白と灰
ヱア
1章 だいたいのことはどうにもならない
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十九年生きてきて気がついたことは、人生はイージーモードではないということだった。むしろハードモードだと気がついた。人生というものは簡単な道なのではないかと両親を見て思っていたが、それは両親が偉大だったのだと気がついたのもまた同じ頃合いだった。
自分という人間は何も持っていなかった。十九年もの間、生きてきたのにもかかわらず。今、自分自身の中にあるのは飯を食わなければ死んでしまうと感じられる本能と性欲だけだった。あいにく、素晴らしい知力には恵まれなかった。
何も持っていない者、何者でも無い者は何者にでもなれるだろうという歌詞を含む歌があったことを思い出した。
それは、何者かになりたいと願い、努力した結果だろう? 何者になりたいのかもわからない僕はいったいどうすればいいのさ。
そんな鬱屈とした感情を心の中に押し込めてから、夜道を一人でのろのろと幸福とは何なのだろうかと自問しながら歩く。
街灯が揺らめいていた。その明かりに群がる虫もゆらゆらと揺れている。久々に外に出た僕が揺れているか、あるいは街灯が揺れているかのどちらかだ。いや、もう一つの選択肢としてはもう僕が狂い始めてるというものがある。でも、結局のところ街灯が揺らめいてるのには変わりないし、深い思考はしないでおこうとか思ってしまうようなそんな夜。
さてと、どこへ行こうか。今だったらどこにでも行けるような気がする。夜というシチュエーションは誰にでも力がみなぎってきているような気にさせるのだから素晴らしい。どこにでも行けるような気にはなるが、どこにでも行けるわけではないということは馬鹿な僕でも分かる。
思考の末、近場のコンビニに向かった。
コンビニに入ろうとしたのだけど、自動ドアが開かなかった。自動ドアが僕を「マジ生理的に無理」とか言って拒否しているようだった。ドアに体当たりをしてしまった。ガツンとドアにぶつかったところを、ドアのそばでたばこを吸っていた大きいサングラスをかけた見知らぬ金色の長い髪の頭の悪そうな女に見られて笑われた。思うことはほとんどと言っていい程無く、ただ、頭の悪そうな女と結婚して一緒になりたくはないと思うくらいだった。
そいつの隣には「いかにもやんちゃしてます、頭悪いです」という自己主張の激しい男がいるということに少しの間を置いて気がついた。たぶん、黒いカーテンを窓につけた軽自動車でここに来たんだろう(勝手な想像)。爆音で湘南乃風とかEDM系の音楽とか、EXILE系列の音楽をカーステレオで流しているタイプのやつ(勝手な想像)だ。
その男にも笑われた。
しかし、むかつくとかそういう感情は不思議と沸き上がってこなかった。きっと、僕はあの頭悪そうな男よりも社会的カーストが下だと感じているから、笑われて虐げられることにも抵抗がないということなんだろうと理解した。
店内でカップ麺と飲料を適当に数個見繕った後、会計を済ませて外に出た。
右手には食料の入ったビニール袋をさげて、左手はダウンのポケットに突っ込んで帰り道を歩く。路地の街灯は光っていないものもあったし、ちかちかと点滅しているものもあった。手入れはされているはずなのになぜだろうと思ったが、なんのことはない。人間に置き換えて考えてみれば当然のことだ。煌々と光り輝くやつもいれば、僕みたいにどす黒いどぶに浸かって死んでいきそうなやつもいるという、ただ、それだけのこと。
暗い道を歩いていて、途中でゴミ置き場を見かけた。何か問題でもあったんだろうか、止まった時計が回収されずにそのままになっていた。時計の文字盤はバキバキに割れていて時を指し示す針も曲がっていた。何をどうしたらいったいこうなるんだろう。喧嘩してこの時計を投げたりでもしたんだろうか。まぁ、当事者で無い限りどうせ真相は分からない。
時計に向けた目を進むべき方向に向け直して足を動かすのを再開した。
歩いていたら次第に方向感覚を失っていってしまった。たぶん、この夜の暗さが原因だろう。自分が今どんな道を歩いているのかが分からなくなった。冷たい空気を裂きつつ、自分が住むぼろアパートを目指した。
幸福についての問いに、幸福じゃないからといって死ななければならないというわけでもないし、死にたいというわけでもないし、自分で死を選択するほどの勇気も持ち合わせていないから結局どっちつかずでずるずると生きよう、という結論が出た頃に自室に着いた。
あんまりな日々だ、と思う。
軋む扉を乱暴に開けて、ため息を一つついてから玄関にさっきまで履いていた薄汚れた黒いローカットのスニーカーをそろえ、扉の鍵を閉める。
僕はどれほどもがけば幸福だと実感し、そして、正しく生きていけるのだろうか。たぶん、その答えはどこにもない。
幸福についての答えがない代わりに、ここにあるのはただただ暗くのっぺりとした毎日の生活だ。
大して寒さをしのいでくれない安物のコートを脱いで、寝間着姿になった僕は台所(キッチンと呼べるようなおしゃれなものではない)に立ち、やかんで湯を沸かした後、カップ麺に湯を注いだ。カップ麺を居間の小さなテーブルに置き、目の前にあるテレビをつけた。ちょうど、夜のニュース番組が放送されていた。タイマーをかけずに、カップ麺に記載された待ち時間が過ぎただろうと僕が判断したところで、ふたを開け、麺をすすった。特に気になるニュースもなかったので一心不乱に麺をすすった。
カップ内の麺がなくなり、スープも底をついた頃合いで台所にカップを放り、今まで目を向けていなかったテレビの方に目を向けると、今日のスポーツニュースをまとめて紹介していた。
全く興味が無いので、テレビと部屋の明かりを消し、カーテンを閉めた。さっきまでカップ麺をすすっていたテーブルの横にここ一週間ほど敷きっぱなしになっていた布団に潜り込んで眠りにつく。特に夢は見なかった。
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