60話 異世界でモフモフは最早テンプレなのか

疲労困憊な異世界人コンビは、やっとの思いで預り所についた。


「ここの預り所はワシの弟子が経営しとるからの、犬も預かってくれるんじゃ」

「はぁ、はぁ、へ、へぇ」

「ふん、軟弱者め」


 経営者っぽい人が、気づいて寄ってきた。


「おい、ラッソ」

「おはようございます、随分早いですね? もう出発ですか?」

「いや、このガキンチョ達がどうしても犬が見たいとうるさくての」

「おやおや」


 このラッソさん、すこし焼けていて引き締まった肉体のおっさんだ。サーファーっぽい。


「ど、どうも、アカイです」

「はは、ラッソだよ。水でも持ってこようかね」

「あ、ありがとうございます」


 犬神さんは呆れてるけど、ほっとこう。水飲みたい。

 いただいた水をグイッと飲んで落ち着いた。


「は~~! 生き返った! ありがとうございます」

「いえいえ」

「んじゃ行くぞ」


 預り所には、厩舎が二つあった。

 大きい厩舎と小さい厩舎。

 俺たちは小さい厩舎に向かう。


「臆病な馬だと、犬を怖がっちゃうんだよね~。だから分けてるんだ」


 小さい厩舎は犬用らしい。厩舎っていうか犬舎か。


 柵の鍵を開けて犬舎の中へ。

 薄暗い室内。息遣いを感じる。気配を感じる。眼光を感じる。


 藁のようなものの上に犬が横たわっていた。


「で、でか!」


 色はブラウンか。足元は白が混ざった感じだ。

 予想よりデカい。二人乗せても大丈夫であろうサイズだ。


 威圧感はあるんだけど……柴犬っぽくてかわいいな。

 寝起きだからかな? 優しい顔してるじゃねぇか。モフモフしたい。


「おはよう、起こして悪いな」


 当然のように犬神さんは犬をナデナデした。羨ましい。

 気持ちよそうにしてる。

 犬神さんが勝ち誇ったような顔でこっちを見た。


「どうじゃ」

「何がですか?」

「怖いじゃろ」

「全然」


 あれ、おかしいな? きょとんとしとるな。


「こ、怖くないのか?」

「なんで怖いんですか?」

「で、でかいぞ! 見ろ! この牙!」


 唇をグイッとひっぱって犬歯を見せる。

 犬歯は立派なんだけど、アホ面になってこりゃまた可愛い。


「いえ、可愛いですよ」

「なんじゃと……」

「ちょ~っと待ってもらえますか、設楽さん。ちょっと」


 犬小屋の隅っこに。


「怖い?」

「可愛い」

「だよね」

「眠そうなワンちゃん可愛い」


 ダメだこりゃ。この子は動物好きなんだな。


「ねえ、この世界って小型犬いないのかな?」

「いないみたいね」

「犬と密接な関係ないんだな~」


 俺は犬神さんのところに戻る。


「すいません、お待たせしました」

「あ、ああ」

「結論から言うと、全然怖くありません。僕も、彼女も」

「なんでじゃ!」

「なんでと言われても……ねぇ」

「かわいい~」


 ウキウキしてる設楽ちゃん。


「あ、あの~」

「なんじゃ」

「よかったら触ってもいいですか?」

「さ、触るじゃと!」

「おいおい、危なくねぇのか?」


 あれ、リーダーがビビってる? この世界だと犬は怖い動物なのかしら?

