#39
ラグレグって一匹だけだったのかな?
分からない。
でももう終わりで良いでしょ?
私たちは、何らたバスターなんかじゃないし、町の平和の為に立ち上がったわけでも無い。
ただ、私たちは命を守りたかったのだ。
たった一つの、見知らぬ命を。
屁女には真っ先に帰ってもらった。
屁女は具合が悪そうだった。疲労していた。悲しみに暮れていた。
彼女の悲しみは、もしかしたら、私の悲しみよりもずっと深かった。
彼女にまで死なれたら私の心が持たない……。
ここに残っている理由もないだろうから。廃屋でゆっくり休むようにと言って返した。
ツチニョロンにも帰ってもらった。
あいつは私が「帰って良いよ」と言うと「ハッ!」と驚いた様子で、いそいそ帰って行った。何なんだあいつは……。
とにかく、この調査が、みんなにとって存外な負担となってしまった。衰弱した妖怪たちにこれ以上無理をさせるのは良くない。危険だと思う。ラグレグという妖怪は、厄災を運ぶ、もしくは引き起こす妖怪なのだろう。岩男さんか、ツチニョロンが言っていた。そのラグレグを追っていた私たちに、厄災の分け前が与えられても不思議ではない。
そして、娘がああいう形で見つかってしまった今、まだ居ればの話だけど、無理をしてまで残りのラグレグを追う必要性も無くなった。復讐? 確かに、娘さんを死に至らしめた妖怪を放って置くのは後味が悪い。平和のため? 確かに。でも、意欲が湧かない。腑抜けになってしまったようだ。私は腑抜けになってしまった。休息を取ったら、復讐の炎は燃え上がるのだろうか? 正義は復活するのだろうか? それは、誰かにとって素晴らしいことなのだろうか?
そういうことで、屁女とツチニョロンには帰ってもらったのだった。
もしも必要なことがあればこちらから連絡するから、その時は協力して欲しいと伝えて、別れた。
ヒッキーと二人で、岩男の居る海岸に向かった。また二人に戻った。なかなか強固な腐れ縁だね。
岩男は岩場に座っていた。日が落ちているので、その姿は非常に見づらかった。私たちの報告を聞くと、彼は表情を変えずに頷いた。些細な動作でも、はらはらと僅かな粉塵が落ちた。
「残念なことだ。悲しいよ。本当に」岩男は言った。
「これからどうするんだよ?」ヒッキーが言った。
「いや、仕方ない。できることはやったさ」
「でも、このまま終わりで良いのかなあ。なんか忘れてるような気がするんだけど」
「そんなことはないさ」
「そうなのかなあ……」
「あんたがどうにかしてみれば良いじゃない」
「そう言われると困るなあ」
「まあ、あんたには、いたいけな女の子を廃ビルに引き留めるくらいしかできないもんね」
「そういう経験はないなあ」
「あるでしょクソ妖怪!」
「うーん」
「また何かあったら俺が何とかしてみせるさ。まあ、色々と上手く行かなかった部分もあるけど、まだ何も始まっちゃいないんだから」
「あそっか、岩男、戦争がどうとかって言ってたな」
「ああ……まあな」
「妖怪を集めて、戦争するんですか?」
私は、不安になり、聞いた。
「いや、奴らに対しての休戦交渉と、一般の妖怪たちへの避難誘導だ。でも、なかなか思った風には行かないものだな。俺なりに探し回ったが、どうやら、こういう仕事は向いていなかった」
確かに、向いていないだろうな。と、私は思った。
「じゃあ、どうするんですか?」
「方法はこれから考えるよ。ひきつき坊、おまえも一応、避難した方が良い。隣町にでも」
「でも、おいらはやっとのことでこの町に来たからさ。もう少し様子を見るよ」
「そうか」
「ねえ、私、何か手伝いましょうか? 私は人間だから、妖怪同士で戦争が起こっても影響薄そうだし」
「いや、もう充分だ。きみには本当に迷惑をかけたな。俺はあのとき、最初に会ったとき、ひきつき坊の気配を頼って、きみの前に現れただけなんだ。本来は人間を巻き込むつもりは無かったし、巻き込むべきではなかったんだよ」
「私は構わないですよ。だって、ピンチから助けてくれたんだし。それに、元々私は人間社会に順応できていない人間だから、こんなの迷惑だなんて考えてないです」
「ありがとう。でももう、本当に良いんだ。人間社会に順応できないからって、妖怪社会に順応してどうする? 妖怪の図鑑でも出すつもりか?」
「出したいけど私、美術の成績最低なんですよ」
岩男は少し笑って、もう話は終わりだという風に海の方を向いた。
私は思った。この人はただ、平穏な生活に戻りたいのだろう。
私は何か彼の役に立ちたかったが、何もせずに帰ることが岩男への最大の貢献なのかもしれない。そう考えると、胸がつっかえる思いだった。
「さようなら」
精一杯の努力で、私は言った。「さようなら」
「ああ」
岩男は言った。
「もう、二度と会うこともないだろうよ」
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