第29話 二〇一六年一月十八日

 父親に付き添われて再び上京した。東京に近づくにつれて気分が悪くなり、新横浜あたりで吐きそうになる。東京の天気は荒れ、雪が降っていて風も強かった。タクシーでマンションに向かう。高いビル群の懐かしい風景に目を細めた。

 何か言われるかと思ったがフロントの事務員はノーリアクションだった。溜まっていた郵便物を受け取る。年金と社会保険料の督促状と共に会社のスタッフの名刺が入っていた。「電話ください」と名刺の裏に書いてあった。大事に、丁寧に財布にしまう。

 久しぶりに入った部屋はかび臭かった。洗濯して乾燥機にかけてそのまま畳まずに放置してある夏服。飲みかけのペットボトル。部屋全体に溜まったホコリ。便器の水は蒸発してなくなっていた。物が散乱しあの日から時間が止まっている部屋。当時の情景と心情が蘇っていく。嫌な空気が満ちていて、すぐに窓を開け放ち新鮮な空気を吸う。

 気を取り直して通帳、判子、年金手帳や必要な書類を揃えて区役所に向かう。そこで社会保険料の支払いと転出届を出した。次に年金事務所に向かい支払い用紙を受け取り、銀行で支払い手続きと通帳記帳をした。滞納額はおよそ三十万円。

 前もって連絡しておいた不動産屋で退去手続きの書類を記入する。

「随分早い引っ越しですね〜。残念です」

 苦笑いするしかなかった。

 再びマンションに戻り必要最小限の下着や服をキャリーバッグに詰めて東京駅に向かった。暖房のよく効いた電車の中で父親に礼を言い、今後の生活のことを話し合った。引っ越しの日取りを一月二十八日に決めた。


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