#9


 倒壊寸前の民家に帰って来たときにも、ペッチペチ娘の姿は無かった。


 ペッチペチの母はまた家を出て、町に下りた。デパートに遊びに行ったのだろうということは想像できたが、こんなに遅くなることはそうそう無い。数年前に遅くなったときは、娘は一人、民家のクリスマスイルミネーションに見とれていた。とかく、妖怪の子供は時間の感覚を失いやすいものなのだ。


 母さんはデパートに向かって歩き出した。娘の近くまで行けば、自然と気配を感じることができる。ペチペチ音で応答を待つこともできる。この町の夜は、駅前の繁華街にでも行かない限りは濃く長い闇が続く。

 大きく欠けた月が山の上に出ている。高い建物がほとんど無いので、どこからでもその月を眺めることが出来る。月は神秘を纏っていた。月の大きな時には力漲る気にもなって、ペチペチ音もいつもより良く鳴り響くものだ。

 ゆっくりゆっくり、母さんは歩いた。途中疲れてしまい、信号で停まっていた人間のおじさんが運転する自転車の後ろに座って、勝手に運んでもらった。

 駅に近付くにつれ、街灯が増え、建物が増え、星空は黒く染まり、月は鈍く曇った。


 もうデパートは閉まっている、近くの公園にでも居るのだろうと、ペッチペチの母は思った。それか、繁華街で迷子になっているのかもしれないけど。


 先ず公園に行くと、娘はそこに居た。デパート近くの小さな公園だ。そこで、ベンチに寝転がった女妖怪のことをじっと見下ろして、たまにさすったりしていた。


「おっかー」


 娘は、母さんを見ると大きく手を振った。「来て来て」


「どないしたと?」

「お姉ちゃんが動かんくなっちゃった」


 それで母さんは、その女妖怪の様子を覗き見た。随分衰弱しているようだ。


「この人、ここに倒れてたのかね?」

「違うよ。遊んでたの。遊んでたらさあ、お姉ちゃんがさあ、何回もおならをしてたんだけどさあ、それで面白くて、笑ってたんだけどさあ、なんだか途中で、屁が弱くなるのと一緒に弱って行ったんよ」

「そりゃそうよ。屁っこき女って言っても、そんなに何べんもしたらいかん」

「そうなの?」


 娘は心配そうに、屁女の腹をさすっていた。女の顔は公園のライトを浴びて、青白く、不健康に見えた。


「今日は公園でねるー」娘が言った。


 母さんは同意した。どうせ帰ったって、取り壊し寸前の廃屋。公園と何も変わらない。

 具合が悪いにしても、どうやら、屁女は安らかに眠っているようだった。

 二人はエンヤコラと屁女を担ぎ、屋根つきベンチまで運んで、枯葉をかけてやった。


「大丈夫。一晩眠ったら元気になるわーね」


 しかし、うーん……。ペッチペチの母は思った。屁をこき過ぎたくらいで、ここまで衰弱してしまうのは普通ではない。不穏なものを感じていた。やはりあの、嫌な予感は実を伴っているのだろうか。

 多分、この公園も安全ではなくなるだろう。もしくは、既に安全ではないのかしら。

 娘を見失って辺りを見回すと、滑り台の上から手を振っていた。母さんは手を振り返した。


 黒い塊が、その公園の前を通り過ぎた。

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