一章 最初の町

第2話 異世界転生

 太陽の照りつける昼過ぎ、木々が生い茂って太陽を遮って日陰を作る。ベッドに横たわる少女は外の様子を眺めて、ため息をつく。一昨日、昨日も見た景色にうんざりする。だんだんと痩せ細っていく自分ではきっとこの木々の向こうを見ることは叶わないだろう、と心の中で吐き捨てて外の緑を見るのをやめてベッドに潜る。命が手から離れていくような自分と違って、外の緑はまだ生命を誇示していてなんだか死を近くに感じさせる。痩せ細っていく自分の体と違って、大きくなっていく樹木は昔は癒しだったが今となってはもはや恐怖の対象になりつつある。


 それでも、毎日それから目を離せない。遠からず自分はこの木々が朽ちていくよりも早く死ぬだろう。自分よりも命を輝かせているそれに少女は嫉妬に近い感情を持っていた。妬みと羨望が入り交じったような感情。恐怖しつつも少女は毎日、外の緑を目に映していた。


 そして、いつも怖くなってそれから目をそらすのだ。少女は日に日に弱っていくのを感じながらベッドに潜ったまま一日を過ごしていく。


 そうして、少女はいつも通り死に怯えて生にしがみつくようにして毎日を過ごす。


 それでも、命の輝きは少女から離れていくばかりだ。日に日に少女は焦る。このまま意味なく死んでしまうのは嫌だ。いくらそう思っても体は衰弱していくばかりだ。


 ――そして、そのまま少女は一生を終えた。




「こんにちわ。いや、こんばんわかな?」


 突然の声に少女は驚く。気がつけばっ暗な空間に少女はいた。体がふわっと浮いて上も下も何も見えない暗闇が広がっており、目の前には光る球体が一つ。


「……誰?」


「案内人みたいなものさ」


 周囲に問う。光球は自分の意思を示すように動き回りながら言葉を発して答えた。


「っ!?」


 目の前の信じられない光景を前にして少女は固まる。


「何を驚いた顔をしているのさ。別に私がなんだっていいじゃないか。私はただ、君に選択を委ねに来たんだ」


「……選択、ですか」


 よく考えればこの場所も普通じゃないし、これはきっと夢で目が覚めればすべて消えてなくなるのだから何が起きても大丈夫だ、と自分に言い聞かせて少女は我を取り戻す。どうせ戯言だろうと本気にせずに適当にあしらってやろうと思っていた少女の心を次の一言が打ち砕く。


「君の一生は短い」


「……」


 少女の心は一瞬にして荒れた。光球の言葉で一気に少女は思い出した。今まで衰弱して死を待つだけだった病室で過ごし、死を怯えてベッドに潜り込んだ日もあれば、外から見える生命の眩しさに目をそらした日もあった。そして、それらの日々すらももう戻ってこない。


 ――もう自分が死んでしまった、ということを少女は思い出してしまった。


「でも君のような人間がこのまま生を終えるのは惜しい。だから、君も長く生きてみないか?」


「……どういうことですか?」


「別の世界で長い命として生まれ変わってみないかってことさ」


 胡散臭く信じられない話だが、少女には耳を傾けざるを得なかった。あまりにも魅力的すぎた。短すぎた人生を終えた彼女には生きるということには執着ないわけがない。少しでも可能性があるなら、それに手を伸ばさざるを得ないほど、それは強いものだ。


「わかりました」


 だから、どういうことかよくもわかってない話に詳細も知りもせずに頷いた。


「詳しい話も聞かないなんて意外だね。君が行くのは大昔だとか未来だとかそういうものじゃなくてまったく別の世界、異世界ってやつだよ。君はそこで新しい生活を送ることになる」


