#36
南は、まだ葛藤しているみたいだった。
彼が結論を出す前に、私たちは三人で出陣した。
ツチニョロンによると、ラグレグのルートには一定の法則が有るらしい。
縦横無尽に歩きまわっているように見えても、かなりの確率で同じ場所を二度通るのだ。それは三度かもしれないし、もしかしたら四度かもしれない。あるいは、二度と通らないのかもしれなかった。
「なにそれ! 全然法則になってないじゃん!」
思わず声を荒げると、ツチニョロンは驚きの余り、しばし放心した。
可哀そうだけど、期待させた罰だ。
仕方なく、私たちはバス停で、ラグレグを目撃した場所に付いて確認し合った。
私が目撃したのは、実家近くの通りだった。そこまで戻るには駅を過ぎ、北の方へ。めちゃめちゃ遠いわけじゃないけど、面倒な距離だし、今は実家付近に近寄りたくない。あとは、これは確かじゃないんだけど、旅館の外。砂浜で目撃した。そこで待ってりゃいい気もするけど、不確かだし、第一の候補じゃないね。
引きつき坊は見たことが無かった。
ツチニョロンは目撃情報を握っていた。
さすが情報通!
「それで、それってどこなの?」
「んもも、森。あっ、っ、あっちの」
ツチニョロンは小っちゃいグミのような指で南西の方向を指差した。
「関係ないんだけど、ツチニョロンって本名?」
「ほ、ほんみょってぬ、ぬ、なんだ?」
「え、本名って何だろう……。ヒッキーは、ひきつき坊っていう名前なんだよね?」
「ああ。個々に名前があるのなんて人間か、人間に飼われた動物だけだろ」
「なんか核心を突いてきたね……。ツチニョロンがいるなら、ウミニョロンとか居そう」
「いっ、いない」
「そっか」
「たしか、い、いな……あ……ハッ!」
「いるの?」
「え、いない」
「それやっぱムカつくわ」
バスが来て、私たちラグレグ討伐三銃士はそれに乗り込んだ。
南の財布にしがみ付き続けた生活を続けるわけには行かない。
確かに私の両親は子供に無関心な親だ。帰りたいという気持ちは起きない。でも、自分に生活能力が無い以上は帰るしかない。おっさんと寝るなんて御免だしね。
それに、南の話が本当なら、警察に捜索願を出しているのだろうと思う。とりあえずの所、それくらいの愛はあるんだ。親の愛がそれ以上かそれ以下かなんてことは分からない。とにかく、私の存在が「無」ではないということだ。みんなそうだ。みんな、無ではない。
座席のバネは強力で、でこぼこ道ではボインボイン跳ねながら目的の駅を待った。私たちは無用の長物などではない。ボインボイン跳ねながら命がけの討伐に向かう。私たちは烏合の衆などではない。景色を眺め、無感想に。
車両の前に変な男がいた。私はそいつを、妖怪なんじゃないかと疑った。その理由はつまり、格好が変だったからだ。灰色をしたイスラムのチャドル的な格好をしたその男は、私たちが降りる前の駅で降りて行った。
その先。こんな奥地まで乗るバカは、私たちと運転手だけだった。ルートとして仕方なく作られた停留所なんだ。
ツチニョロンの言う「あっちの森」についた。私が知っているこの森の名称は、「ゴリラ地帯」だった。小学校の頃、この辺でゴリラが出たと言う噂が出回ったのだ。小学生の間で。
有り難いことに、ゴリラ地帯にゴリラはいなかった。それどころか、かなり良質のフィルターを通して見たら、ジブリ的な生命の神秘を感じることが出来そうな気がする。
小学校の頃に遠足に来たかもしれない。うーん。ここじゃなかったっけ?
