俺だって非日常に落とされたら

夜ノ帳

第1話 俺だって非日常に落とされたら

「出逢ったあの日からずっと好きだった!」

 愛の告白のはずなのに彼女は今にも泣きそうで、消え入りそうな声だ。自分の胸がとても熱く言いたいことも言えないくらい辛い。

「俺はッッ‼︎」

 ピピピピッ ピピピピッ ピピッ、ガッッ。

 夢か。

「ふあ〜あ、ヤバッ!今日は入学式なのに」

 バタンッ!勢いよくドアを閉める。

「行ってきまーす!」

 今日は高校生活初日だ。



 今年は例年にない大寒波で、3月も中旬に差し掛かるというのにまだまだ寒かった。

「合格者発表の時間になりました。みなさん一歩下がってください。」

 高校の先生と思われる人物が長い長い垂れ幕を取りさった。

「えーっと、1371、1371っと……あった…!」

 自分の学力では受かることはほとんど分かっていたが、それでもやはり嬉しい。待ってろよ!俺の高校ライフ!!


「えー、50年に1度とも言われた大寒波も和らぎ爽やかな春の風が私達を暖かく迎え入れてくれました………」

 新入生代表の挨拶も終わり各々教室に戻っていく。

「入学式はどうでしたか?まずは自己紹介から始めましょうか。足立さんからお願いね」

 入学したての俺を安心させてくれる穏やかな声で駿河教諭は言った。

 最初はいきなり声を掛けてくれる美少女などの淡い期待を描いたが、それもなさそうだな。

「次、べに君ね」

 ガタッ、

「は、はい!紅 あしゃむですッッ!境第五中からきました。よろしくお願いしま…す」

「ふふっ、はい、あしゃむ君ありがとう。次、間宮さん…」

 クスクス、という声がクラスのいたるところから聞こえた。いきなり噛むなんて、すごいダサいな……。

「えっと、あさむくん?私、りん。よろしくね」

 この世の全ての混沌をかき消すかのような声。

「こッ!こちらこそよろしく!」

「私も緊張して噛みそうになったんだ、仲間だね。えへへ♪」

「う、うん」え?なにこの子、天使デスカ??

 突然すぎる出来事に思考回路を停止させ、う、うん。しか言葉を紡げなかった自分を憎んだ。

「そこ、私語しない」と駿河教諭。

 天使との会話もここまでだ。

「これで全員終わったかしら、これから1年間みんな仲良く実りのある1年にしましょう」

 どこかで聞いたようなテンプレ台詞を言って今日の学校の終わりを告げた。俺も帰るかな、と思ったその刹那、後ろからの声に振り向いた。

「よう!一緒に帰らないか?俺は一茶、よろしくな、

 最後の一言には俺をあざける笑いが含まれている様に感じた。俺はそれにいちいち反応してやるほど人が出来てない、さっと立ち上がり教室を出ようとした。

「ごめん、ちょ、ちょっと待って!!怒らせるつもりはなかったんだ。朝夢!」

 パンッと合わせた両手と申し訳なさそうに焦ってる顔から謝る気があるのがわかった。

「はぁ、まぁいいや。お前の名前なんだっけ???だっけか」

「お前!それはないわ〜」

『クッッ、ハハハハ』

 最初は躓きもしたが、なんとかなりそうだ。だがそれが絶対的な間違いだったと知るのはそう遠くない未来である。って言っておくとドラマの引きみたいでかっこいいから言って見た俺だった。



「ねぇ、朝夢君?」

 それは大草原を駆け抜ける爽やかな風の様な声で、俺を微睡まどろみのなかから引きずり出してくれた。え?何故そんなに眠いのかって?そう!昨日は俺の好きな声優がラジオを……

