1-6 ターミナル
大時空異変により世界各地で発生した時空境界線の歪みが原因となり、“地球”では人や物、場合によっては都市や島、大陸等が別世界と入れ替わる転移現象が頻発した。
それによる混乱のため一時期世界全体の文明水準の成長が停滞してしまった時期も在りはしたが、月日が流れ現在では人々の混乱や時空境界線の歪みは落ち着きを取り戻してきつつあった。
そうしている内に転移してきた別世界との文化や宗教、種族的な差異から来る混乱を乗り越え、幾つかの地域では国家としての体制を保てるようになってきた。
因みに日本連邦は大時空異変後最も早く国としての成立した国であり、また大時空異変によって少なからず、というより世界的には最も影響を受けた地域の一つである。
かつて単純に日本と呼ばれていた頃は、この国は主要四島にそれに付属する大小様々な島々で構成されていた小国だったのだが、大時空異変以降その周辺に並行世界の日本を構成していた島々が多数転移して来たのだ。
旧時代の年号を使うならば戦国時代や江戸時代の殿様や大名がおり、侍達が闊歩するような日本もあれば、陰陽師が妖怪らと戦っているようなファンタジー系の日本等もあったが、文化的には擦り合わせが可能であった事が幸いした。
それらの島々と連盟を結び連邦政府を立ち上げ、別世界の技術を先んじて吸収し、更に少なからず居た異世界からの来訪者、他の地域から亡命してきた亜人や能力者達も積極的に受け入れ国力を増強させ大国へと成長したのが、現在の日本連邦という国である。
さて、その日本連邦も含めて“地球”に新たにできた国々だが、どの国家でも法を整備していくとどうしても転移して来た来訪者について困った事になった。
何せ頻発した転移現象と混乱により、“地球”に元から住んでいた人々の中で行方不明者が何人か、そして逆に来訪者は何人かと把握することは非常に困難だった。
その上来訪者達は当然“地球”で通用する身分証や戸籍など持っていない。
位相的に近しい平行世界から来た来訪者は兎も角、異世界からの来訪者には「コセキって何だ?食えるのか」という反応をするそういった物とは無縁な世界から来訪した人も多かった。
そのため来訪者達に“地球”の文化や歴史の違いを説明したり、仕事を斡旋したり、生活を保障し手助けしたりする組織の必要性が生まれて来た結果、多くの別世界で共通して運営されていたそれらの役割をしていた集団を模して民間運営の組織『ギルド』がやがて形成された。
軌道に乗るまで紆余曲折在りはしたものの、その後『ギルド』はさらに発展。
当初は分野毎に分かれて運営されていた事業を統合し、巨大複合総合組織『ターミナル』へと変化していった。
今ではターミナルはハンターの為のクエストの受注や素材の買い取り、かつて行政機関が取り扱っていた業務を含めあらゆる分野を取り扱っており、“地球”で何かあればここに来ればいい、とまで言っても過言ではない規模の組織となっていた。
◆
●多元歴79年 4月27日 12時42分 日本連邦 桂木市中央部 ターミナルビル一階、エントランス
「ここがターミナルよ」
「すごいなこれは……」
シロナに連れられターミナルのビルに入って来たクロノは、エントランスから見渡せる内部の様子を見て驚きの声を上げた。
ターミナル一階ではクエストと呼ばれる短期仕事の依頼や受注、素材の買い取り等の業務を主に扱っている。
取り扱い業務としては最も利用されるだけに、一階フロア内には多くの人々が行き交い、ひしめき合っていた。
剣や槍を携え鎧を装備した男性がいれば、魔術的な加護がかけられていると思われる露出の高いドレスの様なものを着た女性もいる。
そうかと思えば上下をスーツで固めたビジネスマン風の青年や、十代半ばに見える学生服を着た子供等も少なくない。
人種も人間だけでなく、大異変で“地球”に転移して来たエルフや獣人といった亜人や、その混血らしい特徴を持った者等様々だ。
この人種も恰好も姿も多種多様なターミナル内の光景を、平行世界から転移して来たある来訪者が「コスプレパーティーかハロウィンの会場のようだ」と称した事もある。
「農作地にてエッジウルフの駆除と、その素材の納入のクエストですね。お客様のランクはC、過去実績も問題はございませんね。最近東側の山中で繁殖が進んで数が増えていますので不測の事態に注意してください」
「アスフォデルの球根、ニガヨモギ、カノコソウの根、催眠豆、その他数点の買い取りですね。それでは買い取り額の査定を行いますので三十二番の札を持ってあちらの待合にてお待ちください」
「河川敷でホームレスを襲撃する者がいた……? 今朝ダンボールハウスに向けて攻撃魔術を放っていた来訪者がハンターに討伐されたと情報がありますが、それとはまた違うと? 解りました、詳細をお聞きしたいので奥の個別カウンターに移動して頂けますか?」
しかし立体画像の掲示板がある事やPCを使用している点等一部が異なるものの、やって来た冒険者――後にクロノはシロナに教えて貰ったが、“地球”ではハンターと呼称している者達――にカウンターに座った受付嬢達が対応している声を聞いたクロノは、自分の出身世界にも在った雑多でいながらも秩序めいた雰囲気を思い出して懐かしんだ。
