夏は竜を冷やすべし(学生時代)
「北国生まれの俺は暑いのが超苦手なんだよー」
カケルはそう言って、べろーんと机の上に伸びた。
軟体動物のようにふやけた彼を見下ろして、私は頬杖をつく。
暑いと言っても、ここは教室の中で、そこそこ空調が管理されている。屋外で真夏の炎天下の下という訳でもない。けれど、力なく横たわるカケルは、いつも以上にやる気がない様子だった。今からこんな調子だと、午後の授業は言うまでもないだろう。
私達は学生で、学生の本分は勉学にある。
けれどカケルは自分の本分はお昼寝にあると言って憚らない。
馬鹿じゃないの。
「もう駄目ぇー。死ぬー……」
男子の癖に情けない。
しかも、こいつは竜族だ。私とパートナーを組んでいる風竜である。
仮にもパートナーを組んでいる竜騎士の私には彼を管理する管理責任がある。腕組みして考え込む。長く伸ばした自慢のストロベリーブロンドの髪が一束、身体の前に落ちてきて、私はそれを軽く払いのけた。学年でも評判の有能にして勇敢なる美少女竜騎士とは、私のことだ。
「仕方ないわね」
私は魔法の一種である呪術で、手元のハンカチを濡らすと氷の術式で凍らせた。
氷枕のいっちょうあがりだ。
作った氷枕をぐったりしているカケルの首筋に当てる。
「ふおおぅ」
カケルが目を閉じたまま感嘆の吐息を漏らした。
どうやら気持ち良いらしい。
「冷やしてあげるから、ちょっとくらいは午後の授業を真面目に聞きなさいよ」
「頑張るー」
やる気のない返事を聞きながら、動かないカケルの額や耳の後ろを氷枕で撫でた。氷に接している手のひらがひんやりする。
段々、なんだか動物を撫でている気分になる。
ほえー、だの、ふえー、だの、カケルが変な鳴き声をあげるから余計にいけない。
カケルは男子の癖にむさ苦しくない。割合に清潔な格好をしていて物腰が柔らかい。しかし、行動は一般的な男子よりずっと動物的だ。突拍子もなく奇妙なことをしでかす。こいつはこういう生き物だと納得するしかない。
だからかしら。
総体的に見ると、結論として以下のような言葉が出てくる。
可愛い……。
私の感覚がおかしいのかしら。
おかしな行動には悩まされるけど、大抵実害はない。カケルの言動は無邪気そのもの。たまに、真面目に怒ったりするのも馬鹿らしくなる。なんだか可愛いのだ。行動や言葉の意味が分からないけれど、それもまた可愛い。
何なのこいつ。
教室の隅で繰り広げられているカケルとイヴの遣り取りを、同級生達は生暖かい目で見守る。
「ピンクオーラ出てるよ……」
「しいっ、突っ込むな……!」
二人の周囲には見ていて鳥肌が立ちそうな程、幸せな甘い雰囲気が立ち込めている。同級生達は突っ込みたい気持ちをグッとこらえた。
カケルは阿呆でも一応、竜族だ。
お昼寝上等な竜だが、例えそこらの道端で昼寝をしたとしてもお腹を出して寝たりはしない。竜は誇り高く警戒心の強い種族で、パートナー以外に急所を見せたりはしないのだ。
あのお昼寝大好きな風竜が無防備に首筋をさらすのは、パートナーの少女の前だけ。
一方のイヴは学年でも有名な優等生の女子生徒だ。
凛々しい表情で大股に歩く彼女は、普段は一種、近寄りがたい空気を放っている。触れれば切れそうな才気と気迫をまとう彼女の信奉者は多くても、積極的に話しかける猛者は限られる。
しかし今、お昼寝竜を氷枕で撫でるイヴの口元は緩みまくっていた。
気付いてない。
絶対にあいつら自分達がどんなオーラ出してるか気付いてないぞ。
同級生達は同じ教室だから目撃できる、非常にほのぼのとした光景を眺めて溜息をついた。
お昼寝大好き竜が下手に起きだすと大変な騒ぎが起きて、竜騎士の少女は眉を吊り上げて怒り出す。二人はよく喧嘩もしていた。それ故この平和で穏やかな光景が続くことを、彼等は願ってやまない。
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