「あーさーむーくん!」

「ん、ああおはよう」

「おはようって…まぁいいや、部活なにやるか決めた?」

 流石の多寺たじもあきれ顔で言う。多寺はあきれ顔でも可愛いな。

「いや、特には」

「え!?決めてないのはお前くらいだぞ‼︎」

 と、一茶いっさ。その言葉を聞こえてないみたいに

「多寺はどこにしたの?」

 と聞いた。

「茶道部。もし入るところに悩んだらうちの部に来てね」

 それはもうとびきりの笑顔で、思わず顔が赤くなる。

 もう、これは茶道部かな?いやいやそれも捨てがたいが、

「そっか、んじゃ今日あたり見学に行ってくるよ」



 部活か、中学はテニスしてたなぁ。よくうまくもないのに3年続けられたなと思う。そんなこんなで

「ん〜っと」

 これで大体回ったかな、そう言えば旧校舎の方は見てないな。行ってみるか。



 そこには明らかに古ぼけた教室があり、それは異様な妖気に包まれていた。教室のドアのところには<パン研>とだけ書かれている。

 少し気になり、いや正直言うとかなり気になった。何故こんなにも気になるのかはわからないが。恐る恐るドアを開ける。

 ガララッ、

「あのぉ。」

 息を飲んだ。

 そこは旧校舎とは思えない空間だった。古ぼけた外装とは裏腹に綺麗にされた教室、中には小洒落た小物なんかも置いてあって〈部室〉とカテゴライズするより一種、スタ○やタ○ーズといったカフェの様な部屋だった。そして、その部室?には2人いた。

 1人は紅茶を注いでいるおっとりふわふわとした人と、凛然と椅子に座り注がれた紅茶を飲んでいるザ・大和撫子みたいな人。その2人共がカフェじみたそのオシャレ空間に適応していて、その場に居る自分が場違いな気さえした。

「おお〜!新入部員が!やっと1人…」

 と、嬉しさと安堵の混じった様な声で座って居る方が言った。

「よかったね、零ちゃん」

 と、ふわふわさん。(いや、そんな某テレビ番組の物作りを楽しむおじさんみたいな名前じゃないが)

 ニコッと笑い合う2人、それから前々から決めていたのでは?と思うくらいに息ぴったりに、

「ようこそ!パン研へ!」

 と、言うのだった。


「私は阿瑠久あるく れい。3年生で、この部の部長だ。よろしく!」

 すごく惹きつける声だと思った。この人について行けば万事なんとかなると思わせるほどに。

「こっちは老鴉ろうや 胡桃くるみ

「よろしくね。同じく3年生よ。一応副部長ってことになるのかしら?」

 と、ゆっくりと言った。

「あ、いやでもまだ入るって決めたわけでは無いんです。ここがなにをするところかすらわかってませんし」

 そうだ、場の空気で流されそうになったが、なに部もわからない部に高校生活を捧げるわけにはいかない。危ない危ないと胸を撫でた。

「そうか…」

 と新しいおもちゃを買えなかった子供のような落胆を部長は見せた

「あのね、この部見ての通り2人しかいないからもし君がはいってくれないと部活とすら認めてもらえなくてね…。でも君が入ってくれたら一応部として認めてくれるの!だからお願い!」

 副部長はまるで捨て猫を飼ってと親に頼む子の様に切実に、だけど主人公を誘惑するあざと可愛いライバルヒロインみたいな甘えめいた声色で言った。

 うーん、それを言われると辛い、けど俺には茶道部という選択肢も…でもダメだ。何故か断れない。この副部長のふわぽよな空気がそうさせるのか。強い態度に出られない。

「はい、入ります」

 まぁ、いいか。最悪、幽霊部員という手があるし。なかば諦める感じで承諾した。

「おお!はいってくれるか、ありがとう‼︎」

 喜びからか部長は俺の手を強く握った。

 いやまじ、そういうの知り合って間もない男子にやっちゃダメですよ⁉︎柔らかいし手の温度がッ!なんか髪のいい匂いまでするし‼︎美人が俺の手を握るなんてシチュ初めてだから惚れるかと思った…


「んで、結局ここ 何する部活なんです?」

 少し息を整えながら問う。

「何部だと思うね?」

 と、ニヤと得意げに零部長は俺に問う。

「パン研だから紅茶に似合うパンでもこねるんですか??」

 自分で言っておいてなんだが、この部室にはそれらしきものは全く無いので見当違いなことを言ってるのはわかるが、パン研と言う部の名前とオシャレな部室をキーとして読み解くにはこれが限界だ。