「おぉ……何だろう。どこか落ち着くな」
「まぁ、異世界とかって言っても多少は文化的に似通ったりもする場合も有るらしいし……ターミナルの前身だったこっちの世界のギルドは最初国が主体で運営しようしたけど上手く機能しなかったみたい。その後ノウハウを知っていたファンタジー系を含めた異世界の来訪者達が中心となって立て直したって話だから、そこから似た雰囲気を感じるんじゃない?」
「そんなものなのかな……? とりあえずここで登録とやらを?」
二人がターミナルに来たのは、ここでクロノの個人情報の登録手続きを行うためだった。
別世界から召喚されて来たばかりのクロノは、当然“地球”で有効な身分証明の手段等を持っていない。
更にはハイフォンによる翻訳が無ければ意思疎通も難しい為、状況次第では不審者か不法入国者として拘束か、或いは……という事になりかねない。
しかし正規の手続きを行い、戸籍や身分証を発行してもらえれば一先ずそういった心配は無くなるし、ターミナルが来訪者向けに出している生活保護の各種サービスを受ける事が出来るようになる。
シロナとしても、クロノの身元保証人になるにあたってメリットが多い。
それに“地球”のあらゆる情報が集まるターミナル内をこの後案内すれば、この世界についてハイフォンの立体映像だけよりも詳しくクロノに説明できると考えたわけだった。
「いいえ、その辺りの業務をやっているのは二階なの。知り合いの職員が二階にいるからその人に頼んでやってもらいましょ」
「ひ、引っ張らなくても付いて行くから……」
クロノの質問に首を振って答えたシロナは初心な彼の気持ちを知ってか知らずか、手を引いて歩き出す。
クロノはその手の感触に緊張で固まってしまった手足を必死で動かし、何とかついて行くのだった。
◆
エスカレーターの前で「動く階段!?」と驚くクロノをシロナがなだめる一幕も在ったが、二人はターミナルの二階へと上がって来た。
ターミナルの二階は戸籍や住民票等の届出や各種証明書の発行、保険や年金、税の徴収の他、生活保護を始め福祉、住民サービスといった、かつては行政機関で行われていた事務作業を主に取り扱っている。
こちらも一階同様混雑することが多いフロアなのだが、今日はやや様子が変わっていた。
「何これ。どうして今日はこんなに学生が並んでいるのかしら?」
「皆似たような恰好をしているな……ん? 奥の方で何か揉めてないか?」
二階にも多くの受付カウンターが用意されているのだが、その全てに何故か学生服を着たシロナ達よりやや年下に思える少年少女達が長い列を作っていた。
ざっと百人以上はいると見られる彼らで二階フロアは埋まっている様子だったのだが、クロノの言う通り一番奥のカウンターにだけは人が並んでおらず、言い争うような騒ぎが起きていた。
どうやらターミナルの女性職員に食って掛かっている少年が居るようだ。
「五月蠅い! 俺は世界を救う英雄だぞ! 何をするのも勝手だろう!」
「意味が解りません。何処であろうと社会がある限りルールが有り、国がある以上法律があります。その何処にも貴方の主張を是とするモノはありませんね」
「話にならない! 神に選ばれたからこそ俺はこの世界に来てやったんだぞ!」
「ではその神とやらの存在証明をお願いします。ここに連れてくるなり、我々が納得できる形で啓示をして頂くなり。あぁ、俺の力を見せてやる! とかは駄目ですよ。それをやった場合は能力の危険使用者として拘束させて頂きます」
「何だと!? それがこの勇者――神野・司に言う言葉か!」
「どなたでしょう? 初対面ですし、勇者と名乗る割には言動が稚拙すぎますね」
受付に身を乗り上げるようにして学生服の少年が声を荒げるが、受付の女性職員は興奮している少年とは対照的に落ち着いた様子でそれを流している。
騒ぎを嫌って列ができていないそのカウンターは、周囲からは浮いた状態になっていた。
「何だ? あれは」
「うーん、何かしら。話しているのは日本語だし、先に姓から名乗るのは並行世界系からの来訪者に多く見られる特徴だけど……でも何が起きているかは兎も角、知り合いの職員はあのカウンターの人だし誰も並んでいないなら好都合ね。取りあえずあの騒いでいる奴の後ろに並びましょう」
「えっ?」
驚きの声をクロノが上げるが、シロナは他の列に並んでいる少年少女らの視線等も気にする事無く、クロノの手を引いて騒ぎの続いているカウンターに進んでいった。
「もういい! 俺は俺の好きなようにやらせてもらう!」
ちょうど二人が後ろまで来たところで、騒いでいた少年は限界に来たらしい。
記入などを求められていたのだろう書類を半ば叩き付けるように女性職員に放り出すと、乱暴にカウンターを離れようとした。
そこで初めて背後にいた二人に気付いたらしい少年は二人の顔に視線を向け、続いて二人のまだ繋いだままの手に視線を移す。
すると彼は露骨に顔を歪め、舌打ち交じりに二人を睨み付けながらその場から去っていった。