 いいや、多分大丈夫だ。俺、犬に懐かれるんだよね~。


「よっと」


 柵を越えて犬の横まで来た。流石にでけ~な~。


「名前とかあります?」

「う、うむ。リンクスじゃ」


 いい名前だな。


「よ~し、リンクス~、なでていいか~」

「ブフウゥ」


 ブサイクな鳴き声だな~それも可愛いけど。てかすげぇリラックス状態じゃねぇか。


「よしよし~」


 リンクスの頭を撫でた、自分自身が立ったまま犬の頭を撫でるなんて新鮮だわ。


「ブフ~ん」


 はは、気持ちよさそう。てかモッフモフ。むっちゃ気持ちい。

 よ~し、モフモフモフモフ~モフ~~ンモッフモッフ。


「はは~ウトウトしてきた~、よ~しモフモフフルコースだ~」


 さてどこにしようかな。流石に顔は怖いな。じゃれて噛みつかれたらタダじゃすまないし。

 あごの下は今は無理だしな。寝そべってるし。


 よ~しとっておきの場所をやってあげよう!


「ほりゃ~モフモフモフ~」


 俺は前足の付け根。人間でいうところの脇をモフモフしてあげた。


「ブフォ~~ン」

「お、おい、大丈夫なのか?」


 リーダーこれは驚いてるんじゃないですよ。気持ちいいんですよ。

 ここはワンちゃんには掻けないとこですからね~。


「バッバフ」


 うお! シッポブンブンしとる! 喜びの表現やん!

 でもデカすぎて危険だ! 風圧がこええ。


「わ、わたしもやりたいー」

「おいでおいで」


 設楽さんと一緒にモフモフ。

 ワンちゃんの気持ちよさそうなところをモフモフしまくる。


「リンクス~、気持ちいのか~、よかったな~」

「可愛い~気持ち~」

「バフウゥ~」


 異世界人と巨大犬の戯れは十分以上続いた。

 リーダーと犬神さんはポカーンとしてるね。ふはは犬好き異世界人なめるなよ。


 嬉しそうに起き上がったので、締めにあごの下をモフモフしてあげた。

 ガバっと口が開いた瞬間は少しビビった。デカいからな。


――――


「いや~~堪能したね~」

「モフモフ~」


 ちなみに後で聞いた話だと、山犬ってのは畏怖の象徴らしい。

 悪いことをした子供は、山犬に攫われて食べられちゃうっていうおとぎ話があるみたい。

 赤ずきんちゃんみたいな話だね。てことで人気がないみたい。


 さてどうしようかな。犬神さんは困惑してる模様だ。


「え~っとどうしましょうか」

「むむむ……」


 そもそも何しに来たか忘れちまいそうだよ。モフモフしてたらさ。


「ちょっと待ってくれ」


 犬神さんはリンクスの前に。


「リンクスよ、あいつは信用できるか?」

「バウ!」

「気持ちよかったから嘘ついてないな? よく見ろあいつの顔を」


 リンクスは俺を見つめる。キリっとした顔もカワイイな。


「バウバウ!」

「そうか……」


 犬神さんは戻ってきた。


「お前たちは信頼できるそうじゃ」

「おお! やったぁ! って犬神さん犬と喋れるんですか?」

「ある程度はな」


 犬神さんはバツが悪そうだ。


「すまんかった。ワシの真贋を見分ける眼も曇ったのぉ」

「いえ、こちらこそムキになってしまって」

「おまえさん、商人ぽいしのう。悪ガキのシマーと結託して悪いことでもやっておるのかと思ったわい」

「だ~れが悪ガキだ。ガハハ」

「そ、そんな理由だったんですか?」


 んじゃリーダーが悪いんじゃん。


「う~む、ストライクバードなんて飼っておるから確実じゃと思ったんだがなぁ」

「へ?」


 ストライクバード関係あるの?