「はい」


「他に質問しておきたいことは?」


「そっちに行ったとき、私の寿命はどうなっていますか?」


「お婆さんになるぐらいまで生きられるさ」


「わかりました。もう聞いておきたいことはないです」


 少女は決意を固めて頷く。人並みに長く生きられるのなら、どんな世界だっていい。それが揺るがない少女の想いだ。


「君に新しい命を与えよう」


 光球の声と共に意識がふっ、と消える。少女の意識もそこで暗転して闇に紛れていく。




 気がつくと、少女は平野に立ち尽くしていた。辺りは真っ暗で遠くの方を見通すのは難しい。

 あの光球と話したと思えばこんなところになぜか立っていた。周囲には山々らしき影が見えるだけで、どこに何があるかはとてもわかったものじゃない。


(――ああ、なるほど。これが新しい命か)


 少女は数分の思考の末、答えにたどり着いた。今さらながら、あの頃の病弱な体と違って体は動くし、走ったりもできる。四肢の長さや肌の様子も違えば、顔の目や鼻といった各パーツですら違和感を覚える。別の体になった、ということだろうか。


(これは、転生かな)


 外に出ることすらできなかった少女はよく本を読む、インターネットを触るなどのことをしていたこともあった。そういうものの中で異世界に召喚されたり、転生したりするものはよく見た。そういった創作物がぱっと頭の中に浮かんだ。光球も新しい世界、などと口走っていた。


「これから、どうしようかな」


 新しい命として生まれ変わったが、やりたいことなんて思い付きもしない。

 それに、ここは少女の知る世界ではない。


「はぁー……」


 ゆっくりと背伸びして、少女は上を見上げる。

 ――目に飛び込んできたのは、見たこともない光、星空だ。


「――綺麗」


 思わず少女は呟いた。夜空に広がる星、それらが作り出す星座に少女は思わず目を奪われた。目をキラキラさせて、それらをじっと見つめていた。星空がこんなに綺麗だなんて知らなかった。呆然と口を開けて、ひたすらじっと夜空を眺めていた。


 だが、その状況は一変する。真っ暗な平野が完全に光を吸い込む暗黒の空間に変わる。


「……なんですか、これ」


 いや、違う。情報が急に少女の頭の中に入り込んできたのだ。周囲に――文字が浮かぶ。少女の知らない文字の羅列が辺りを埋め尽くす。


 ――まるで、思い出したように頭の中に情報が詰め込まれていく。


「私は……私は――アリア」


 そして、その情報の一つをアリアは読み上げる。今、現在の自分自身の情報を次々に読んでいく。


「今の私は……女神? ここ、ファンタジー世界じゃないですか。魔法もあれば人間以外の人型種族もいる、と」


 げんなりしながら、ひとつひとつの情報を読んでいく。

 どうやら魔法のあるファンタジー世界のようで、そんな世界に転生するだなんて夢にも思っていなかった。


(前途多難そうだなぁ……)


 心の中で呟きながらため息をつく。


「せっかくだから、魔法を使ってみるかあ……」


 すぅーっ、と少女――アリアは空中に文字を描く。アリアの見たこともない文字だ。魔法式、というものらしい。魔法式が空中に浮かび上がり、光る。


「――"ファイアーボール"」


 突然、火球がアリアの手のひらに形成される。


「なるほど、これが魔法……」


 ふっ、と火球が消える。それと共にどっ、と疲れがやってくる。体に巡る魔法を使うためのエネルギーである魔力がごっそり減ったみたいだ。


(そういえば、女神って攻撃に関してはからっきしダメだったような)


 先程、頭に流れてきた情報をもう一度探る。女神は身体能力も低ければ攻撃魔法もろくに使えないバッドステータスが最初から付与されているらしい。あの手のひらサイズの"ファイアーボール"ですら相当な魔力を持っていかれたのもそのせいのようだ。


「攻撃性が極めて低い代わりに、回復と防御の魔法に関しては女神の右に出るものはいない、か。それにしても……」


 頭の中のデータを思い出しながら苦笑する。


「女神は誰かを勇者にすることができる存在、か。そして、勇者は突然とてつもない力に目覚める者のこと……」


 "女神"についての情報を引き出す。そのついでに"勇者"に関してまで情報を引き出してしまったようだ。


(このファンタジー世界にも勇者はいるけど、魔王と戦うための戦士とかではないってわけか)


