9. 五十猛、目撃する

 秋空の下、石見亀山高校のグラウンドでは毎年恒例の体育祭が進行中だった。住まいを基準にして東西南北4つのエリアに分かれての応援合戦。


 トラックを駈ける生徒たちを応援する生徒たちでグラウンドは賑わっている。


 学校の外から様子を観察している児童たちも多い。児童たちからしてみれば高校の運動会は凄く楽しいイベントらしい。


 そんな中をジャージ姿に着替え、愛機ZX300を首からぶら下げた僕は被写体を探して校庭をうろうろしていた。


 純さんや由佳ちゃんはどこにいるのだろう? 彼女たちが出場する競技は撮影したい。後で何を言われるか分からないけれど、悪い気はしないだろう。


 と、僕は写真部と制服に腕章をつけて一眼レフを構えた生徒とすれ違った。


 一年の三隅みすみだ。


 JR山陰本線の特急を撮っているときに彼と知り合いになった。三隅は僕の写真部でのエピソードを知っていて、声をかけてきたんだ。


 曰く、「知井宮さんって細かい処までうるさいだろう?」って半ば憐れみの入った視線だった。


 三隅が所有している一眼レフはAPS-Cセンサーを積んだ極一般的なモデル。レンズは便利ズームといって。広角28mmから超望遠450mmまでカバーする高倍率のレンズを装着しているんだとか。一眼レフ持ったことないからよく分からんけど。


「知井宮さんって、そんなズボラなレンズで撮ってたらダメになるってうるさいんだぜ」


 彼はそう言って苦笑した。


 三隅が今使っている便利ズームは光学十六倍に相当するズーム域をカバーするレンズだ。一方ダブルレンズキットでおなじみの標準ズームレンズと望遠ズームレンズだと倍率に直すと、せいぜい3~4倍ズーム程度。


 光学の世界に誤魔化しは効かないようで、便利ということは、何かを――画質を犠牲にして利便性を追求していることになるらしい。そうは言っても、レンズを交換する手間が煩わしいし、その分シャッターチャンスを優先していることにもなるだろうか。


 そんなことを考えつつ、視線を交わす。


「よっ、タケ、少しは腕が上がったか?」


 三隅は屈託のない笑みを漏らす。


「密かに特訓中だぜ」


 でも、何を特訓しているのかは企業秘密。


「はは、今日は被写体が人だからな。動体なら一眼レフだ」

「ZX300のコントラスト・オートフォーカスも負けてないぜ」


 と負けずに切り返す。


 一眼レフのオートフォーカスは位相差オートフォーカスが採用されていて、二枚の像からピントのずれと量を計測、高速の合焦速度を誇る。


 対するZX300のオートフォーカスはコンデジで普及しているコントラスト・オートフォーカス。これはコントラストの山を検知して合焦させる仕組みで、合焦速度は遅い。ただし、ピントの精度が高いメリットもあり一長一短だ。


 ポタックスはコントラスト・オートフォーカスの高速化に注力しているメーカーで、遅いといっても校庭を走る人間くらいなら十分に撮れる。


 そんな軽口を叩き合いながら、僕らは分かれた。さて、そろそろ二年生女子の競技の番だ。純さんが出場するかもしれない。


「…………」


 人ごみの中をうろうろしていた僕の足がぴたりと止まった。


「…………」


 視線の先に体操服姿の純さんがいる。でも、それだけじゃない、誰か男子生徒と楽しそうに会話を交わしている。


 ……知井宮だ。

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