「ストライクバード関係あるんですか?」

「大ありじゃ、あんな可哀そうなやつらおらんわい」

「で、でも狩りに使ったりするんですよね?」

「はっは、最近じゃ狩りにも使っておらん。そもそも王都のどこで狩りするんじゃ」


 あ、確かに。じゃぁ何のために。


「ストライクバードは美しいからの。富の象徴のように扱っておる」


 俺は一番地で出会ったストライクバードを二体持っていた貴族っぽい人を思い出す。

 確かに金がかかっていた。羽に汚れひとつなかった。狩りなんてしたことないのだろう。


「そ、それじゃぁストライクバードは」

「肥え太った商人達のコレクションじゃよ。美しさのみが評価されておる。

 ブライトも悲しんでおるだろうな」

「ブライト王が?」

「あやつは富の膨張を危惧しておった。溢れた金は邪なことに使われる。

 だからあいつは質素倹約をし、富める者は他に与えるように言っておったがな」


 ブライト王はまさに聖人君子だな。

 しかしまぁ王都も格差社会ってことか。日本と一緒じゃん。


「最近では、堕落した商人たちが溢れかえっておる。嘆かわしいことだ」


 この言葉を聞いてリーホ商店をすぐ思い出した。堕落って言葉はぴったりだ。

 少しシーンとした。リンクスが空気読まずバフバフうるさいけどな。 


「あぁ! そゆことかよ」

「どうしたんですか? リーダー」

「じいさん、アカイちゃんが金持ちだからストライクバード飼ってると思ってるな?」

「違うんかい?」

「ガハハ~、コイツの身なり見ろよ。どこが金持ちなんだよ?」


 俺の服は、なんちゃって神様ミックからもらった服だ。RPGでいうところの『冒険者の服』ってところかな。

 麻で出来たノーマルな服。お世辞にも高そうではない。


「むむ、まぁそうじゃな。はて? なんでストライクバードなんて飼っておるんだ?」

「ガハハ~そいつはな~――」


 ストライクバードの卵捕獲の経緯を説明した。

 俺的にはあれは黒歴史だから恥ずかしいんだけどな。

 リーダーも面白可笑しく話してやがるよ。話盛りすぎだよ。


「――ってわけよ」

「ぶふふ、なんじゃそりゃ。ダッサイ小僧じゃのう~」

「ガハハ~、アカイちゃんはまさに『石橋を叩きすぎて壊しちゃう』タイプだからな」

「間抜けなんじゃな、ぶはは」

「バウーン」


 う、うるせえやい。


「っま、悪い奴じゃねぇのは確かさ」

「そうじゃな」

「はは、ホッとしましたよ」


 犬神さんは少し神妙な顔をしてピコの入ってるカバンからピコを取り出した。


「ピィ~」

「このストライクバードも若いのに肥え太っておる」

「え」

「どうせ、ろくに狩りもさせておらんのだろう。

 こいつも王都のストライクバードのように狩りができなくなるぞ」


 うむむ、それは可哀そうだな。


「狩りをさせるなら山に入ったほうがええな」

「そうですね、村に帰ったら狩りさせてみます」


 ピコの野生を取り戻さねば!


 おもむろに犬神さんはリンクスの横に座った。


「犬が飼いたいと言っておったな」

「はい」「そうね」

「リンクスはやれぬ。こいつはもう歳じゃ」

「歳なんですね」

「気性も丸いじゃろ。本来犬はもっと気性が荒い」


 確かに、正直バカ犬に近いからな。それがまた可愛いんだけど。


「小僧、ワシについてくるか?」

「え」

「今日、犬の集落まで行く予定じゃ」

「きょ、今日ですか?」

「ワシは王都と周辺の村、犬の集落を点々としとる。たまたま今日帰る予定だっただけじゃ。

 集落に行けばおぬしを気に入る犬もいるかもしれん。まぁ、おぬし次第だ、保証はせん」


 ど、どうしよう。突然の提案に戸惑う。てか今日、王都を発つ予定なのに。

 「し」、設楽さんに相談しようと顔を見る。

 真っ直ぐな目だ。わかってるよ、「行け」ってことでしょ。


 優柔不断ですまんね。相談ってのはつまり、決めるのを迷ってるからだもんね。

 やることなんて決まっている。迷ったらGOだ。



「行きます」


 どうなるかはわからない。どこに行くか。どうやって行くか。村までどうやって帰るのか。

 何もわからないけど行くことを決めた。二回目の人生だからな少しチャレンジングにいこうじゃないの。

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