 この世界のことについても、ある程度は分析できた。頭に情報を流れ込まされたせいもあって疲労感が体全身に蓄積していた。アリアは体を横にして、目を瞑る。気だるくて、思考にノイズが混ざってもう何も考えたくない気分になっていた。


(――それにしても、私の頭に情報が送られてきたのはいったいなぜなんだろう)


 その疑問をふっと思い浮かばせて、すぐに意識は眠りに沈んだ。



「ぶぇっくしゅんっ!」


 肌寒さに震えて、アリアは盛大にくしゃみする。眠気眼を擦って、薄く目を開くと朝焼けの景色が目に飛び込んでくる。もう朝になっていたらしい。時刻はせいぜい五時か六時ぐらいだろうか。


 気だるい体を無理矢理起こして、辺りを見回す。夜にはよく見えなかったものがよく見えるようになった。それでも、人が住んでそうなところは見当たらない。


「どうしよっかなあ……」


 ひたすら途方にくれるばかりだ。

 とりあえず、お腹もすいてきたので何かしら果実などが見つからないか探すことにした。平原が広がるばかりで、とてもそれらしきものが見当たらないが遠くの方には山々がある。そこまでたどり着ければなんとかなるかもしれない。


 ――ぐぅぅぅぅ……


 腹の虫が鳴く。


「お腹減ったなあ……」


 ポツリと、アリアは呟く。さっさと、手頃な食べ物を見つけなければならない。


「調子はどう?」


 ――聞き覚えのある声が聞こえる。どこかで聞いた声だ。頭の中の記憶を探る。


「無視しないでよ、ねえってば」


 ――ああ、思い出した。光球の声だ。あれの声にそっくり――いやあの声そのものだ。

「今、お腹がすいて困ってるので後にしてくれません?」


 なんだか、お腹がすいているせいか腹がたってきた。バッと声のする方へ振り返って声を荒げる。


「そんなに怒らないでよ」


 そうやってヘラヘラと笑うのは白髪の少女。白い髪の中に汚く紫のような色に変色しているものも見られる。気味の悪い灰色に近い肌にも似たような変色している部分も見られ、なんとも不気味な容姿だ。


「……あなたが、私をここに連れてきた人ですか?」


「そうだね。私はルルフっていうの。よろしくね」


 にこっと笑う。その姿もどこか不気味だ。


「あなたには感謝してますよ。私、走ることすら不自由でしたから。もしかして、私を女神にして何かに利用しようとしているのかも、とは思いましたけどね」


「あはは、疑り深いなあ」


 ケラケラ、とルルフは笑う。まるで、あどけない子供のような笑顔を見せるがその目は笑ってない。


「――その通りだけどね」


 ニタァ、と嫌な笑みを浮かべる。


「……何をさせようとしてるんですか」


「そんなたいしたことじゃないってば。ただ――」


 ルルフが一文字にすぅーっと、空間をなぞるとそこから大量の文字の羅列――魔法式が溢れ出す。


「――君を食べちゃおうと思ってね」


「食べる? そのためにわざわざ転生させたんですか」


「そうさ。女神は神聖で神殿の信仰をその身に宿している存在。これほど美味しい餌はあるはずない」


 唇をペロッと舐める。それと同時に魔法式が円形を描いてその円の中に様々な模様を刻んでいく。


(これは不味い……!)


 急いで頭を回転させる。このルルフは自らを転生させるほどの力を有している。


 しかも、ルルフは魔法式を発動させた。指でなぞるだけで勝手に文字が出てくるなんてことはアリアは知らなかったが、そんなことを考えている暇もない。何か仕掛けてくるに違いない。魔法式によって描かれたのは――魔方陣だ。


 魔方陣は元々魔法式だが、構造を理解してしまえば魔法式を使わずに魔方陣を構築できる。つまり、一度使ってしまえば念じるだけで魔方陣を使える。アリアは頭の中のデータから情報を引き出す。


(何かの魔法を撃ってくる……絶対それを食らったら終わる……!)


