第1話
目の前には現実世界では決して見る事のない怪物が鎮座している。
人の五倍はある巨大な狼の形をしたそれは赤黒く光り輝いており、まるで血を連想させる。牙はずらりと並び、太く武骨な足にはそれに相応しい鋭利な爪が生え揃っている。その重々しい尻尾を振るわれれば人間なぞ軽く吹き飛んでしまうだろう。
そんな狼の怪物を目の前にして、僕はぽつりと呟く。
「…………流石に、初っ端からこれ相手にするのはきつくない?」
正直、これは精々最初のボスとかの位置にいると思う。
決して、チュートリアルで相手をする輩ではないと思う。
絶対倒せないって、これ。
「でも、操作に慣れる為には戦っておかないといけないんだよな。……仕方ない。自滅覚悟で挑んでやる」
俺は赤黒く煌めく狼の怪物目掛けて攻撃を仕掛ける。
現在、俺はブレインズギア――通称BGと呼ばれる機器を使ってゲームをプレイしている。
BGは十年前に開発・発売されたVR機器――ヴァーチャルリアリティ機器の三世代機に当たる現行機だ。VR機器は最初は軍事目的、次いで医療目的として世界に普及していき、最終的には娯楽として広がって行った。
VR機器の特徴は装着して作動させると特殊な電波が発せられ体は強制的に睡眠状態へと移行。意識は身体から切り離され、ゲーム内に存在する架空の身体――アバターへと移し替えられる。
これにより、まるでゲームの中にいるかのように、現実の身体と同じように動かしてプレイする事が出来る。
自分自身が物語の登場人物そのままとなって冒険したり、遠く離れた友人と共にレジャー施設を満喫したり、ダイエットを気にする事無く食事を取り続けたり等、人によって遊び方は千差万別だ。
そんな夢のようなVR機器だが、最初期のVR機器はベッド一つ分の大きさを誇り、それなりの場所を取っていた。そして価格も一つ百万以上と決して庶民の手には届かない代物だった。
五年前に開発された二世代機は技術の進歩によりフルフェイスのヘルメット型となり、頭に被るだけの仕様になった。そしてその大きさ故にコストダウンにも貢献し、定価が十万円にまで下がった。
そして、現行機となる三世代機ブレインズギアは更なる縮小化に成功した。ゴーグルのように目に被せるだけであり、二世代機よりも場所を取らず、持ち運びも楽になっている。定価も四万五千円プラス税にまで下げられた。
無論、現行機故に値段は下がったがVR内でのグラフィック、質感、操作性は二世代機に比べて何倍も向上しているらしい。『より本物へ、より現実へ』がキャッチコピーだ。
で、俺は現在開発中のVRゲーム『LINKED FORCE ONLINE』のβテスターに選ばれ、晴れて本日β版をプレイし始めたのだ。
この『LINKED FORCE ONLINE』――通称LFOはVRゲームに多いファンタジー系のゲームではなく、SFチックなゲームだ。
ファンタジー系ではないので、当然魔法は存在しない。魔物とかもいないし、仲間になる召喚獣も存在しない。
LFOでは機械獣の住まう惑星を探索し、開拓する事が目的となっている。
かと言って、プレイヤーは何かしらの超常的な能力が扱えると言う訳でもない。プレイヤーはあくまで現実の人間と同じ存在と言う設定になっている。
あと、このゲームはレベルはあるけど、レベルを上げて肉体を強化なんて事は出来ない。
現実と遜色ない身体能力で、どうやって機械獣相手に戦うのか?
その答えは、今身に纏っているスーツの能力にある。
このスーツはゲーム内ではリンクドスーツと呼ばれ、身体能力を強化する機能が存在している。
その他にも、多種多様な機能が搭載され、プレイヤーはリンクドスーツのレベルを上げたり、素材を使って強化しながら惑星を切り開いていく事となる。
初期状態の見た目はフルフェイスのヘルメットを被ったダイバースーツと言った感じ。肌が露出する事はなく、視界はバイザー越しで確認する形になっている。
このバイザーに相対する機械獣の名前だったり、リンクドスーツの耐久値やエネルギー残量が表示される。また、ダメージを受け過ぎるとひび割れたりといったアクシデントが起こる事もあるらしい。
リンクドスーツの初期武装はビームサーベル、バスター、ナックルの三つが存在する。
ビームサーベルはエネルギーを固形化した剣で切り付ける事に特化した近~中距離武器。
バスターは腕に取り付けられた装置でエネルギーを圧縮した弾を撃つ遠距離武器。
ナックルはエネルギーを拳に纏って、そのまま殴りに行く超近距離武器だ。
これら三つの武器を駆使して機械獣を倒し、機械獣を倒して得られた素材を元に武器を自分の好きなように強化していく事が出来る。
「……全然、効いてないし」
で、俺はバスターを連射してまず狼の化け物……もとい狼型の機械獣に攻撃をかました。けど、奴の装甲には傷一つ付ける事が出来なかった。
続いて、接近してビームサーベルで切り付けるも、これまた効果なし。がっがっと弾かれて終わる。
最後に、ナックルで何度も殴りつけるがまったくもって凹まない。逆に殴ってる俺の手が痛くなってきた。
一通り攻撃し終えると、微動だにしなかった機械獣がついに動き出したではないか。
機械獣の取った行動は至極単純。前脚を薙いだだけ。それだけだけど目にも止まらぬ速さで、俺は避ける事も防御する事も出来ずに直撃を受ける。
リンクドスーツによって痛みが軽減されているのが幸いだが、今の一撃でリンクドスーツの耐久値が一気に三分の一以下にまで減ってしまった。
いくら初期状態のリンクドスーツだと言っても、一撃でこれだけ喰らうのは可笑しくないか?
やっぱり、こいつはチュートリアルの相手じゃねぇよ。
俺は宙を舞い、そして地面に落ちた。その衝撃で、バイザーにひびが入って視界が悪くなり、更にリンクドスーツの耐久値が減った。
立ち上がろうと四肢に力を籠めると、何故か上から影が差して来たではないか。それとなく見上げると、そこには先程俺を吹っ飛ばした機械獣の姿が……。
狼型の機械獣は前脚を上げ、一気に俺へと振り落としてくる。
「あ、終わった……」
思わず呟き、俺は機械獣に潰される。
全身を押し潰され、バイザーが砕け散り、耐久値が0になる。
『チュートリアルを終了します』
視界が真っ暗に染まり、浮遊感を覚えると機械的な音声が響き渡る。
機械獣にやられた事で、チュートリアルが終了し、ゲームが開始されるようだ。
……やっぱり、チュートリアルであの機械獣はないわぁ。アンケートにきちんと書いておこう。
と思っていると、視界が段々と戻っていく。
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