#33

 愛されたい。愛されたいものだ。愛されたくない人間というのは、愛で腹いっぱいなのか、もしくは、愛に深い恨みを持つ人間だ。しかしそんな人間でも、自分好みの愛に出会った途端、嘘みたいに愛を信仰する。そういうものなのだ。


 岩男はその日の明け方、まだ真っ暗な海岸をのっしのっしと歩いていた。

 彼の計画は、最初に思っていたものと随分かけ離れてしまっていた。

 当初は、とにかく人数を集めて、北欧妖怪かエリート妖怪に掛け合う予定だった。戦争を止めて、話し合いで解決しましょうと。交渉しようと思っていた。しかしそれは、元々困難な方法ではあった。困難であっても、他に何も策が無いのだ。昔見た、あの光景。ねぐらを追われ、ほうほうの体で逃げ出してきたトラウマが、勝算無き策を強行させた。

 しかし……やはりと言うか……その強硬策は棚上げされた。思ったよりも人数が集まらなかったからだ。それだけではない。エリート妖怪の集団は、山に据えていた寝床を町に移した。岩男が、おいそれと近付ける状況では無くなってしまったのだ。

 不毛。不毛だった。他に何が出来る? やれるだけの事はやった。しかし、できないことの方が多いのが現実だ。俺は岩の上に座るだけの男だった。そうやって、今まで生きてきたのさ。


 岩男の足跡は、いちいち波に消された。波の方は必死だった。妖怪なんかに浜辺を歩かれちゃ敵わないのかもしれない。

 引きこもりがちの妖怪たちにとって、今回の救出劇は少々荷が重かった。

 そっちの方に手一杯で、妖怪大戦争の休戦交渉にまで手が回らない。もう、地元の妖怪たちの退避の算段を考えた方が良いのだろうか? どちらにしろ、決断すべき時は迫って来ている。季節が教えてくれる。風は、日に日に冷たくなった。

 今日を乗り切れるかどうかだ。

 岩男は祈った。

 急ごしらえの仲間たちが、全員無事でありますように。

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