 冷や汗が背筋を伝う。ルルフはアリアを「食べる」と言った。あれは自らを取り込もうとしている。自分自身を守らないといけない。頭の中のデータを必死で探る。魔法への対抗策は魔法しかないだろう。


 魔法に必要なのは消費する魔力と"イメージ"だ。

 だから、アリアは"イメージ"する。頭の中で四方八方から来るすべてを遮断するための壁を。


「――知識の神、ヴァイスの名の下にここに奇跡を発現させる。天空を押し止め、大地を繋ぐ森羅万象を再現する魔法の力よ、あらゆる邪悪を遮る壁をここに」 


 自然と頭の中に浮かんだ文章を唱える。詠唱、というものだ。魔法式や魔方陣同様魔法を行使するための準備だ。体全身に普通の人間だったときには感じられなかった力、魔力が込み上げてくるのがわかる。


「――"プロテクト"」


 光の膜がアリアを包み込む。女神のもっとも得意分野とする防御魔法がここに体現された。


「"ベノム"」


 それと同時にルルフの魔法が発動する。魔方陣が強く輝き、濁った紫のような色をした煙が魔方陣から噴射される。光の膜に弾かれて煙は霧散する。


「やっぱり、追い詰めたら魔法使ってくれるよね。今日はちょっと君をいじめてあげようと思っただけだからさ、気にしないでよ」


「……」


 からかうようにしてルルフは笑い、そのまま魔法を解く。攻撃はもうしないぞ、というアピールのつもりかもしれない。それでも、アリアはまだ警戒と共に魔法を解かない。女神の防御魔法はそうそう壊されないなら、そこに籠る方が安全なはずだからだ。


「――君を食べるために転生させたのは本当だけどね」


 クスクスと笑いながら、霧散していく煙と共にルルフの姿も消える。


「……っ」


 その場にアリアは座り込む。嫌な汗がぶわっと吹き出し、全身に鳥肌が立つ。対面しただけでわかった。あれは本当にアリア自身を取り込もうとしている存在だ、嘘をついていない。今回はちょっかい程度で済んだが、次からはどうなるかわからない。本気で挑まれてしまったら、きっと為す術もなく取り込まれてしまう。


 ――アリアの心に生まれついたのは生への執着。衰弱していく体と共に死ぬまでずっと味わっていた強い感情が一気に溢れ返ってぶり返す。


「すぅー、はぁー……」


 深呼吸して心を落ち着ける。もうルルフは近くにはいない。魔法で作り上げていた光の膜を消す。


「……うぁっ……」


 立ち上がろうとしても、足が震えてうまく力が入らない。バランスを崩して尻餅をていてしまう。ルルフへの恐怖が体に浸透してしまって、それがまだ抜けきっていない。


 ――グルルッ!


「うぅぅぅっ!?」


 突然聞こえてくるのは獣の遠吠え。それにアリアはビクッと体を震わせる。体の震えが強くなる。


 ――グルルルァァッ!!


 獣の声が近くなる。ザッザッ、とこちらに足音が近づいてくる。足音を刻む間隔が短くなる。

 ここは平野。遮るものはほとんどない。ちょっと長い雑草ぐらいだ。


 ――その長い雑草から、四足歩行の生物が顔を覗かせる。どくんどくん、と心臓が跳び跳ねる。長い爪を持った口から大きな牙を覗かせた生物が、こちらに向けて駆けてくる。犬、ではなく狼だ。それにしても体が大きい。この世界には魔物という化け物が存在するが、それにすら該当しないただの動物だ。

 それでも、人間を殺すには十分な能力を持った動物である。


「ひぃぃいいいいいっ!!」


 目一杯、アリアは叫ぶ。震える足で無理矢理立って、おぼつかない足取りでなんとか逃げようとする。明らかにあの狼はアリアを狙っている。ルルフと対面した後に肉食生物に狙われるなんて、泣きっ面に蜂とはこういうことを言うのかもしれない。


