10. 五十猛、討入りを決意する
全身からすうっと力が抜けていくのを感じながら、思考だけは落ち着け落ち着け、自分と指令を出す。純さんと知井宮は元々ご近所さんで顔なじみというだけじゃないのか? それとも学区が同じで、応援練習の時に指導したとかそんな関係かもしれない。
でも、そうやって色々な可能性を考えれば考える程、どつぼにはまっていく自分を感じる。
憧れていた女性が親しげに会話しているのが、よりによって因縁の相手とは。向こうは写真部の部長にしてイケメン、対する僕はこれといって取り得のない中肉中背の冴えない男子。比べて勝てる要素があるか? 何もないじゃないか。
カメラだってそうだ。僕のブリッジカメラと一眼レフではそもそも価格からして違う。知井宮の使っている一眼レフはおそらく二十万円は下らない価格づけだろう。対するの僕のZX300はアウトレットコーナーでイチキュッパで買ったもの。それだって僕にとっては奮発だ。
勝てる要素が見当たらない。
そんなことをつらつら考えていると、誰か女子が純さんを呼んだ。応じた純さんはぺこりとお辞儀すると、声のした方へ駈け去っていった。
僕は視線を落とし、無言でうなだれた。どだい脱力するなという方が無理だ。このままここから逃げ出したい気分になる。
すると、知井宮はこちらに向かって歩きだしてきた。本来なら避けたいところだけど、今の僕は案山子の様に呆然と突っ立ったまま。
知井宮は僕の存在に気づいた。無論、僕がどんな気持ちで純さんとの会話を見守っていたかは知らないだろうけど。
すれ違いざま、知井宮はこう言った。
「今日はブリッジカメラでよかったな」
この一言で放心していた僕の身体に力が戻ってきた。どうしようもない差に対する苛立ちが心の奥底から湧いて出てくる。
僕は声を振り絞った。
「そんなに、このカメラが嫌いですか!?」
僕が反論してくるとは思わなかったのだろう、知井宮はむっとしながら答えた。
「ズーム倍率を伸ばすしか能が無い、進化の袋小路だ」
8倍、10倍、12倍、18倍、24倍、32倍、48倍、60倍……とカタログスペックだけがどんどん上がっていくのがブリッジカメラの世界だ。画素数も六〇〇万画素、八〇〇万画素、一〇〇〇万画素、一二〇〇万画素、一六〇〇万画素、二〇〇〇万画素と際限なく高画素化していく。低画素の時代の方がバランスがとれていたという声だってある。
「正直、中身はコンデジと変わらん。だから、さっさと見切りをつけろと言ってるんだ」
「嫌です……」
「技術がどれだけ進化しても、物理の法則は曲げられん」
そりゃ、センサーの大きなカメラの方が画質面で圧倒的に有利なことくらい、今の僕にだって分かる。でも、ZX300は僕の相棒だ。簡単に乗り換えるなんてできない。でも、だったら……。
「物理法則だって曲げてみせますよ」
「?」
知井宮は僕の言ったことがピンとこなかったのだろう。即座に思考停止して「物理法則を曲げる」という僕の妄言を頭から排除した。そして、いぶかしげな表情をしたまま何も言わず立ち去った。
※
翌日の放課後、僕は郵便局に行って預金を下ろした。隠しカメラに映っている僕の表情を見ることができたなら、それは思いつめたものだっただろう。
財布から出した預金カードをじっと見つめて、決行するべきかせざるべきか考えを巡らせる。
答えはすぐに出た。決行。作戦はこれから練るとして、まず必要な物資を調達しなければならない。
何としても知井宮に一泡吹かせてやりたい、それだけを考えていた。
愛機をコケにされた恨みと純さんへのほのかな想いが混然として、喩えようのない感情がしきりに身体を突き動かしていた。
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