俺がまだ実家にいた頃のクリスマスの夜(少年期)



 これはカケルの少年時代の頃のお話。

 事情があって彼は家出して遠い国へ行き、そこで運命のパートナーであるイヴと出会う。その家出する少し前の、ある冬の日のこと……。






 私の兄は「てんさい」だ。

 「てんさい」ってどういうものかは分からない。ただその言葉を話す大人達が嬉しそうなので、「てんさい」は甘い食べ物なのかもしれない。私が嬉しいのは甘いものを食べた時だから、きっとそうだ。

 けど兄は「てんさい」と言われると何故か困った顔をする。なんだか苦い顔をする。兄は甘い食べ物を好まないので、そのせいなのかもしれない。


 雪が沢山降ったある日の夜、兄は眠っていた私を起こして言った。


「見せたいものがあるんだ。こっちに来て」


 私達の寝る部屋は、大人は来ない。

 兄はいつも遅くまで起きて何かやっているようだが、私はいつも晩御飯を食べたらすぐに寝ている。

 その日も私は既に寝ていた。

 突然起こされて、目をこすりながら起き上がる。

 兄は月明かりで金色にも見える瞳を興奮で輝かせていた。


「ふっふっふー。驚くぞー」


 いったい何事だろうか。

 やたら楽しそうな兄について移動する。

 冷たい廊下をぺたぺた歩いて、小さな物置まで移動した。

 廊下は真っ暗で魔法の小さな明かりがところどころに灯されている。物置は光が無く暗かったが、廊下の光が差し込んで中の様子が少し見える。


 物置の中央に何か柱のようなものが立っている。

 なんだろうと思っていると、兄が後ろ手で扉を閉めて何も見えなくなった。


「暗いよう」

「ちょっと待って……」


 暗闇で兄が物置の中央に行って何かごそごそする。

 ぽっと光が灯った。


 私の背よりも少し高い空中に光が灯る。

 そこからキラキラと星屑のような光をこぼれ始めた。

 光のシャワーが頂点から降り注ぎ、なだらかなカーブを描いてスカートの裾のように床に着地する。脈動する光は次々と止まることなく流れ落ち続ける。


「すごーい!」


 きれいだなあ。

 光を纏った柱に近付いて触れてみようとする。

 手を伸ばしたが、光は手をすり抜けて床に落ちていった。残念、星を捕まえられる気がしたのに。


「……旧世界でクリスマスツリーっていうんだ、これ。この間本で読んで再現してみたくなった」


 兄の言っていることは難しくてよく分からない。


「クリスマスツリー?」

「うん。父さんに頼んで、木の置物に設置型術式を仕込んでもらった。術式は僕が考えたんだよ」

「ふーん?」


 首を傾げる。

 父は兄には優しくする。私が何を言っていても無視するのに。兄が「てんさい」だからかもしれない。兄はとても甘くてふわふわして、優しいから。

 私だけにクリスマスツリーを見せてくれた。

 大人には内緒の、二人だけの秘密の時間。


「おほしさまー」


 光のシャワーが良く見えるように、クリスマスツリーに近寄って、床に寝転んで見上げる。視界が光で埋め尽くされて、私は満足する。


「ああっ、床に転がったら汚れちゃうよフウカ! ここ埃だらけなのに!」

「へーき」

「平気じゃないって! それにこのクリスマスツリー、一時間くらいで光が消えちゃうんだよ」

「へーき」

「……僕の話聞いてないだろう」


 兄が肩を落とす。しかし、やっぱり私を無理に起こそうとしない。兄はとても優しいのだ。

 寝転んで光を見上げている私の側まで近寄ると、腰を落としてツリーを見上げる。

 私が起きるまで待ってくれるつもりらしい。


「仕方ないなぁ」


 とかぶつぶつ言っているが、その横顔は穏やかだった。


 ちらちら、キラキラと光の粒が私達を取り囲んで踊る。


 本当はこのクリスマスツリーの光が一時間程度で消えてしまうことは、私にも分かってる。けど、まだそのことは考えたくない。

 このままで。

 ずっとこのままで。


 いつまでもずっと私といてくれるよね……カケル兄様。



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