 それでも、狼から逃げれるわけがない。すぐに追い付かれる。軽く振るった狼の爪がアリアの足を掠める。


「うぁっ……!?」


 鋭い痛みを受けて、動きが鈍くなり、足がもつれて転ぶ。急いで後ろを振り返って見るともう目の前に狼が迫っていた。


「"ファイアーボール"ッ!」


 手から火球を飛ばし、飛びかかってきた狼はそれを避けることができずに顔面に火球が直撃し、狼は吹き飛んで地面を転げ回る。女神の攻撃魔法は弱い。火を放っても少し熱い程度にすぎない。それでも、狼を一時的に追い返すことは成功した。


 だが、すぐに立ち上がって、こちらを警戒して睨み付けている。血走った狼の目に、こちらを必ず補食するぞ、というその目に怯えてアリアは後ずさりする。倒れ込んだまま、足にずきずきと痛む傷のせいでうまく立ち上がれない。魔力を使ってしまったせいで、体も重い。


 ――グルルァァァァッ!


 再び、狼は飛びかかる。


「――ッ!」


 "ファイアーボール"でまた迎撃しようとするが――


(――魔力が足りない……!)


 それを発動させるための魔力はもうない。手で無意識に追い払おうとして右手をぶんっと振るが、逆に狼はそれに噛み付く。


「ぐぅぅ……あぁぁぁ……!」


 鋭い牙が腕に深く食い込む。狼の強靭が顎が食い千切ろうと口をぐいっと動かす。


「うぐぅぅぅぅぅっ! あぁぁぁぁっ!」


 ――痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!


 とてつもない激痛が右腕から全身に巡る。もう腕に力が入らない。食い千切られてしまう。


「……ヴァイスの……名の下に……奇跡の発現を……」


 ――ダメだ、もうもぎ取られてしまう。


 諦めつつあるはずなのに、アリアは無意識に詠唱し、噛みつかれている右手の指先は文字を刻んでいた。刻まれた文字は魔法式となって輝き、魔方陣を形成する。魔方陣はアリアの右の手のひらにくっつく。


「"ファイアーボール"」


 先程よりも小さな火球が手のひらの魔方陣から放たれて、狼の頚下に撃ち込まれ、狼は口を離して飛び退いた。だらだらと絶え間なく右腕の傷口から流血する。血の池を作りつつあるほど血を流して体はまともに動きそうにない。魔力をまた消費しているために、体はとてつもなく重たい。体温が血と共に体から離れていくように冷たくなっていく。


 ――もう、ダメかも……


 そんなアリアの脳裏に一つの情報が蘇る。


(攻撃魔法がろくに使えないバッドステータスの代わりに、回復と防御の魔法において女神の右に出るものはいない……ファイアーボールの魔力消費がとても多いのはバッドステータスのせいだと仮定するなら……)


 アリアはぼんやりとする意識の中で一つの仮説を立てる。

 ――バッドステータスの付与されてないどこから大の得意な回復魔法と防御魔法なら、今の残った魔力でも行使可能かもしれない。


 薄れゆく意識の中で、残った魔力をすべてかき集めて、魔法発動のための準備を行う。魔法式を空中に描いて組み立て、それと同時に地面に魔方陣を発動させる。


 魔法式から魔方陣を作るというプロセスは必要ない。魔法式と魔方陣を併用させるということもできる。


「ヴァイスの……名の……下に、私は……魔法を行使する。"プロテクト"」


 アリアの周囲を光の膜が包む。とどめとばかりに遅い来る狼は防御魔法によって弾かれる。


「我、知識の……神の名に……おいて、これを……行う。"ヒール"」


 そして、再び魔法式を使いつつ、詠唱を行う。使ったことがない魔法のために、魔方陣を使うことはできない。併用することに何か意味があるのかはわからなくても、しなければならない理由があるような気がした。


 そして、防御魔法"プロテクト"に守られた状態でアリアの回復魔法が発動する。体温が冷えていき、噛まれた傷痕から激痛が走る満身創痍の体に暖かい光が包み込む。傷が癒えていく。


 まだ、狼の猛攻は続くがすべてアリアに届くことはない。これで、狼に殺される心配はない。そういう安堵と共に、アリアの意識は途切れる。

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