私が思い出を引っ張り出そうと苦心していると、ツチニョロンはズンズンと歩いて行った。短く肉々しい焼いたら美味しいかもしれない足では、ズンズン行かれても大した差は開かない。しかし、案外先導的な性格しているのかもしれない。いや、何も考えてないだけか。
ツチニョロンはヘコヘコと歩き進め、完全に『立入禁止』と書かれた看板を通過して森の中に踏み入った。お化けにゃ立入禁止もなんにもない。
どんぐりが落ちている。ツチニョロンは、どんぐりには興味ないみたいだ。私は枯葉に隠れた根っこの罠を警戒しつつ、こんなところにあのラグレグが出て来たら失神するんじゃないかと心配に思った。
木々はうねり、小鳥のさえずりも無く、自分と妖怪の足音がノミの鼓動を早めた。
私、この森の奥に捨てられるんじゃないかしら、と心配になって来たときに、開けた場所に出た。
この場所も、地主が何か建設しようとして更地にしたのではないかという気がする。この土地は、景気の良い時代に様々な事業が計画され、その後頓挫したのだ。温泉街も拡大される予定だったし、観光地として大きく栄えている予定だった。遊園地も水族館も発電所も道路建設も競艇場の建設も頓挫した。私が知らないだけで、もっと色々あったのかもしれない。
そしてこの場所も、それと同じような臭いがした。突然現れた茶色い土は明らかに盛られていて、その横にはトラック一台分通れそうな道が引っ付いている。この道がどこまで続いているのかは分からない。道も土台も、茶色い草がポツポツと生えている。
あちこちに点在する誰も降りないバス停も、そんな一時の夢の遺物だ。
「ここにラグレグが来るの?」
「くる。く……くる。たぶんな」
「やっぱり多分なんだ」
「く、来なくても、も、大丈夫」
「大丈夫?」
「お、おう。来そうなとこ、いっぱいある」
「いっぱいって……どれくらい?」
「は、八十か所」
「そんなことがあるものか!」
動揺のあまり、おかしなセリフを発してしまった。
八十か所も回ってたら……全部回るとしたら……何日かかるものなのだろう……。
「八十か所がどうしたって? なんでツチニョロンが失神してるんだ?」
「ラグレグが出る候補が八十か所もあるんだって……」
「じゃあ八十か所行けばいいじゃねえか」
「何日かかんのよ。人間はそんな悠長に生きられないんだから」
「あそっか。人間ってすぐ死んじゃうもんな」
引きつき坊にそう言われて、どうして妖怪はこうも無神経なんだろうと頭に来た。そりゃ、あんたらに比べたらすぐ死ぬさ!
しかし、この前自分がハムスターを見ながら同じようなセリフを言ったことを思い出して反省した。知らず知らずの内に、私も無神経な発言をハムスターに向かってしていたんだ。気を付けなきゃ。
「すぐ死ぬってことはないけどね」
「ころっと死ぬじゃねえか」
このクソ妖怪めぇ~。
「あんたみたいに誰かに引っ付きながら何百年も生きたってしょうがないわ!」
「しょうがなくはねえぞ」
「何がしょうがなく無いってのよ」
「何がって言われてもな……。お前はどうなんだ?」
「どうって?」
「お前が生きてるのには何か特別な理由があるのか?」
「何さっきから哲学的なこと言い出してんだ! 私は、これからそれを見つけるんだよ多分」
「おいらはそんな奴らをいっぱい見て来たぞ。これから考える。これから頑張る。これから良くなる。これから何とかする。だけどそいつらは、これから何とかすると思いながら死んで行くんだ。人間ってのはそういう生き物なんだぞ」
「くっそ~、本気出しやがって……。長く生きてるからってね、人間のこと全部理解した気にならないでよね! 人間にはいろんな生き方があるんだから!」
「でも、たった一個のことも達成出来ねえじゃねえか」
「こうなりゃ力比べじゃ!」
意識を取り戻したツチニョロンが、激昂している私の尻を突っついた。
「ちょ、しっしっ! 今ヒッキーと雌雄を……」
「い、いるぞ」
「分かったから。あんたはどう思うの?」
「ぬ、ぬ、なにがだ」
「人間の生き様について」
「う、わ、分からない。く、興味、な、ない」
「あんたは道に落ちてる物じーっと見てるだけで良いの? それで本望なの?」
「ん、ん、他になにすんだ?」
「遊んだり、勉強したり?」
「ああ、人間は遊んでばっかだもんな。余計な知識ばっか溜め込んで、良くやるぜ」
「あんたは黙っててよ。私はツチニョロンと話してるんだから」
ツチニョロンが私の太腿をペチペチ叩いた。
「なになに」
「い、いるぞ」
「分かってるって」
「あ、いるじゃねえか」
「なに? 二人して……」
私は、自分が何かに気付いたような気がして、背骨にツララが刺さる思いがした。
振り向いた。
おお……居た。
あの時以来だ。あの悲劇を目撃した時以来の……。
そこにはラグレグが居た。
実際に見てみると、全く、おはぎとは似ても似つかなかった。
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