時間だ。


「ど、どうしたのさ!?」

「私だって起きるときは起きるわよ」

「へ、へぇ」

「こっちの世界に来てから寝覚めいいのよ」

「――」


 えーっとボケかな?


「前は昼まで寝てたから。異世界に来て規則正しくなったわ」

「そ、そっか。やるじゃん」


 まぁ、マシにはなったってことね。褒めて伸ばそう。

 設楽さんと一緒に座ることにした。

 ささっと朝のコーヒーをだしてくれる店主。出来る人や~。


「相変わらずマズイわね」

「まぁ、無いよりマシだよね」

「は~牛乳欲しいわ」

「村には牛いないもんな~」

「さすがに牛乳買って買えるわけにはいかないし」

「冷蔵庫でもあればいいんだけどね~」


 ゆっくりしてるうちにリーダーと村長が降りてきた。


「そろそろ行くか、ほれ」


 リーダーはピコ入りのカバンを持ってきてくれた。


「あ、すんません」

「忘れ物はないか?」

「はい、大丈夫です」

「それじゃ~村長」

「ああ、行って来い」

「ガハハ~しゅっぱ~つ」


 お世話になった宿屋を後にした。


――――


 西九番地まで歩く。

 王都を東西に横断するブライトウェイを進む。

 日の光を背中に受け、心臓は高鳴りを増す。

 真っ直ぐな道は気持ちがいい。人はほとんど通っていない。馬車はそこそこ走っている。


「こんな早くにブライトウェイ歩くなんて久々だな~、へへへ」

「ピィ!」


 ピコが目覚めた様子だ。


「お、チビスケも起きたのか」

「ピィピィ!」


 お腹すいてる様子だ。干し肉を千切ってあげることにした。

 すげー勢いで食うな~。


「カバンに入るのもそろそろ限界だな」

「そうなんですよねぇ、今後どうしようか考え中です」

「ストライクバードに関しては情報収集する時間無かったもんな~」


 たしかに情報収集できなかったのは残念だ。どうにか育てていくしかない。

 シングルマザーの気分ってこんなだろうか? いやもっと大変だろうな。


 犬神さんが泊まってる宿までは一時間近くかかる。

 歩くのはいい。頭がすっきりする。

 リーダーはいつも通りの軽口だ。いや気を使ってくれてるんだろうな。

 ヘラヘラしてニヤニヤして酒ばっか飲んでるけど、仲間思いだ。


 街が動き出し始めるころに、九番地裏二区の宿「風見鶏の宿」についた。


――――


 「風見鶏の宿」、なかなかオシャレな宿だ。風見鶏が三体屋根にいる。


「さって、店主に確認してくるか」

「お願いします」


 緊張してきた。どう話せばいいんだ。むしろ何がしたいんだ。あぁおしっこもれそうだ。

 いっそ、犬神さんはもう出発していていませんでした! ってのが一番いいかもしれない。

 息が荒くなる。動悸も激しくなる。落ち着けと思えば思うほど深みにはまっていく。


「てい」

「イテ!」


 急に脇腹に痛みが走る。

 設楽さんのグーパンチが炸裂したらしい。


「な、なんだよ!」

「思いつめんでいい」


なんかキャラ違くね? 仙人みたいな口調だ。


「い、いや、だってさ」

「失敗しても何も失わないんだから気楽にやれば良い」

「お、おお」

「上手くいけばめっけもん。また因縁つけられたらぶん殴ってやる」

「あ、あの人強いよ?」

「知ったことじゃないわ」


 本当に殴り掛かっちまいそうだな。それはそれで面白いけど。

 想像したら笑えてきた。


「ぶはは、あ~少しすっきりしたよ。ありがとう」

「そう」

「でもグーパンじゃなくて良くね?」

「いいじゃない結果良ければ」

「ま、いいけどさ」


 なかなか出てこなくてモヤモヤしていたが気楽にいくことにした。しかし遅いな。


――――


 十分程経過しただろうか。リーダー一人で出てきた。


「待たせたな~」

「ど、どうでした?」

「いや~なんか渋ってたけど『わかった』ってさ。

 今日出発するらしくてよ、用意してから行くから待ってろってさ」


 宿屋の一階で待たせてもらうことにした。


――――


 更に十分後、犬神本人が降りてきた。

 昨日と変わらない格好だが、深緑の結構大きめのリュックを背負っている。

 山でも登れそうな装備だ。


「おう~遅かったな」

「ふん、朝っぱらから押しかけおって」

「す、すいません」


 押しかけたのは事実だしな、素直に謝っておこう。


「で、なんじゃ。話は昨日終わったじゃろう」

「えっと、その――」

「犬は家畜のように飼うことはできん、何度来ても同じじゃ」


 本当にそうなのだろうか。


「や、やってみないとわからないじゃないですか」

「無理じゃ」

「なぜ決めつけるんですか!」

「犬は人間の心を読む」

「心を読む?」

「そうだ、犬は非常に頭がいい。実際に見ればわかる。

 犬たちは人間の邪な心に敏感だ、後は隠し事をするやつもな」

「お、俺は犬を一方的に利用する気なんてないですよ!」


 犬神さんは溜息を一つ。


「ふう、わからんやっちゃ」


 犬神さんが立ち上がり、リュックを背負った。


「ま、まだ話は!」

「勘違いするな、押しかけでも客人だ。しっかり納得させてやる。行くぞ」

「ど、どこに」

「犬に会わせてやろう、実際に見ればわかる。いかにお前が浅はかなのか」


 犬神は立ち上がり、俺たち三人は急いでついていく。

 宿から出て風のように進む犬神さん。


 ふう、昨日よりは事態は進展したかな。だが実際に犬を見るのは少し怖い。

 心を読まれて、俺のあんなことやこんなことがばれてしまうのかもしれない。

 てか邪な心が全く無い奴なんて孫〇空じゃあるまいし無理だろ。


 リーダーが犬神さんにササっと追い付いて話しかける。


「おいおい、じいさん。あいつらに厳しいじゃねぇかよ」

「シマーよ。お前こそ甘いんじゃないのか?」

「じいさんには悪いけど、俺はあいつら信用してるからな~、へへへ」

「ふん、所詮お前も狩人よ」

「なんだぁ~? じいさん動物愛護にでも目覚めたのかよ?

 肉好きだったじゃねぇか? 歳食って食えなくなったか?」

「バカモン! 肉はわしの元気の源じゃ! 歯だってこんなに綺麗じゃ!」


 ニカっと歯を見せる犬神さん。

 そして追いかける運動不足の、俺と設楽さん。


「しかし……ひ弱じゃのこいつら」

「あ~、体力は無ぇな、ガハハ」


 あ、あんたらが速すぎるんだっつうの。足にターボでも積んでるんじゃねぇのか。


「ほれ、犬はもうすぐじゃ頑張れガキンチョども」

「はぁ、はぁ、はい」


 犬に会う前に俺たちはもうボロボロです。

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