「ぶー、違います」

 指でばつじるしを作りながら胡桃先輩は言う。ちっ、可愛いかよ。

「パンデミック研究部、略してパン研だ」

「パンデミック?」

 と、つい間抜けな声で答えてしまった。

 そうすると、よし説明してあげよう!とキラキラした目で零部長はこちらを見た。なんとなくしまったと思った。


「パンデミックっていうと、確か<感染>とかって意味ですよね。」

 15年間の自分の知識から探るように言葉を紡いだ。

「そう、正確には伝染病や感染症といった意味だ」

「えっと、それじゃこの部はなんか病気の研究でもしてるんですか?」

「そう、焦るな」

 説明したくて仕方ないのを我慢して冷静を保っているといった表情だったので、少し黙り聞き役に徹することにする。

「この世には2種類の人間がいる。感染させるものと感染するもの。この2つを感染源〈pandemic core〉と感染者〈pandemii〉と呼称している。そして感染者とは一般人、感染源とは自分の症状を相手に感染させることができる。さらに…」

「いや、ちょっっ!ちょっと待って下さい!」

 説明を続ける部長から強引に話を切った。これ以上はついていけないと思った。まさかのだったのだから。

「さては、信じてないな?」

 と、零部長。続けて胡桃先輩が上目遣いで

「信じてくれないの??」

 と言う。何故かこの人の頼みにはノーと言えない。目をそらすことも見続けることもできず、完全に目が泳いでいる。

「はい、信じます」

 まるで、身体を支配されている様な感覚だ。

「今、君に胡桃の症状が感染した。胡桃はコアで《甘えプリーズ》と言う症状を持つ。胡桃に頼まれると感染し、その頼みを断れなくなる」

 これで、信じたろう?と言いたげな顔でこちらを見る零部長。

「いやこれだけで信じるのは流石に…。」

 実際は全く身体が言うことをきかないので若干信じ始めている。ごめんね。と手を合わせ胡桃先輩が謝ってきた。うん、余裕で許しちゃうんだけどね…!?

「さらに、私もコアだ。どんな症状かわかるかね?」

「いいえ、皆目見当もつきません」

 全くわからないので答えを催促する様に言った。

「では話を変えよう。何故こんなところに来た?ただでさえ旧校舎でさらにはこんな古ぼけた外観の教室に」

「なんとなく気になって、気づいたらドアの前まで来て、さらには開けていました」

「そう、そのなんとなくや気づいたらが私の症状だ。《求心アトラクト》と呼んでいるよ」

 どうしても話したい秘密を共有できる友ができた様な少し悪めいた笑みで言う。

「えーと、さっき胡桃先輩の症状は頼まれると発動し絶対断れないと言っていましたよね?なら零部長のトリガーはなんですか?俺は頼まれてもなければ会ったのも今が初めてなんですが…」

「おお!君はなかなか勘が鋭いな。私は全校生徒にある条件付きで感染させた。そしたらまんまと君が感染したんだ。」

 高級そうなお茶菓子を少しかじり、得意げに説明した。

「わ〜、それ美味しそう。私にもちょうだい♪」

 甘え口調で言う胡桃先輩をダメだの三文字で一蹴し、説明を続ける。

「ある条件と言うのは、コアである事 という条件だ。」「え?いつ全校生徒に?」「はぁ。君は集会中寝てたのか?」

 そういえば聞き覚えのある声だな。えっと…確か。

「生徒会長ですか!?」「そうだ。馬鹿者め。在校生代表挨拶ぐらい聞いておけ。」「はい、すみません」

 だが、それなら俺はコアってことか。ふむふむ、あれ?でもそれ以前に俺は…?まさか!?

「じゃあ俺は零部長の症状でここに来て、胡桃先輩の症状で無理やりいれられたってことですか??!」

「まぁ、そういうことになるな。でもまず波長が合わなければ感染はしない。しかも君は特異なんだ。」

「そうですか。では特異ってどういうことですか?」

 なんとなく丸め込まれた気もするが、話を聞くことにした。

「コアであるものが他のコアの症状に冒されることはないんだ。つまり、君はコアでありながら感染者でもあるんだ。」

 そうですか。と胡桃先輩が淹れてくれた紅茶を飲みながらいう。確かにさっきクッキーだかなんだかを欲しいと言った胡桃先輩にダメと、零部長はいっていた。

「あ、なら俺の症状ってなんですか??」

「君の症状は《消去デリート》のはずだ」

「《消去》??それも、はずって…?」

「それを説明するにはもっと前から言わなければならない。まだ私が2年生の時……」

 零部長は、順を追って説明した。まず零部長がまだ《求心》を得る前、《予知プリディクション》を持つコアに症状を感染させられたそう。その時見た光景は2つ。1つは生徒会長になっていること。そして、もう1つはある問題を解決すべく《消去》を持つものが現れること。

「ある問題ってなんですか?」

「その問題と言うのは最近、校内で暴走するコアが何名かいる。そこで、君の《消去》の出番というわけだ。君の症状は感染した者のコアを消すという症状だ。《予知》にかかったときに全て見た。ただ…」

 重苦しい息を吐く。どうしたのだろう?

