涼宮ハルヒの夢空間

結崎ミリ

涼宮ハルヒの夢空間

閉鎖空間。


なにもかも灰色に染まった世界。俺たち以外に誰もおらず、かつ静寂に包まれた現実と隔離された別空間。

俺がこの空間にくることはまずない、そう思いたいところではあるが二度ほど来たことはあった。

一度目は古泉が超能力者だという証拠を見せる為に連れてこられた。二度目は……あまり思い出したくはないがハルヒと一緒だった。

そして三度目。

今回も古泉に連れてこられた。だが今回は閉鎖空間ができた場所にたまたま俺がいた、ということらしい。

「まさかあなたがあの場所にいようとは。機関としては閉鎖空間に関する事象についてはあなたを危険に巻き込まないよう立ち回っていたつもりなのですが、全く、困ったものです」

「おい」

「なんでしょうか?」

「つまりあれか、俺が今ここでお前と話しているのも、この場所に入り込んだのも、偶然ってことなんだな」

「そう言ったつもりなのですがね、ついでに言いますと、どなたかを含めての閉鎖空間への侵入にはそれなりの意識をもって行わないと不可能なのですよ」

神妙な表情を数秒見せた後、

「もっとも、無意識に僕があなたを必要としていた、ということも考えられますが」

「お前の説明はわかりにくい。というか顔を近づけるな、気持ち悪い」

肩をすくめて古泉は口元だけでふっと笑った。


「さて、今回は僕のお仲間もまだ到着していないようです、さすがに僕一人であれを相手するのは骨が折れますので、少し待つことにしましょう」

「あれの大暴れをただ見ていると?」

「ざっと五分程度ですので。まぁこの世界を眺めてでもいてください。滅多に見られる景色ではありませんから、ある意味貴重ですよ」

ふん。まぁ俺にはどうすることもできないので、従うしかないわけだが。現実世界に影響がないとはいえ、町が次々と破壊される様を見るのは、なんとも嫌なもんだな。


そんなことを思いながらぼーっと巨人が暴れまわるのを見ていた。自分にはなにもできず、ただ待つだけってのはやたらと時間が流れるのが遅くなる。


何分か経った時、俺はなんとなく、背後に憎悪のような違和感を感じ、振り向いた。


パリン。


音も無くそいつは現れた。ガラスが砕けるような擬音を感じたのは、最初に信号機で古泉に連れられて閉鎖空間へ侵入し巨人を見た時の光景が脳裏に焼き付いていたからかもしれない。 

 

着物の男。そいつは灰色の世界なのがもったいないほどの、月夜が良く似合いそうな雰囲気を漂わせていた。


いい加減、非日常に慣れてきた俺とは別に、目の前の光景が信じられないと言いたげに古泉は珍しく冷や汗らしきものを流した。

「まさか僕ら機関以外に、この空間へ入り込める存在がいるとは、失礼ですが、あなたは何者でしょうか」


「さぁな。一つ言えることは、俺のことを知るやつはこの世界のどこにもいやしねぇよ」


巨人へ向かい直ったそいつは腰にかけた刀を引き抜くと、瞬間、猛獣のような威圧感を眼光に秘めて、刃を振りぬいた。


刹那の一閃。


空間を薙ぎ払うと、数十メートル先に立っていた巨人は剣先が当たってもいないのに胴体と下半身が真っ二つに分断されていた。

いわゆるあれだ。空間ごと切り裂いた、とか斬撃を飛ばした、というニュアンスの類と言えばいいのだろうか。やれやれ勘弁してくれ。

目の前で起きている状況を俺だってよくわかっていないんだからな。

これ以上の説明は俺の隣で突っ立っているエスパー少年にでも聞いてほしいもんだな。

「それは困りましたね、僕だってこのような現象は初めてなのですよ。まさか神人まで消滅させられる力を持っていようとは、全く彼の存在に興味は尽きませんが…」


空を舞う巨人の上半身は地面へ音もなく落下し、支える胴体をなくした下半身はその場に崩れ去る。

意図せぬ奇襲攻撃を悔やむ暇もないのか、青い霧状の血液が霧散に飛び散ることもなく、巨人は塵よりも小さく分解し、砂のように消え去った。


空に亀裂が走っていた。俺は覚えている。あの亀裂から走る光が円形に広がり、全開になった時灰色の世界は終わりを告げるのだと。

閉鎖空間の消滅。


俺の隣で狩人としての出番を奪われカカシのように突っ立っていた古泉は、本来の役割を思い出したかのようにこう言った。

「これは極めて異例な事態です。あの人物が何者なのか、また、状況がどう変化するのか予想できない状態で閉鎖空間に長居するのは得策と言えません。

 本来なら神人が消滅した後は自然に空間が崩壊するのを待つのですが、今回は僕の力を使い一刻も早く閉鎖空間から強制的に脱出します」


古泉の身体から染み出した赤い光は全身を覆いつくし、一瞬のうちに赤い球体となる。

と思ったら古泉をその場に残して球体のみが上空へふわふわ上昇していき、その大きさのまま左手に停滞した。

古泉はドッジボールでもするかのように赤い球体を天に向かって投げつけた。球体は勢い良く駆け上がり、空に入った亀裂へ見事命中、爆発音もなく球体は消え去った。

球体の効果はあったようで空に入った亀裂はみるみる加速していき、瞬間、世界は真っ白に輝き目を開けられなくなった俺が次に見た光景は、灰色ではない人々が行きかう校舎の入口だった。


「僕はこれから今回の出来事を機関に報告します。彼が何者なのか、一刻も早く今後の対処法を考えなければ」

古泉があいさつでもするように左手をあげると、打ち合わせでもしていたかのようなタイミングで黒塗りタクシーが止まった。

「本来なら自宅までお送りするところなのですが、今はその時間も惜しい。申し訳ありません」

「いいさ。その変わりといっちゃなんだが、俺も今回のことはちょっとばかし気になるからなにか解ったら、暇な時にでも教えてくれよ」

「えぇ、そのつもりです」


それから数日経ったが、あれ以来、着物の男を見た奴は誰一人いないらしい。機関とやらがどのくらいの規模の組織なのか知らんが、それでもそれなりに情報網はありそうな集団だ。

「あいつ、なんだったんだ」

悪いやつではありそうだが、不思議と敵とは思えない。なんとなく、俺はそう感じていた。

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涼宮ハルヒの夢空間 結崎ミリ @yuizakimiri

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