「何なんだ? いったい……」
「さぁ……? 取りあえずクロノは少し待ってて。ちょっと話を通すから」
シロナはそう言ってクロノをその場に残し、散らばった書類を片付けている女性職員――レン・アリザネ(在真・燐)に声をかけた。
「レン姐さん。今大丈夫?」
「あら、シロナちゃん? ちょっと待って、今さっきのガキが散らかしたやつをどけるから」
シロナにとってレンは同じ魔術師に師事した謂わば姉弟子にあたる女性だった。
その縁で個人的にも親しくしており、シロナのターミナルでの活動も色々と便宜を図ってくれる。
クロノの事を相談するなら彼女に話を通すのが一番早いとシロナは考えていた。
レンは集めた書類を背後のシュレッダーに叩きこむと、更に「さっきのガキをNAROUのイエロー判定のリストに掲載しておいて」と別の職員に指示を出してからようやくシロナのほうを向いた。
「それで今日はどうしたのかしら? とうとう秘蔵の障壁貫通弾とかを提供してくれる気になったの? それなら値段の交渉から始めようかと思うけれど」
「違います」
「それじゃあ仕事の受注? 今ターミナルとしては回復薬の買い取りを強化させて貰っているわ。東区の総合病院が機能しなくなっちゃったからね……発注の依頼が出ていると思うから受注に関しては一階のカウンターに行ってね」
「違います」
「なら、後ろの子を私に紹介しに来たの? 婚姻届も一応ここではあつかっているけど、同性同士の場合は西区の教会に行ったほうがいいと思うわよ? とゆうかあのメイドちゃんや東アメリカのお爺様に紹介は済ませたの?」
「違いますし彼は見えなくも無い容姿をしていますが男です! もう! 真面目な話をしに来たんですよ! ――とゆうかその前に、今日は何でこんなに混んでいるんです? さっきカウンターで騒いでいた奴も含めて学生ばかりのようですけど?」
「あぁ、それなのだけどね……」
シロナの問にレンはうんざりしたような顔になった。
「ターミナルの担当者が調査した所では、一週間くらい前から市周辺の時空歪曲率が徐々に上昇しているのが観測されたの。その影響で生じた境界線の歪みを通って並行世界から迷い込んだって来訪者がここの所ひっきりなしに来ているのよ」
レンは二階フロアの受付カウンターに長い列をなす学生達に視線を向け、頬に手を当てて困ったようなため息をついた。
「一人ずつ来てくれるならまだいいのだけれど――今並んでいるのは並行世界の日本から転移してきた団体さん。実は昨夜、歪曲率が突然跳ね上がったの。その結果一時的に巨大化した歪みに巻き込まれた修学旅行中の学生が一学年分、乗っていた大型バス数台ごと転移してきたのよ」
「うわぁ……それで私と同じくらいの子達が大勢並んでいるのね。あ、平行世界からの転移だとするともしかして?」
「そうなのよ。並行世界からの来訪者達って転移の影響なのか能力に目覚めたり、神に出会ってチートを授けられた、とかって人が多いって話は聞いているでしょう? 今回もそのパターンみたいでね。全員ってわけじゃあ無いのだけど、一緒に転移に巻き込まれた教師や運転手達を含めて計147人の内、半数が何かしらに目覚めたみたい。更にその内何人かは能力を自覚したらハイになったらしくて、好き勝手にどこかに行っちゃったみたいなの」
全くもう、絶対警察とか色んな所から対応の連絡が来て仕事が増えるんだわ、とレンは頬を膨らませた。
「さっきまでいたのは一応他の子達と一緒にターミナルまで来てはくれたから多少まともではあったけど――結局は典型的なNAROUね。転移してきた世界が自分の理想としている世界と違ったとか何とか言って、散々騒いで最後はあれよ……折角フロア長に昇格したのに、突然仕事がこんなに忙しくなるとは思わなかったわ」
「えっ、そうなんですか!? 凄いじゃないですかレン姐さん」
「それはありがと。全く、急に時空が歪んだりするからこんなことに……シロナちゃんも何かあったら知らせてね。うちの調査では昨夜零時丁度に誰かが無理な時空転移術を使用したか、大規模な召喚術に失敗した事が原因じゃないかって推測しているんだけ……ど?」
そこまで話したところでシロナに意識を向けたレンは、彼女の異変に気が付いた。
先ほどまでの会話中とはうって変わって眼は泳ぎ、額には汗が浮いている。
「……」
「…………」
「………………」
「…………テヘペロ」
じっと見つめると、イラっとする仕草と笑顔で誤魔化そうとした。
無論、そんなことで誤魔化せてはいなかったが。
というか、先ほどは話のネタとして弄ったが、後ろに立っているジャージ上下に剣を背負っているというネタ装備みたいな恰好をしている見慣れない少年は誰なのか?
「……シロナちゃん。ここに来た理由も含めて、ちょおっと詳しくお話しを聞かせてもらおうかしら?」
「……やっぱりそうですよね」
「…………?」
がっくりと肩を落とすシロナの後ろで、何を話しているのだろう……とクロノは暢気に首をかしげていた。
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