「ただ…?」

「トリガーが厄介でな、心…なんだ。つまり相手に惚れさせないといけない」

 ほほう、なるほど。校内でコアなのを良いことに悪さする奴らの症状を消すのが役割なのか、モテモテになれと…。ええと、モテるってなんだっけ。恋に落とす。好きにならせる…。

「いや無理ですよ!!」

「まぁそうなることはわかっていたが、君には暴走コア達を落としてもらう、そしてやつらの心を奪ってミッションコンプリートだ!」

 グッと親指を立ててパチン!とウィンクをした。そのかっこかわいいを我が物にする零部長のポーズがやけに憎たらしく感じた。

「はあぁあぁぁぁああ!!?」


 放課の終了を告げるチャイムがなり、俺も学校を後にする。じゃあ早速明日から部活開始だ!と言われ胡桃先輩にまた明日♪と念を押され、仕方なくもその無理難題に付き合わされるハメになった。

 そう言えば、さっきなんで深いため息なんで部長はついたんだ?………ハッと気付いたときには自分の自信が完全に砂になっていた。もともと大した自信なんてないんだが…。


 桜の季節も終わり、アジサイなどが色をつけ始める季節。綺麗な夕立を見ながら家に着く。

「ただいまー」

「あ、おかえり。お兄ちゃん」

 聞き馴染んだ声がする。妹は普通に可愛い。変な意味じゃないが、中3にもなるというのに、反抗期の片鱗すら見せないし、勉強で分からない所があれば、教えて。と兄を頼ってくれるいい子だ。

 両親は共働き、さらに出張や転勤も多く中々帰ってこない。なので妹と家事を分担している。

 料理は俺の当番。今日の献立はビーフストロガノフとポテトサラダ。毎日やっていると上達するもので、今では中々凝ったものも作れるようになった。

『いただきまーす』

「んん〜♪お兄ちゃんの料理はいつも美味しいね!」

 と、食べてくれる妹がめちゃ愛おしい。

 これが普通。モテない普通の男子高校生に女子を落とせとか無茶言わない。

「お兄ちゃん、どしたの??少し元気ない…?」

「ん、あぁ、まぁな」

 これも兄妹の絆のなせるものなのか。妹は結構鋭い。

「ごちそうさま。食器は洗っておくから、お風呂。お兄ちゃん先入っていいよ」

「ありがとう。んじゃお言葉に甘えて」


「はあぁあ〜〜」

 湯舟に浮くアヒルをグワグワと押しながら疲れを貯めに貯めた溜め息をつく。本当にここまで普通の日常に戻されると学校での事が嘘みたいに思えてくる。でもあれは現実で俺には《消去》とかいう能力があるらしい。う〜ん。のぼせて来た。出るか。

 もう寝よう。そして起きたら全部嘘になればいいのに…。


「私は、あなたが好きなのに…!」

 うつむいている君は必死に忘却の深奥から記憶を引っ張っているみたいだ。何故そんなにも悲しい声で言うのだろう。今に泣き出しそうなのはなんで?教えてくれ。

「ちゃん…お兄ーーーちゃんってば!」

 ハッ。またあの夢か。

「おはよう涙」

「なにのんきにおはようとか言ってんの。高校生にもなって妹に起こされてるとか恥ずかしくないの?」

 ああ、わかってる。明日は1人で起きるさ。と適当に返事をした。昨日もそれ言ってたじゃん。とぶつくさ文句を言いながら降りていった。


 ああ、憂鬱だ。すぐに放課後は来てしまい、旧校舎1階の奥から2番目の教室に立っていた。夢じゃないよなぁ。と溜め息をつきドアを開ける。

 ガララッ。

「今日も来てくれたね。やる気があって結構、結構。それじゃ、部活といこうか」

 ふっ、と笑いが込み上げてきた。それが非日常に落とされた事によって、俺の心がキャパオーバーしてでたものなのかはわからない。ああ、もう!さらば俺の日常。


 感染源?恋愛攻略?かかってこいよ非日常。

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